学術研究からグローバル市場へ:SusHi Tech Tokyoに集結した9つのディープテック・AIイノベーション
SusHi Tech Tokyoの舞台にて、「第2回全国ネットワークカンファレンス(NINEJP in SusHi Tech Tokyo 2026)」が開催され、日本全国の大学や研究機関から選抜された9組の研究者・大学発スタートアップが登壇した。NINEJPは、研究者へのグローバルブランディング、投資家向けデータベースの構築、そして起業・事業化支援を行う全国プラットフォームである。今回のピッチイベントでは、リアルタイムの家畜飼料分析から希少がんの画像診断AIに至るまで、極めて高い社会実装可能性を持つイノベーションが競い合った。ベンチャーキャピタリストやインキュベーション専門家からなる国際的な審査員団による厳正な審査の結果、10万超のビッグデータを必要とせず、わずか100症例未満での学習を可能にする東京科学大学(旧東京工業大学・東京医科歯科大学)の「スモールデータAI」が最優秀賞(グランドプライズ)に輝いた。

イベント概要および審査基準
司会進行: 奈倉 賢 氏(FoundersNation)
ピッチ形式: プレゼンテーション6分、質疑応答3分
審査員団
Ben Mumby-Croft – インペリアル・カレッジ・ロンドン 起業家精神ディレクター
高岡 淳二 氏 – 東京大学協創プラットフォーム開発(UTokyoIPC) インキュベーションパートナー
関 美和 氏 – M Power Partners ジェネラルパートナー
神前 直樹 氏 – 松尾研究所 シニアアドバイザー & IQ Capital ベンチャーパートナー
児山 美智子 氏 – スタートアップDEI推進協議会 発起人(審査発表者)
審査基準
技術の新規性・優位性: データ活用における科学的・技術的新規性、社会実装へのロードマップ、データ獲得および知財(IP)戦略。
市場規模と社会的インパクト: 潜在的な市場規模、競合優位性、および社会に対する変革価値。
事業化の実現可能性: ビジネスモデルの現実性、資金調達計画、および戦略的パートナーシップ。
登壇した9組のイノベーション詳細
1. 翫 美里 氏 – HSFC / 帯広畜産大学
テーマ: ポータブル分光技術とAIを融合した、リアルタイム家畜飼料・土壌診断プラットフォーム
課題:
現代の農家は、飼料コストの高騰、労働力不足、気候変動による不安定化といった激しい圧力に直面している。飼料の品質は家畜の生産性と健康に直結するが、従来の飼料検査は外部の分析機関にサンプルを送る必要があり、1〜2週間の時間と1検体あたり6,000円の費用がかかる。これが意思決定の遅れを招き、最大1,000万円規模の損失につながるリスクがあった。
解決策:
ポータブル分光計とAI分析プラットフォームを組み合わせることで、圃場で直接草や土壌を測定し、AIが栄養パラメーターを瞬時に推定する。これにより、診断時間は数週間から数分へと劇的に短縮され、1検体あたりのコストはわずか500円に抑えられる。
対象市場とロードマップ:
主要ターゲット: 北海道内の中小規模の酪農家および農業協同組合(53万ヘクタールを超える草地)。
0〜12ヶ月: 2,000以上の実サンプルを用いた実証実験(POC)の拡大。
12〜24ヶ月: JA(農業協同組合)や飼料メーカーと提携したベータ版テストの開始。
24ヶ月以降: 北海道全域へのサービス展開とスケール。
2. 久保田 隆文 氏 – MASP(みちのくアカデミアスタートアッププラットフォーム) / 東北大学
テーマ: てんかん患者の人生を救う個別化医療プラットフォーム「POP」(遺伝子検査×AI薬剤選定)
課題:
てんかんは世界中で30人に1人が罹患する疾患である。重大な点として、患者の40%が既存の薬に対して抵抗性(難治性)を持つ。約30種類ある既存薬から適切な薬剤を見つけ出すプロセスは、現状では試行錯誤(治療の流浪)であり、1剤の試用に1年以上を要するため、患者は数十年にわたり発作や運転・就労制限に苦しみ続ける。
解決策:
AI駆動型の遺伝子検査プラットフォーム。全ゲノムシーケンスと臨床データを統合し、難治性てんかん症例の60%において遺伝的原因を特定する。さらに、生成AIエージェントが臨床文献の検索時間を1時間からわずか10秒に短縮し、遺伝子の要約、禁忌薬の特定、最適な治療法の推奨を自動生成する。
ビジネスモデルとロードマップ:
事業化モデル: 医療機関向けに1回あたり2,000ドルのB2B臨床検査を提供するとともに、製薬企業に対して高価値なゲノム・治験データセットを1万ドルから100万ドルで販売する。
対象市場: 世界のてんかん治療市場は170億ドル(患者数2,200万人)。日本国内の初期対象市場は1.5億ドル規模。
資金調達と展開: シードラウンドで50万ドル(出資比率10%)の調達を実施(5年後に5,000万ドルの評価額を目標)。すでにスタンフォード大学との共同研究を開始しており、100〜300人規模の臨床試験を経て、米国FDA(食品医薬品局)の承認取得を目指す。
3. 日下田 伸 氏 – IJIE / 宇都宮大学
テーマ: 防犯カメラ画像を活用した都市計画・交通動態のリアルタイムAIモニタリング
課題:
商業地域や街頭における従来の交通量調査は、作業員が椅子に座って数取器(カウンター)を叩く手作業に依存している。国道の測定には大がかりでアナログな専門機器が必要となり、断片的かつ局所的な手法であるため、都市間での比較や長期的なトレンド分析は極めて精度が低く、天候による変動も受けやすかった。
解決策:
既設の防犯カメラや監視カメラの映像をAIで解析し、歩行者や車両の動態を24時間365日リアルタイムでシームレスにモニタリングするシステム。速度、方向、交通量を自動追跡し、匿名化されたデータを安全なクラウドデータベースに保存する。
パートナーシップと知財(IP):
東京電力パワーグリッド(TEPCO)やALSOK(綜合警備保障)などの大手インフラ・セキュリティ企業との共同開発・実証を進行中。
顔写真やプライベートな個人情報ではなく、集計された数値データのみを処理することでプライバシーに厳格に配慮。アルゴリズムと公的データベースの保護により知的財産を確立している。
4. 鈴木 賢治 教授 – GTIE / 東京科学大学
テーマ: 超軽量「スモールデータAI」によるがん診断プラットフォーム (MTANN)
【グランドプライズ(最優秀賞)受賞】
課題:
医療AIはマンモグラフィの診断精度を向上させ、乳がん患者の生存率を20%高める効果が実証されているが、開発時のデータ確保が最大のボトルネックとなっている。従来のディープラーニングモデルの開発には少なくとも10万枚のアノテーション済み画像が必要であり、開発に数年を要する上、高額なGPUサーバー環境が不可欠である。結果として、年間40万人近くが罹患する200種以上の「希少がん」は、データ不足により医療AIの恩恵を全く受けられていない。
解決策:
特許取得済みの超軽量技術「MTANN(Massive-Training Artificial Neural Network)」。画像を丸ごと学習させるのではなく、ピクセル単位かつマイクロパッチ単位で画像処理を行うことで、100症例未満という極小のデータから極めて高精度な診断モデルを構築できる。モデルのアーキテクチャは従来のディープラーニングの5分の1から1,000分の1のサイズであり、高額なGPUサーバーを必要とせず、市販のタブレットPC上でローカルに超高速動作する。
臨床検証とSaaSビジネスモデル:
極めて稀な超希少がんである「滑膜肉腫(かつまくにくしゅ)」において、わずか22の臨床症例のみから診断AIを構築し、84%という画期的な診断精度を実証。
市場展開: クリニックや医師がタブレットにアプリをダウンロードし、使用回数に応じて支払うサブスクリプションモデル(医療版Netflix)を採用。
海外展開: 日米双方でのスタートアップ起業を完了し、ハーバード大学医学部をはじめとするグローバルな臨床拠点と共同で米国FDA(食品医薬品局)の承認申請準備を開始している。
5. 藤井 慶介 氏 – Tongali / 名古屋大学
テーマ: サッカー映像を戦術的意思決定に変えるノーコード・マルチエージェントAI
課題:
試合映像の録画自体は一般化しているが、それを戦術的なデジタルデータへと変換することは依然として困難である。アマチュアやセミプロのチームはデータ分析に割く予算や専門スタッフを欠いており、手作業での映像編集に膨大な時間を費やしている。一方、プロクラブにおいては、複数の商用ベンダーから提供されるデータがサイロ化し、統合されていないという課題があった。
解決策:
映像解析とデータ統合を一元化する、直感的なノーコードAIプラットフォーム:
Vision Board: 試合映像から選手とボールの座標データを自動抽出。
Open Style Lab: 規格の異なるスポーツデータを単一の共通フォーマットに標準化・統合。
Agent Suite: 全選手のポジショニングをマルチエージェントとして同時評価し、「もしこの局面で別の選択をしていたら」という戦術的シミュレーションを可能にする。
ビジネスモデルと技術実証:
120本以上の査読付き学術論文の理論的基盤の上に構築され、日本サッカー協会(JFA)との共同開発を通じて検証されている。
オープンコアモデル: スポーツエコシステム全体の底上げを図るため、基礎的なデータレイヤーはオープンスタンダード(無償)として提供し、自動レポート生成やチーム独自の戦術テンプレートといったアドオン機能をサブスクリプションとして収益化する。
ロードマップ: 国内30〜40のアマチュア・セミプロクラブでベータテストを実施したのち、海外展開およびバスケットボールやハンドボールなどの他競技へ横展開する。
6. 松﨑 千秋 氏 – TeSH / 石川県立大学
テーマ: 分子モデリングとスーパーコンピュータを用いた「超安定酵素」の創出技術
課題:
酵素は、医薬品、食品、バイオ燃料などの製造に不可欠なバイオ触媒である。日本は伝統的に酵素研究に強みを持つが、天然の酵素は物理的に脆く、工業生産時の高温や化学薬品といった過酷な環境下で容易に失活・分解してしまう。このため、発見された酵素のうち、実際に産業用として社会実装できているものはわずか1%未満にとどまっていた。
解決策:
分子モデリングとスーパーコンピュータによるシミュレーションを用いて、酵素分子に人工的な原子間結合(シミュレートされた架橋構造)を導入し、最適な安定化エネルギーを計算するプラットフォーム。これにより、物理的なウェットラボでの試行錯誤を排し、超安定酵素の設計・開発期間とコストを劇的に圧縮する。
商業的実績とビジネスモデル:
社会的価値の実証: すでに3つのカスタム安定化酵素を商用実装し、製造業のクライアント企業において年間300万ドルの即時的な売上増加を達成した。
精度目標: 現在のシミュレーション予測精度50%を、物理ラボからのフィードバックループを活用して2年以内に100%(完全予測設計)まで引き上げる。
収益モデル: 初期開発受託費、開発マイルストーン支払い、および長期的なライセンスロイヤリティに基づく多層的な収益構造を構築。
7. 梅野 健 氏 – KSAC / 京都大学
テーマ: 耐量子カオス暗号256ビットPostero-Xaosによるサイバー・防災・金融の統合の未来
課題:
従来の緊急地震速報は、地震波(初期微動)を物理的に検知した「後」に発信されるため、避難猶予時間は数秒から数十秒にとどまる。また、地震前の電磁気的異常(前兆信号)は、これまで「いつ、どの時点で観測されたか」を客観的に証明するセキュアな手段がなかったため、科学的信頼性や検証可能性の観点から社会実装が進まなかった。
解決策:
地震発生前のプレートの摩擦や応力変化によって発生する電磁気的擾乱(じょうらん)が、上空の「電離圏」に引き起こす異常(宇宙天候の乱れ)を捉える前兆観測プラットフォーム。社会的・運用的な信頼性を確保するため、以下の改ざん不可能なアーキテクチャを実装する:
観測と時刻同期: 電離圏データを高精度で暗号的に時間同期。
信頼レイヤー: 耐量子暗号(PQC)と改ざん耐性を持つ高信頼のデジタルタイムスタンプを用いて、異常信号が記録された正確な日時と位置情報を数学的に担保する。
社会実装と検証実績:
2024年能登半島地震のデータを検証した結果、本震の約9時間前に明確な電離圏の異常擾乱を検知することに成功。
パートナーシップ: 岐阜県などの地方自治体や、東海道新幹線をはじめとする高信頼インフラ事業者との共同検証を推進中。
ロードマップ: 0〜3ヶ月でデータガバナンスコンソーシアムの設立、3〜9ヶ月で各種受信機データセットの統合、9〜15ヶ月でタイムスタンプを統合したプロトタイプの検証展開を計画している。
8. 清水 貴史 氏 – PSI / 島根大学
テーマ: 簡易センサーとAIによる住宅の断熱・気密性能評価とエネルギー最適化システム
課題:
日本は700万戸を超える空き家問題に直面しており、その多くは断熱性能が低く、窓や壁から大量の熱が流出している。しかし、住宅の断熱性能を正確に評価するには、従来は大がかりな専用測定機材、専門技術者、そして数週間にわたる連続計測が必要であり、検査コストが極めて高額になるため、一般的な住宅購入者や改修業者にとって導入の障壁となっていた。
解決策:
非侵襲(破壊を伴わない)かつ簡易なAI駆動型建物性能評価プラットフォーム。重厚な専門機材の代わりに、評価対象の部屋、隣接空間、および屋外に安価でシンプルな温度・湿度センサーを設置。収集されたデータに独自のAI解析モデルを適用することで、各部屋ごとの断熱および気密性能を95%という驚異的な精度で算出する。
市場参入戦略:
ターゲット: 年間1兆円規模の住宅リフォーム・リノベーション市場をターゲットとし、ハウスメーカー、設計事務所、および空き家対策を推進する地方自治体を主要顧客とする。
グローバル連携: 国内特許を出願済みであり、研究チームはすでにイタリア、オランダ、ドイツ、米国、オーストラリアの研究機関と共同でグローバルデータセットの構築と検証を行っている。
9. 猪股 雅史 氏 – PARKS / 大分大学
テーマ: Smart OpeRec:手術動画AI解析による自動カルテ作成と術中意思決定支援
課題:
外科医の過重労働は世界的な課題である。極めて複雑な手術を数時間にわたり執刀した直後、医師は法律で義務付けられた詳細な手術記録を手作業で作成しなければならない。術後の記憶に頼るこの事務作業は膨大な時間を要し、転記ミスのリスクを伴うだけでなく、本来の患者ケアの時間を奪う。さらに、医師の疲弊による労働環境の悪化は、医療訴訟のリスクをも高める。
解決策:
内視鏡や腹腔鏡などの高精細な手術動画をリアルタイムでAI処理するスタンドアロン型ソフトウェア「Smart OpeRec」。画像認識AI、意思決定モデル、および臨床自然言語処理を融合させ、手術動画から構造化された標準的カルテおよび臨床レポートを自動生成する。
臨床的・経営的価値と事業化戦略:
労働時間削減: 1病院あたり年間1,000時間のペーパーワーク削減を実証しており、医師の働き方改革とコスト最適化に貢献する。
医療安全性の向上: 術後の合併症リスクなどを客観的なデータに基づき予測支援するとともに、監査に耐えうる正確な手術記録を自動保存することで、病院を法的なリスクから保護する。
ロードマップ: 世界で最も一般的な内視鏡手術である「腹腔鏡下胆嚢(たんのう)摘出術」で技術を検証済み。2026年より臨床試験と共同研究を開始し、まずはアジア圏、次いでグローバル市場へOEMパートナーシップを通じた展開を目指す。
審査発表と総評
5名の専門審査員による白熱した議論の末、希少がんの超早期・高精度診断に挑む鈴木 賢治 教授(東京科学大学 / GTIEプラットフォーム)の「スモールデータAI」がグランドプライズを獲得した。
審査員を代表して総評を述べた児山 美智子 氏は、大学の研究室(ラボ)から実社会へとイノベーションを橋渡しする困難さと、それに果敢に挑戦する起業家精神に対し、次のようにエールを送った。
『最も困難なプロセスは「トランスレーション(社会実装)」、すなわち知識を現実の社会的価値へと変換することである。現実の世界では、技術が単にラボ内で機能するかどうかではなく、厳しい実市場で生き残れるかどうかが問われる。研究を事業化するには、実行力、事業開発、製品化を担える多様なビジネスチームの編成が不可欠である。』
最優秀賞を獲得した鈴木教授には、特製トロフィーに加え、NINEJPプラットフォームによるグローバルカンファレンス・海外アクセラレーションプログラムへの参加権、およびフォースタートアップス社より「STARTUP DB」の6ヶ月無償利用権が授与された。また、登壇した全研究者に対しても、NEC、KDDI、フォースタートアップスより特別ギフトが贈られた。
総括:日本発ディープテック・商用化への展望と未来
SusHi Tech Tokyoにおける「第2回全国ネットワークカンファレンス(NINEJP in SusHi Tech Tokyo 2026)」は、日本の卓越したアカデミア研究が、適切な社会実装(トランスレーション)戦略と結びついたときに発揮する計り知れない可能性を示した。歴史的に、日本の大学は世界屈指の科学技術の宝庫でありながら、言語の壁、初期のベンチャー資本へのアクセス不足、そして商用化を担うビジネス開発人材の不足により、その成果をグローバル市場へと展開することに苦戦してきた。
しかし、NINEJPやSusHi Tech Tokyoのような革新的なプラットフォームの登場は、このエコシステムに以下の重要な転換をもたらしている:
データボトルの破壊: 東京科学大学の「スモールデータAI(MTANN)」に代表されるアプローチは、ビッグデータによる力任せの学習に依存せず、アルゴリズムの最適化によって日本発のスタートアップがAI領域でグローバルに主導権を握れることを証明した。
地域課題からグローバル展開への道筋: 北海道の農業・酪農イノベーションから島根の空き家断熱性能評価に至るまで、地域に根差した社会的・経済的課題を解決するアプローチが、実はそのまま地球規模の共通課題(地球温暖化、食料危機、高齢化)を解決するグローバルソリューションに直結している点である。
異分野融合チームの重要性: 審査員団が総括したように、科学的発見を実市場のプロダクトへと昇華させるには、研究者自身の情熱に加え、ビジネス開発(BD)、知財(IP)戦略、実務実行力(Execution)を備えた「混成ビジネスチーム」を早期に組成できるかが成否を分ける。
今回のカンファレンスは、日本のイノベーションの軸足が「大企業の閉じた研究所」から、「グローバル市場を見据えて起業する大学発ディープテック・スタートアップ」へと力強く移行していることを印象づけるマイルストーンとなった。
















