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日本とマレーシアのオープンイノベーション:Third Ecosystemとマラヤ大学が共同ピッチイベントを開催(2026年9月)

執筆者の写真: 安田 和貴/Yasuda Kazuki
安田 和貴/Yasuda Kazuki
9月18日
読了時間: 13分

更新日:2 分前


アジアにおけるイノベーションの構図が大きく変化する中、東南アジアの高度先端技術と日本市場の技術・投資エコシステムを結び付ける新たな試みが本格化しています。このたび、イノベーション促進プラットフォームであるThird Ecosystemと、マレーシア最高峰の大学であるマラヤ大学(Universiti Malaya)が共同でピッチイベントを開催しました。artience株式会社が運営するIncubation CANVAS TOKYOも協賛として参画しています。イベントでは、マラヤ大学の研究成果から誕生したディープテック・スタートアップが日本の産業界や投資家、市場エコシステムに向けてピッチを行いました。当日は50名以上の参加申し込みが集まり、海外スタートアップとの連携や事業共創を検討する日本の大手企業や新興企業、大学・研究機関、ベンチャーキャピタル(VC)など多角的な業界関係者が多数参加しました。本記事では、イベントにて語られたマラヤ大学とマラヤ大学発ディープテックスタートアップの概要を紹介します。


マレーシア最高峰の研究機関「マラヤ大学」と「UMCIE」のイノベーション支援力

本イベントの共催者であり、プレゼンテーションの冒頭に登壇したマラヤ大学イノベーション・エンタープライズセンター(UMCIE: University Malaya Center of Innovations and Enterprise)のリー博士(Dr. Lee)からは、同大学の歴史的背景と研究・起業支援のエコシステムについて詳細な紹介がなされました。


マラヤ大学は1905年に創立された医学校をその起源に持ち、100年以上の歴史を誇る同国最高の高等教育機関です。1949年にキング・エドワード7世医学校とラッフルズ・カレッジが統合してマラヤ大学となり、1962年にクアラルンプールキャンパスが設立されて現在の姿に至ります。現在、同大学は14の学部と2つのアカデミーを擁し、工学、理学、医学、薬学、歯学、ITなど多岐にわたる学問領域を網羅しています。全学生数は約3万8,000名に達し、その内訳は学部生が約2万名、大学院生が約1万8,000名とほぼ1対1の黄金比率を誇るほか、世界各地から9,000名以上の留学生を受け入れています。QS世界大学ランキングではグローバル56位にランクインしており、アジアを代表する研究型大学として揺るぎない地位を確立しています。


大学内には70以上の専門研究センターが設置されており、国家レベルの重要研究を担うハイインパクト研究センターが多数存在します。具体的には、再生可能エネルギー研究を行うUMP、光ファイバー分野を牽引するフォトニクス研究センター、海洋研究センター、熱帯病研究センター、先端材料・ナノテクノロジー研究センター、医用キノコ研究センターなどが挙げられ、幅広い先端分野で卓越した知見を有しています。


これらの高度な研究成果を社会に還元し、産業化を推進する核心的な組織がUMCIEです。UMCIEは同大学の技術移転機関(TTO)として機能しており、研究者が生み出した発明の知的財産(IP)保護(特許出願や著作権管理)から、企業へのライセンス供与や権利譲渡、産業界とのパイロット実証や共同研究の推進までを一括して管理しています。さらに、ディープテック・スタートアップ・アクセラレーター・プログラムやライフサイエンス・アクセラレーター・プログラムを通じて、研究者の起業支援やプロトタイプ開発資金の提供を行っています。


UMCIEの手厚い起業支援体制は、外部エコシステムとの強力な連携によって支えられています。マレーシア政府系の起業支援機関であるCradle Fundが提供するCIP Sparkプログラムには、アクセラレーター参加企業の約50%が採択されるという高い実績を誇ります。また、マレーシア・ビジネスエンジェル・ネットワーク(MBAN)やセランゴール・デジタルエコノミー公社(SDEC)をはじめ、香港のテクノポートや台湾、シンガポールなどの海外拠点とも提携しており、スタートアップの海外ソフトランディングや国際展開を積極的に後押ししています。


知的財産ポートフォリオの構成割合を見ると、工学分野が約40%、理学分野(バイオテクノロジー、地質学、化学など)が約25%を占め、これに医学、薬学、歯学、IT分野が続きます。特に医学分野においては、大学敷地内に併設されたマラヤ大学病院(University Malaya Hospital)が先進医療技術のテストベッドとして機能しており、基礎研究から臨床実証までの迅速なサイクルを実現しています。今回のピッチイベントでは、こうした強固な学術・実証基盤から生み出された再生可能エネルギー、ヘルスケアAI、アグリバイオ分野の気鋭のスタートアップ4社が登壇し、自社の革新的技術と日本市場での協業ビジョンを力説しました。


Sustainable Technology(LiquidPro):難リサイクル性プラスチックと農業残渣を高付加価値液体燃料へ変換

最初に登壇したサステナブル・テクノロジー社(Sustainable Technology)は、技術ブランド「LiquidPro(リキッドプロ)」を展開するグリーンテック・スタートアップです。発表者を務めたムハメド・ファズリ博士(Dr. Muhammad Fazli)のチームは、世界的な課題であるプラスチック廃棄物と農業残渣の処理問題に対する画期的な熱化学変換ソリューションを提示しました。


世界では年間約3億トンのプラスチックごみが発生しており、不純物のない単一のプラスチックはマテリアルリサイクルが可能であるものの、混合プラ、汚染プラ、多層(マルチレイヤー)フィルム、低価値プラスチックなどの難リサイクル性プラスチックは、経済的な理由から回収・再資源化が困難であり、その多くが埋立地へ廃棄されるか低価値な処理に留まっています。


LiquidProは、こうした従来の物理的リサイクル法では対応できない難リサイクル性プラスチック廃棄物および炭化水素を豊富に含む農業残渣を、直接利用可能な高品位の液体炭化水素燃料(ドロップイン燃料)や機能性化学品へ熱化学的に変換する技術です。独自の触媒と熱、圧力を組み合わせた制御プロセスにより、350度から400度という電子レンジ並みの低消費電力・低温環境下で変換を実行します。最大の強みは、分別されていない混合廃棄物をそのまま投入可能であり、わずか1時間という短時間で高品質な油分を抽出できる点にあります。


第三者機関での分析結果によると、LiquidProによって生成された液体燃料は、従来のガソリンや軽油と同等以上の優れた品質とエンジン出力を実証しています。さらに、従来燃料と比較して二酸化炭素(CO2)排出量を約70%削減するほか、一酸化炭素(CO)を25%削減、未燃炭化水素を55%削減するという圧倒的な環境性能を示しました。コスト面においても、マテリアルリサイクルの世界平均コストが1トンあたり約640ドルであるのに対し、LiquidProの変換コストは1トンあたり約400ドルと、大幅なコスト優位性を備えています。


同社の収益モデルは多角的であり、自治体や廃棄物処理業者から徴収する処理手数料(Tipping fee)、原料提供者に対して生成された燃料の40%または80%を還元する燃料返還パッケージ、そして製造した燃料を直接産業ユーザーや石油化学メーカーへ販売する直接販売モデルで構成されています。


日本市場への展開について同社は、年間800万トン以上のプラスチックごみを排出する日本を、製品の輸出先としてではなく、技術の高度な検証と事業化を推進する最重要戦略市場として捉えています。日本の先進的な廃棄物回収・中間処理インフラや、「プラスチック資源循環促進法」による強固な法規制の枠組みを活用し、日本国内の既存リサイクルシステムを代替するのではなく、漏れ出ている残渣部分を救い出す補完的ソリューションとして、パイロット実証パートナーとの共創を強く呼びかけています。


Zaffron:ゼロギャップ・膜なし水電解技術による圧倒的低コストなグリーン水素生成

続いて登壇したザフロン社(Zaffron)のシャキル博士(Dr. Shakil)は、次世代の電解槽技術によってグリーン水素の生産コストを劇的に引き下げる革新的なアプローチを発表しました。脱炭素社会の実現に向けて、製鉄、化学、肥料、燃料など多様な産業でグリーン水素への期待が高まっていますが、現在流通している水素の約95%は依然として化石燃料に由来するグレー水素です。グリーン水素普及の最大の障害は、水を電気分解する装置(電解槽)自体の莫大な初期投資コスト(CAPEX)と運用コスト(OPEX)にあります。従来のプロトン交換膜(PEM)方式をはじめとする水電解装置は、白金やイリジウムといった希少で高価な貴金属触媒を使用している上、壊れやすく高価な電解質膜(メンブレン)を必要とし、CAPEXが1キロワットあたり1,000ドルから2,000ドルに達するため、ギガワット規模の大型プラントでなければ経済性が成立しないという課題を抱えていました。


ザフロン社が開発し特許を取得した技術は、高価なメンブレンや貴金属を一切必要としない「ゼロギャップ・メンブレンフリー(膜なし)水電解装置」です。メンブレンを排除することで構造を劇的に簡素化し、サプライチェーンの混乱リスクや耐久性の問題を克服しました。この独自構造により、エネルギー効率を最大70%まで向上させ、PEM方式と同等の高いスタック性能を確保しながら、設備コストを劇的に削減することに成功しています。また、モジュール型のカスケード構造を採用しているため、需要に応じた柔軟なスケーリングが可能です。


同社はグリーン水素の生産コスト目標として1キログラムあたり2ドルから3ドルという、極めて高い価格競争力を掲げています。事業展開のロードマップとしては、第一段階として市場参入が迅速なエンジン用水素カーボンクリーニング機器・サービスの提供からスタートし、すでに収益化を開始しています。今後は1メガワット級の大型電解槽の開発へと進み、ASEAN地域をはじめとするグローバル市場へ技術ライセンスを供与していく計画です。


マレーシア政府が掲げる「2050年までに年間2,200万トンの水素生産目標」(国内約4,000億ドル規模の市場機会)を見据え、同社はさらワク・エナジー(Sarawak Energy)やペトロナス(Petronas)といったエネルギー大手との戦略的提携を進めています。2023年の特許取得、2024年の会社設立を経て、2026年にはCradleの助成金プログラムを完了しました。現在は、実環境での技術検証とR&Dのさらなる加速に向けて150万ドルのシード資金調達を実施しており、日本のエネルギー関連企業や装置メーカーとの共同開発・実証実験のパートナーシップを求めています。


Oral View:AIと特許取得済み独自デバイスが実現する予防歯科エコシステム

3番目に登壇したオーラルビュー社(Oral View)のシムソン博士(Dr. Simson)は、マラヤ大学のタノヨン教授(Dr. Tan Ngiap Chuan)が創業したヘルスケア・スタートアップであり、AIを活用した家庭用予防歯科プラットフォームを発表しました。


日本は高度な医療制度を整えているものの、歯科疾患の実態調査においては予防や初期治療が遅れている現状が浮き彫りになっています。2022年の調査データによると、日本国民の約50%が4ミリメートル以上の深さを持つ歯周ポケットを抱えており、小学生の33%に虫歯(う蝕)が存在します。さらに、全人口の29%が65歳以上という超高齢社会において、加齢に伴う免疫力低下や移動の制限から歯科疾患のリスクは高まり続けています。これにより、日本国内における年間の歯科診療費は3.2兆円に達しており、国家医療費全体の約7%を占める膨大な経済的負担となっています。

オーラルビュー社はこの課題に対し、家庭で手軽に口腔内の健康状態をセルフチェックできる高度な予防ヘルスケア・ソリューションを提案しています。利用方法は極めてシンプルであり、ユーザーは同社が開発した専用の撮影デバイスを用いて自身の歯や口腔内を撮影するだけで完了します。撮影された画像データはクラウドサーバーへ即座に送信され、AIエンジン(AI Brain)が自動で口腔状態を解析し、歯周病や虫歯のリスクレベルを明記した詳細なレポートをユーザーのスマートフォンアプリへ届けます。


軽度な問題である場合は、アプリ内のチャットボット機能が正しい歯みがき方法の指導や、歯ブラシ・歯磨き粉の交換時期、デンタルフロスの活用などをアドバイスします。一方で専門的な治療が必要と診断された場合は、ユーザーの居住地に近い最適な歯科医院をスムーズにマッチング・予約できる接続機能を備えており、ワンストップの口腔ケアエコシステムを提供します。


現在、同技術の技術成熟度は臨床検証段階(TRL 5から6)に達しています。2025年12月からはマラヤ大学病院の歯科専門医チームと連携し、一般市民を対象とした臨床試験を開始しました。2026年現在までに、専門医による注釈(アノテーション)が付与された約5,000枚の高品質な口腔画像を収集・蓄積しており、AIの診断精度を飛躍的に向上させています。従来の歯科医院向け大型スキャナー機器(iTeroなど)と比較して圧倒的に低コストであり、導入のハードルが極めて低い点が強みです。


2026年時点でのグローバルな潜在市場規模(TAM)を45億ドルと試算する同社は、マレーシア経済省やCradleからの開発助成金を獲得し、技術の熟成を進めてきました。今後は、日本市場のユーザー嗜好や歯科医療現場のニーズに合わせたハードウェアおよびアプリのローカライズ、ならびにマレーシアで取得済みの特許の日本での権利化に向けて、日本の戦略的パートナーや投資家との連携を熱望しています。


Spray Fresh:天然ペプチドによる冷蔵不要のポストハーベスト鮮度保持スプレー

最後に登壇したスプレーフレッシュ社(Spray Fresh)のナスル博士(Dr. Nasrul)と、バイオテクノロジー研究において40年以上のキャリアを持つオシ教授(Prof. Othman)は、持続可能な農業を実現するアグリバイオ技術を発表しました。


果物や野菜などの生鮮作物は、収穫後から流通、販売、消費に至るあらゆる過程で劣化・腐敗が進行し、世界中で甚大なフードロスを引き起こしています。マレーシアでは生産された生鮮作物の最大40%(年間約7億2,000万リンギ相当)が消費される前に廃棄されており、インドネシアなどのASEAN諸国全体でも数百億ドル規模の損害が生じています。日本においても年間約460万トンのフードロスが発生しており、農産物の輸入・輸出双方において鮮度保持技術の高度化が急務となっています。


同社が開発した「Spray Fresh」は、高度なバイオテクノロジー研究に基づいて生み出された有機ペプチド製剤スプレーです。コールドチェーン(低温物流)や従来の化学防腐剤に依存することなく、生鮮作物の保存期間を自然な方法で劇的に延長します。製品の主成分は抗微生物ペプチド(アミノ酸の短い鎖)であり、作物に付着して腐敗を引き起こす微生物の細胞壁を選択的に破壊します。完全な天然成分で構成されているため無毒であり、環境に優しく、抗生物質耐性を誘発するリスクも一切ありません。作物の外観、形状、本来の品質を維持したまま、安全に鮮度を保つことが可能です。


実際の効果として、Spray Freshをスプレー処理することで、多様な生鮮作物の保存期間を平均して2倍に延長できます。具体的には、果物類では従来の5日間から10日間へ、野菜類では6日間から11日間へ、オーガニック製品では4日間から8日間へと鮮度保持期間が拡大します。バナナ、パイナップル、マンゴー、キャベツ、パラミツ(ジャックフルーツ)、さらには輸出用ドリアンに至るまで幅広い作物で実証されており、これらの研究成果は国際的なトップレベル(Tier 1)の学術誌にも論文掲載され、データとしての高い信頼性を誇ります。


同技術は、コストが高く管理が格段に難しいコールドチェーンへの過度な依存を排除できるため、事業者の物流コストを最大60%削減し、輸送に伴う二酸化炭素排出量を最大50%削減することが可能です。現在、技術成熟度は商用化直前(TRL 8から9)の段階に達しており、マレーシア国内の大規模バナナ農園や葉物野菜生産者との商用契約に向けた協議が進んでいるほか、インドネシアやモロッコ、さらにはブラジルでのイチゴのフィールド実証など、国際的な展開が加速しています。日本市場に対しては、2030年に5兆円規模を目指す日本の農林水産物・食品の輸出拡大、およびASEAN諸国からの輸入農産物の品質向上という双方の文脈において、農薬に頼らない高品質なブランディング維持ツールとして極めて高い価値を提供できます。同社は、日本市場での規制承認手続のノウハウを持つパートナーや、流通ネットワークを開拓する実証・投資パートナーとの協業を求めています。


終わりに

今回のThird Ecosystemとマラヤ大学による共同ピッチイベントは、Incubation CANVAS TOKYOの協賛を得て盛大に開催され、単なるスタートアップの発表会にとどまらず、両国のイノベーション生態系が深く交差する貴重な機会となりました。Third Ecosystemでは、今後も引き続きグローバルスタートアップと日本企業におけるオープンイノベーションの機会を創出し続け、持続可能な社会課題の解決と新たな市場価値の創出に貢献していきます。


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