top of page

アイリスグループのフィジカルAI戦略、清掃・警備ロボットから描く「現場の自律化」

執筆者の写真: 小宮 昌人 / Komiya Masahito
小宮 昌人 / Komiya Masahito
9月19日
読了時間: 26分

生成AIやAIエージェントの進化に続き、AIが現実世界を認識し、判断し、物理的な作業を行う「フィジカルAI」に注目が集まっている。

その実装先として期待されているのが、清掃、警備、物流、介護、製造など、深刻な人手不足に直面する現場で働くサービスロボットだ。中でもアイリスオーヤマを中核とするアイリスグループは、既存メーカーのロボットを販売する立場から、ソフトウェア、ハードウェア、製造、販売、保守までを自ら担う「ロボットメーカーベンダー」への転換を進めている。

その象徴となるのが、法人向けDX清掃ロボット「JILBY(ジルビー)」である。さらにアイリスグループは、警備ロボットを開発するSEQSENSEをグループ化し、自律移動型警備ロボット「SQ-2(エスキューツー)」を軸に、清掃に続く事業領域の拡大を始めた。

一連の取り組みから見えてくるのは、単に人間の作業をロボットに置き換える戦略ではない。ロボットから集まる現場データをAIが学習し、作業方法を継続的に改善する「現場の自律化」に向けた構想だ。

アイリスグループは、どのようにロボット事業へ参入し、なぜ今、内製化とフィジカルAIを重視しているのか。清掃ロボットと警備ロボットの取り組みから、その戦略をひも解いていく。



人手不足を背景にサービスロボット市場へ参入

アイリスグループがロボティクス事業へ参入したのは2020年である。

背景には、少子高齢化に伴う労働力不足がある。清掃や警備といった業務は、建物や社会インフラを維持するために欠かせない一方、早朝や夜間を含む勤務、長時間の歩行、反復作業など、身体的な負担が大きい。

特に清掃業務では、限られた人数で広い施設を維持しなければならない。商業施設、オフィス、空港、病院、ホテル、物流施設などでは、利用者がいる状態で作業することも多く、単に速く清掃できればよいわけではない。

施設の利用状況や時間帯に合わせ、安全性、静音性、清掃品質を両立させる必要がある。

警備業界も同様に、構造的な人手不足を抱えている。国内の警備業界は約3.5兆円規模の市場である一方、24時間365日の運用が求められ、夜間や危険を伴う業務も少なくない。アイリスグループの公式発表によれば、警備員の47%を60歳以上が占めており、労働力の確保と安全な警備体制の維持が大きな課題となっている。

こうした問題に対し、アイリスグループは、ロボットを「人を完全に置き換える機械」としてではなく、人間が担ってきた移動、巡回、清掃、記録などの定型業務を補完する存在として位置付けている。

ロボットが繰り返し作業や長時間の巡回を担い、人間は異常時の判断、利用者への対応、細部の清掃、作業計画の見直しなど、人間にしかできない業務へ集中する。

このような人とロボットの役割分担を社会実装することが、同社のロボティクス事業の出発点となっている。


ロボット販売会社から「ロボットメーカーベンダー」へ

アイリスグループのロボット戦略を理解する上で重要なのが、「ロボットメーカーベンダー」という考え方である。

一般に、サービスロボットの事業には、ロボット本体を開発するメーカー、海外などから製品を調達する販売会社、導入設定を行うシステムインテグレーター、保守を担う事業者など、複数の企業が関与する。

この分業は、それぞれの専門性を活用できる一方、現場の要望が製品開発へ反映されるまでに時間がかかるという課題もある。

たとえば、清掃現場から「操作画面をもっと分かりやすくしてほしい」「バッテリー交換を簡単にしてほしい」「営業時間中でも使えるように音を抑えてほしい」という要望が上がったとしても、販売会社がハードウェアやソフトウェアを直接開発していなければ、迅速に改善することは難しい。

海外メーカーの製品であれば、日本特有の施設環境や運用方法に合わせた個別対応にも時間がかかる。

そこでアイリスグループが進めているのが、企画、ソフトウェア開発、ハードウェア開発、調達、製造、販売、導入支援、アフターサービスまでをグループ内で一貫して担う体制の構築である。

現場に近い販売・保守部門が利用者の声を収集し、開発部門へフィードバックする。開発部門は、その情報をソフトウェアの更新や次世代機の設計に反映する。さらに、自社の製造・調達機能を活用して量産し、全国の販売網を通じて展開する。

こうした循環を短期間で回すことが、ロボットメーカーベンダーとしての狙いだ。


シンクロボのグループ化がもたらしたソフトウェア内製化

アイリスグループは2023年7月、ロボット開発を手掛けるスマイルロボティクスの全株式を取得し、グループ化した。同社はその後、株式会社シンクロボへ社名を変更している。

このグループ化は、アイリスグループがロボット事業を販売中心のモデルから、開発・製造を含むモデルへ転換する上で重要な意味を持つ。

サービスロボットでは、走行用のハードウェアだけでなく、自律移動、地図作成、経路計画、障害物回避、運行管理、ユーザーインターフェース、クラウド連携などのソフトウェアが競争力を左右する。

特に、導入後も新しい機能を追加し、現場に合わせて性能を改善していくには、ソフトウェアを自ら制御できる体制が必要になる。

外部企業のソフトウェアに依存している場合、利用者から要望を受けても、自社だけでは改修できない。アップデートの時期や優先順位も、外部の開発会社に左右される。

シンクロボをグループ化したことで、アイリスグループは自律移動ロボットのソフトウェアを自ら開発し、現場から得られた要望を製品へ反映する基盤を獲得した。

その成果として開発されたのが、DX清掃ロボットの「JILBY」である。


完全内製のDX清掃ロボット「JILBY」とは

「JILBY」は、床面の集塵清掃を自動で行う法人向けのDX清掃ロボットである。2026年7月1日に発売された。

ソフトウェアはアイリスグループのシンクロボが開発し、ハードウェアは中国・遼寧省にあるアイリスオーヤマの大連工場で製造する。アイリスグループにとって、ソフトウェアとハードウェアの開発・製造を完全内製した初の法人向け清掃ロボットとなる。

アイリスグループは2020年の参入以降、清掃ロボットをさまざまな施設へ導入してきた。2026年6月時点で、サービスロボットの累計導入社数は7,000社、累計出荷台数は2万5,000台を超えている。また、業務用清掃ロボットのベンダーシェアでは、2023年から3年連続で1位を獲得したとしている。

「JILBY」には、こうした多数の導入現場から得られた課題や利用者の声が反映されている。

注目すべきなのは、ロボットの走行性能だけを追求しているのではなく、日々ロボットを運用する清掃スタッフの使いやすさや、メンテナンスのしやすさを重視している点だ。

ロボットは、導入しただけでは継続的に使われない。操作が複雑であったり、清掃後の手入れに時間がかかったり、現場の動線を妨げたりすれば、次第に使用されなくなる。

サービスロボットの社会実装では、AIやセンサーの性能と同じくらい、誰でも無理なく使い続けられる設計が重要になる。


自動充電と交換式バッテリーを両立

「JILBY」は、清掃を終えると充電ステーションへ自動で帰還し、充電を開始する。

作業者が毎回ロボットを充電場所まで運んだり、電源ケーブルを接続したりする必要がない。清掃スケジュールと充電を組み合わせれば、利用者が少ない時間帯に自動で清掃を行う運用も可能になる。

一方で、「JILBY」のバッテリーは着脱式になっている。

自動充電型のロボットでは、充電中は稼働できないことが一般的である。これに対し「JILBY」は、充電済みの予備バッテリーと交換することで、充電完了を待たずに清掃を再開できる。

自動充電による省人化と、交換式バッテリーによる連続稼働を両立させた設計といえる。

この仕組みは、広い商業施設、空港、物流施設など、長時間にわたって清掃する必要がある現場で有効だ。

通常時は自動充電を活用し、繁忙期や大規模清掃時にはバッテリーを交換して稼働時間を延ばすなど、施設ごとに柔軟な運用ができる。


時間帯と施設に合わせて選べる3つの運転モード

清掃ロボットが実際の施設で働くためには、清掃能力だけでなく、稼働音への配慮が欠かせない。

営業時間中の店舗、診療中の医療施設、入居者が生活する福祉施設、勤務中のオフィスなどでは、大きな稼働音が利用者や従業員の負担になる。

「JILBY」には、通常の「ノーマルモード」、集塵力を高める「パワーモード」に加えて、稼働音を抑える「静音モード」が搭載されている。

汚れが多い閉館後にはパワーモード、利用者がいる日中には静音モードを使うなど、時間、場所、清掃対象に合わせた使い分けが可能になる。

連続稼働時間は、ノーマルモードで約3.6時間、パワーモードで約2.5時間、静音モードでは約11.5時間とされている。清掃能力は1時間当たり約500平方メートル、集塵容量は約6.3リットルである。

静音モードは、単に音を小さくするための付加機能ではない。ロボットが施設の営業時間外だけでなく、人間と同じ空間で稼働するための重要な要件となる。


現場で使い続けるための操作性とメンテナンス性

「JILBY」には、10インチの大型モニターが搭載されている。

専門知識のない清掃スタッフでも操作しやすいよう、画面の見やすさや操作性を考慮した設計となっている。

清掃ロボットの導入現場では、ロボットの操作だけを担当する専任者を置けるとは限らない。複数のスタッフが交代で使用することも多く、説明を受けた人だけでなく、初めて触れる人でも理解しやすいことが求められる。

また、アイリスオーヤマがクリーナー事業で蓄積してきた知見を活用し、集塵したごみをためる紙パックを着脱しやすい構造としている。

底部のブラシなどを手入れする際に機体を傾けやすいよう、足をかけるフットステップも大型化した。

ロボット導入の成否は、自律走行の精度だけでは決まらない。

ごみの廃棄、ブラシの清掃、消耗品の交換、バッテリー管理といった日常作業を短時間で行えるかどうかが、運用コストと稼働率に直結する。

「JILBY」は、こうした導入後の実務まで含めた設計を重視している。


複数センサーで人や障害物、段差を検知

人が行き交う施設でロボットを動かすには、安全性を確保しなければならない。

「JILBY」には、LiDARセンサー、3Dカメラ、超音波センサー、段差センサー、センサーを備えたバンパーなどが搭載されている。

LiDARはレーザーを用いて周囲の物体までの距離や形状を測定する。3Dカメラは、物体の平面的な画像だけでなく、奥行きを含む空間情報を取得する。超音波センサーは、近距離にある障害物などを検知する。

複数のセンサーを組み合わせることで、周囲の人、什器、壁、段差などをリアルタイムで把握し、接触や転倒のリスクを抑える。

ロボットの安全性では、単一のセンサーへ依存しないことが重要になる。

たとえば、カメラだけでは照明や逆光の影響を受けることがある。一方、LiDAR、超音波、バンパーなど異なる原理のセンサーを組み合わせれば、互いの弱点を補完できる。

「JILBY」では、仮想障壁を設定するためにRFIDも使用する。ロボットを進入させたくない場所や、清掃対象外のエリアを指定することで、施設の運用に応じた走行範囲を設定できる。


「完全内製」の本当の価値は発売後にある

「JILBY」の重要性は、日本企業がロボット本体を自社で開発したという点だけにあるのではない。

より本質的なのは、発売後もソフトウェアを更新し、利用者の要望に応じて機能を追加できることである。

従来の機械製品では、出荷時点で機能がほぼ完成していた。しかし、ソフトウェアを中核とするロボットでは、導入後も新しい機能を追加し、性能を改善できる。

現場で問題が見つかれば、走行ロジックやユーザーインターフェースを更新する。新しい外部設備と接続する必要が生じれば、連携機能を追加する。特定の施設に固有の運用があれば、個別のカスタマイズを行う。

アイリスグループは、「JILBY」の完全内製化によって、利用者からの要望に基づくアップデート、外部システムとの連携、個別ニーズに応じたカスタマイズへ柔軟かつ迅速に対応できるとしている。

ハードウェアとソフトウェアを別々に扱うのではなく、両者を一体として改善できることが、内製化の大きな意味となる。


AIエージェントが清掃計画を提案

「JILBY」は、自律的に走行して床を清掃するだけのロボットではない。

NTT西日本グループが提供する「AIロボティクスプラットフォーム」と連携し、清掃データを活用して業務を最適化する構想が示されている。

タブレットやスマートフォンなどの端末を通じて、利用者とロボットがテキストや音声で双方向にコミュニケーションできる。

さらに、蓄積された清掃データをAIが学習し、最適な清掃ルート、清掃頻度、稼働時間帯などをAIエージェントが提案する。

ここで重要なのは、AIがロボットの操作を簡単にするだけではなく、清掃業務そのものの計画へ関与する点である。

従来、清掃計画は、施設管理者や清掃責任者が経験に基づいて作成していた。

しかし、すべての場所が同じ頻度で汚れるわけではない。施設の入口、エレベーターホール、フードコート、トイレ周辺などは利用者が多く、汚れやすい。一方、利用が少ないエリアを毎日同じ頻度で清掃する必要はない場合もある。

ロボットの走行履歴、清掃実績、時間帯、施設の利用状況などを分析すれば、どこを、いつ、どの程度清掃すべきかをデータに基づいて判断できる。

AIエージェントは、こうした情報を人間が理解しやすい形で整理し、清掃計画の改善案を提示する役割を担う。




「人がロボットに指示する」から「ロボットが人へ提案する」へ

従来の清掃ロボットでは、人間が清掃エリアや時間を設定し、ロボットが指示通りに動くことが基本だった。

「JILBY」が目指すのは、その関係を一段進めたものである。

ロボットが現場でデータを収集し、AIが状況を分析し、人間へ改善策を提案する。人間は提案内容を確認し、必要に応じて承認や修正を行う。

つまり、ロボットは指示された作業を実行するだけの機械から、業務改善を支援するパートナーへ変わっていく。

たとえば、あるエリアの清掃回数が多いにもかかわらず、実際にはごみが少ない状態が続いていれば、AIが頻度を下げることを提案できる。

反対に、特定の曜日や時間帯だけ汚れが増える傾向を検知すれば、その時間に重点的に清掃する計画を提示できる。

複数台のロボットを運用する施設では、機体ごとの稼働時間やバッテリー残量を踏まえ、作業を分担することも考えられる。

このようなAIエージェントとロボットの組み合わせによって、清掃業務は人の経験に依存した固定的な計画から、データに基づいて継続的に改善される仕組みへ変わる。


外部設備との連携で「建物の中を自由に働くロボット」へ

清掃ロボットが大規模な施設全体で働くためには、床の上を自律走行できるだけでは不十分である。

異なるフロアへ移動するにはエレベーターを利用しなければならない。セキュリティ区画へ入るにはフラッパーゲートを通過する必要がある。閉じた自動ドアを開けなければ、次のエリアへ進めない。

「JILBY」では今後、エレベーター、フラッパーゲート、自動ドアなど、さまざまな外部システムとの連携機能を順次追加する予定である。

これらの設備とロボットが連携すれば、ロボット自身がエレベーターを呼び、目的階を指定し、ゲートやドアを通過して複数フロアを移動できるようになるだろう。[理高1] 

これは単なる利便性の向上ではない。

人間がロボットを別のフロアへ運ぶ必要がなくなり、夜間や休日を含む長時間の自律運用が可能になるためだ。

ロボット単体の自律性だけでなく、建物設備との接続性を高めることで、施設全体をロボットが活動できる環境へ変えていく。この考え方は、スマートビルやビルOSの発展とも密接に関わる。


清掃ロボットは「フィジカルAI」へ進化する

フィジカルAIとは、AIが現実世界の状態をセンサーで認識し、物理的な制約を踏まえて判断し、ロボットや車両などの身体を通じて行動する仕組みを指す。

生成AIが文章、画像、音声などのデジタル情報を生成するのに対し、フィジカルAIは現実空間で作用を起こす。

清掃ロボットの場合、カメラやLiDARなどで周囲を認識し、人や障害物を避けながら移動する。床面を清掃し、その結果をデータとして記録する。収集したデータをAIが分析し、次の清掃計画へ反映する。

認識、判断、行動、記録、学習という循環が形成されることで、ロボットは固定された動作を繰り返す機械から、現場の状況に応じて仕事の仕方を改善するシステムへ進化する。

「JILBY」におけるフィジカルAIの特徴は、ロボット本体の高度化だけではなく、AIエージェント、クラウド、施設設備、利用者を含むシステム全体として設計されている点にある。

AIが清掃ルートを提案しても、ロボットがそのルートを安全に走行できなければ意味がない。ロボットがデータを集めても、人間が理解し、業務改善へ活用できなければ価値は限定される。

フィジカルAIの社会実装には、AI、ロボット、現場業務、施設設備、運用体制を一体として設計する必要がある。


警備ロボットメーカーSEQSENSEをグループ化

アイリスグループは2026年1月29日、警備ロボットメーカーのSEQSENSE株式会社の株式を取得し、同社をグループ化した。

これにより、アイリスグループは警備ロボット事業へ新規参入し、清掃ロボットに続くロボティクス事業の第二の柱として育成する方針を示した。

SEQSENSEは2016年に設立され、自律移動技術とクラウドシステムを中核に、警備ロボットの開発と社会実装を進めてきた。

同社の自律移動型警備ロボット「SQ-2」は、独自の3次元センサーを搭載し、警備対象となる施設の3次元地図を作成する。巡回中には歩行者などの動体を発見し、施設内の環境変化を検知する。

クラウドシステムと連携し、警備拠点からロボットの状態を確認したり、遠隔操作したりすることもできる。

官公庁、公共施設、空港、大規模商業施設などへの導入実績を持ち、富士経済の調査に基づき、2024年の国内警備ロボット市場でメーカーシェア1位を獲得したとしている。

 

図:SEQSENSEの警備ロボット 自律移動型警備ロボット「SQ-2(エスキューツー)」(出所:https://www.irisohyama.co.jp/news/2026/?date=0901)
図:SEQSENSEの警備ロボット 自律移動型警備ロボット「SQ-2(エスキューツー)」(出所:https://www.irisohyama.co.jp/news/2026/?date=0901)

開発力と量産・販売力を組み合わせる

SEQSENSEのグループ化では、双方の強みを組み合わせることが狙いとなる。

SEQSENSEは、自律移動、3次元認識、クラウド運行管理などの技術と、実際の警備現場でロボットを運用してきた知見を持つ。

一方、アイリスグループは、製品企画、部品調達、量産、法人向け販売、導入支援、アフターサービスに強みを持つ。

優れたロボット技術を持つスタートアップであっても、量産体制や全国規模の販売・保守網を単独で整備するには、大きな資金と時間が必要になる。

反対に、製造・販売力を持つ大企業であっても、高度な自律移動技術を一から開発し、実際の警備現場で検証するには時間がかかる。

SEQSENSEの開発力とアイリスグループの企画・調達・製造・販売力を組み合わせることで、警備ロボットの開発速度、供給能力、コスト競争力を高める構想である。

第一弾として、「SQ-2」をアイリスグループの全国販売網で展開する。さらに、調達・製造力を活用した「SQ-2」のリニューアルや、現場ニーズに基づく新しい警備ロボットの開発も計画されている。


「SQ-2」が担う巡回、記録、遠隔監視

「SQ-2」は、施設内を自律的に巡回し、カメラやセンサーを通じて周囲の状態を記録する。

本体は幅520ミリ、奥行き600ミリ、高さ1,215ミリ、重量65キログラム。4G LTEによる通信機能を備え、1回の充電で5~6時間稼働する。充電が必要になるとステーションへ自動帰還し、最大約1.5時間で充電する。

エレベーターと連動し、異なるフロアへ移動することもできる。

安全面では、3D LiDARによる全周の障害物検知、カメラによる全周確認、ロボットの姿勢検知、非常停止スイッチ、駆動部のトルクリミットなどを備える。

走行時にはフロアライトを点滅させ、電子音を発することで、周囲の人にロボットの存在を知らせる。

警備機能として、自動巡回、自動撮影、録画・再生、暗所撮影、遠隔操作、通話などに対応する。

倒れている人の検知、人物検知、消火器検知、スケジュール運行、任意の音声発信、電光掲示板による文字表示なども備えている。

ロボットが巡回と記録を継続的に行うことで、警備員は監視室などから複数の場所を確認できる。異常が発生した場合には、人間が現地へ向かい、状況判断や対応を行う。


AIによる「変化検知機能」を追加

2026年9月には、「SQ-2」に新しいAI機能として「変化検知機能」が正式に追加された。

この機能では、巡回ルート上の指定された地点で撮影した画像と、あらかじめ登録した基準状態をAIが比較する。

基準状態と異なる変化が生じていれば、自動的に判別し、操作・監視用アプリケーションへ記録する。

検知対象として想定されているのは、不審物や放置物、照明の不点灯、設置物の位置変更などである。人間が見落とす可能性のある微細な環境変化も、一定の基準に基づいて確認できる。

変化を検知した場合には、操作・監視用アプリケーションへリアルタイムで通知することも可能だ。

警備員は通知を確認し、必要に応じて現地確認や対応を行う。リアルタイム通知は、施設ごとの運用方針に応じてオンとオフを切り替えられる。

なお、変化検知機能は人物の変化を検知するものではなく、主に物品や設備、環境の状態変化を対象としている。


警備ロボットが「異常を見つける目」になる

従来の巡回警備では、警備員が決められた経路を歩き、扉、照明、消火器、設備、放置物などを目視で確認していた。

しかし、人間の注意力は常に一定ではない。長時間にわたって同じ場所を巡回していると、小さな変化を見落とす可能性もある。

AIによる変化検知では、同じ位置、同じ基準で画像を比較できる。

前回の巡回時には存在しなかった物が置かれている、照明が消えている、設備の向きが変わっているといった差分を抽出し、警備員へ知らせる。

重要なのは、AIが異常の意味を最終判断するのではなく、人間が確認すべき候補を絞り込む点である。

荷物が一時的に置かれているだけなのか、危険な放置物なのかは、施設の状況や運用ルールを踏まえて判断しなければならない。

ロボットとAIが継続的な巡回と一次検知を担い、人間が文脈を踏まえた判断と対応を行う。この分業によって、限られた人員でも警備品質を維持しやすくなる。


清掃と警備に共通する「移動するデータ収集基盤」

「JILBY」と「SQ-2」は、それぞれ清掃と警備という異なる業務を担う。しかし、フィジカルAIの観点から見ると、共通する構造を持っている。

両者とも、自律移動しながら施設内の情報を取得する「移動するセンサー」である。

「JILBY」は、清掃ルート、稼働時間、清掃実績、障害物、走行履歴などのデータを蓄積する。

「SQ-2」は、巡回画像、人や物体の検知結果、設備や環境の変化、移動経路、異常通知などのデータを取得する。

これらの情報は、単にロボットを動かすためだけでなく、施設運営を改善するためのデータとして活用できる。

たとえば、ロボットが頻繁に停止する場所があれば、通路に物が置かれやすい、動線が狭い、レイアウトに問題があるといった可能性が考えられる。

特定の場所でごみが発生しやすければ、施設利用者の動線や清掃計画を見直す材料になる。

特定の時間帯に人が集中する場所を把握できれば、清掃、警備、案内、設備運用などを連携して最適化できる。

サービスロボットは、作業を代替する機械であると同時に、これまで取得できなかった現場データを継続的に収集する情報基盤にもなる。


清掃と警備のデータを統合する可能性

今後、清掃ロボットと警備ロボットが同じ施設で稼働するようになれば、ロボット間の連携も重要になる。

清掃ロボットが通路上の放置物を発見した場合、警備システムへ通知する。警備ロボットが混雑を検知した場合、清掃ロボットがそのエリアを一時的に回避する。

警備ロボットが床面の液体や障害物を発見し、清掃スタッフへ連絡する。清掃ロボットが施設内の設備異常を検知し、管理者へ知らせる。

それぞれのロボットが独立して動くのではなく、クラウドやAIエージェントを介して情報を共有すれば、施設全体の運用を最適化できる。

将来的には、清掃ロボット、警備ロボット、搬送ロボット、案内ロボット、エレベーター、自動ドア、監視カメラ、空調、照明などが連携する可能性がある。

さらに、AIエージェントや統合管理システムが施設の利用状況を分析し、各設備やロボットに作業を割り当てる仕組みも考えられる。安全や警備に関して人の判断や現場対応が必要な場合には、その内容を担当者へ通知する。

これは、個別のロボット製品を導入する段階から、施設全体を自律的に運営する段階への進化といえる。


ロボット導入の価値は「台数」ではなく「稼働率」で決まる

サービスロボット市場では、導入台数が注目されやすい。しかし、実際の社会実装で重要なのは、導入後にどれだけ継続的に使われているかである。

操作が難しい、設定変更に時間がかかる、故障時の対応が遅い、現場の動線に合わないといった問題があれば、ロボットは次第に使われなくなる。

そのため、ロボットメーカーには、製品を販売して終わるのではなく、導入設定、現場教育、稼働状況の確認、保守、修理、ソフトウェア更新までを継続的に支援することが求められる。

アイリスグループは、全国の法人向け販売網やアフターサービス体制を活用し、ロボットを現場に定着させることを重視している。

また、利用者の声を企画・開発へ戻すことで、次の改善につなげる。

この仕組みが機能すれば、導入台数が増えるほど現場データと利用者の要望が集まり、製品とサービスの改善速度が高まる。

改善された製品によってさらに導入が進み、より多くのデータが集まるという循環が生まれる。


アイリスグループの強みは「現場起点の統合力」

フィジカルAIの競争では、AIモデルの性能やロボット技術だけでなく、現場へ導入して使い続けてもらう能力が重要になる。

アイリスグループの特徴は、生活用品、家電、照明、クリーナー、建築・内装、店舗設備、セキュリティカメラなど、幅広い事業を通じて、商業施設、オフィス、工場、物流施設、医療・福祉施設などとの接点を持っていることだ。

清掃ロボット単体を販売するだけでなく、照明、空調、家具、監視カメラ、建築設備など、施設に関わる複数の製品やサービスを組み合わせられる。

さらに、シンクロボやSEQSENSEが持つ開発技術と、アイリスグループの企画・調達・製造力、全国規模の販売・保守体制を組み合わせられる。

フィジカルAIの社会実装では、研究室で高性能なロボットを開発するだけでは十分ではない。

価格を抑えて量産し、現場へ届け、初期設定を行い、日常的に使える状態を維持し、利用者から得られた知見を次の開発へ反映する必要がある。

アイリスグループが目指しているのは、こうした社会実装の一連のプロセスをグループ内で回せる体制だ。


人を減らすのではなく、人の仕事を再設計する

清掃ロボットや警備ロボットの導入は、しばしば「人の仕事を奪うのではないか」という議論につながる。

しかし、清掃や警備の現場では、すでに十分な人員を確保できないことが大きな問題となっている。

ロボット導入の目的は、現在働いている人を単純に排除することではない。人員不足の中でも、必要な業務を維持し、従業員の身体的負担を軽減することにある。

床面の広範囲な清掃や長距離の巡回をロボットが担えば、人間は細部の清掃、利用者対応、異常時の判断、設備確認、改善活動などへ時間を使える。

警備では、ロボットが定期巡回と撮影を行い、人間が緊急時の対応や高度な判断を担う。

つまり、ロボット導入によって人が不要になるのではなく、人間が担うべき仕事が変わる。

ロボットを運用し、データを確認し、AIの提案を評価し、現場の改善へつなげる新しい役割も生まれる。


フィジカルAI時代の競争力は「改善の循環」にある

「JILBY」と「SQ-2」に共通するのは、完成品を一度販売して終わるのではなく、導入後のデータと現場の声を基に進化させる考え方である。

ロボットが現場で作業する。

作業を通じてデータが蓄積される。

AIがデータを分析し、異常や改善余地を発見する。

人間がAIの提案を確認し、運用を修正する。

修正結果が、再びロボットの動作とデータへ反映される。

この循環を繰り返すことで、ロボット単体の性能だけでなく、業務全体の生産性と品質が高まっていく。

完全内製化の価値も、この改善サイクルを自社で制御できることにある。

ソフトウェア、ハードウェア、製造、販売、保守が分断されていれば、現場の課題を製品へ戻すまでに時間がかかる。

これらを一体化すれば、利用者から得られた情報を、ソフトウェア更新、部品設計、製造工程、保守サービスの改善へ迅速に反映できる。

フィジカルAI時代の競争力は、単一の高性能なAIモデルを持っているかどうかだけでは決まらない。

現場から学び、製品とサービスを継続的に改善する循環を、どれだけ速く、大規模に回せるかが重要になる。


清掃・警備から広がるサービスロボットの可能性

アイリスグループは、清掃ロボットを第一の柱とし、警備ロボットを第二の柱としてロボティクス事業を拡大している。

今後は、清掃や警備で培った自律移動、遠隔監視、AI認識、クラウド運行管理、外部設備連携などの技術を、他の業務へ展開できる可能性がある。

たとえば、施設内の荷物や備品を運ぶ搬送、在庫や設備の点検、来訪者の案内、災害時の状況確認などである。

清掃と警備は、サービスロボットが社会に浸透するための入口ともいえる。

どちらも、施設内を繰り返し移動し、一定の作業や確認を継続的に行う業務である。自律移動ロボットの導入効果を比較的明確に示しやすく、複数の施設へ横展開しやすい。

そこで得られた技術、運用ノウハウ、データ、販売・保守体制を活用すれば、さらに多様な業務へロボットを展開できる。


日本企業に求められる「現場とAIをつなぐ力」

生成AIでは、巨大な基盤モデルを開発する米国や中国の企業が大きな影響力を持っている。

一方、フィジカルAIでは、AIモデルの性能に加えて、ロボットが働く現場を理解する力が必要になる。

床材、段差、通路幅、照明、騒音、人の動線、エレベーター、扉、施設ごとの業務ルールなど、現実世界には無数の条件が存在する。

同じ清掃業務でも、空港、病院、商業施設、工場では求められる機能が異なる。警備業務も、オフィス、公共施設、空港、倉庫では確認項目や運用方法が異なる。

この複雑な現場を理解し、AI、ロボット、設備、業務プロセスを組み合わせることが、フィジカルAIの競争力になる。

製造、販売、保守を通じて多くの現場と接点を持つ日本企業には、現場固有の課題をロボットやAIへ落とし込む余地がある。

アイリスグループの取り組みは、日本企業がフィジカルAI市場でどのように戦うかを考える上でも示唆的である。


まとめ

アイリスグループのロボティクス戦略は、既存のロボットを仕入れて販売するモデルから、自らソフトウェアとハードウェアを開発・製造し、導入後の改善まで担うモデルへ移行している。

DX清掃ロボットの「JILBY」では、シンクロボによるソフトウェア開発と自社工場でのハードウェア製造を組み合わせ、企画、開発、製造、販売、アフターサービスを一貫して提供する体制を整えた。

「JILBY」は、自動充電と交換式バッテリー、静音モード、大型モニター、メンテナンスしやすい設計、複数センサーによる安全機能など、現場の声を反映した仕様を備える。

さらに、NTT西日本グループの「AIロボティクスプラットフォーム」と連携し、AIエージェントが清掃ルート、頻度、時間帯などを提案することで、清掃業務そのものの最適化を目指す。



警備領域では、SEQSENSEをグループ化し、自律移動型警備ロボット「SQ-2」を全国展開する。「SQ-2」には、倒れている人や人物の検知に加え、放置物、照明の不点灯、設置物の移動などをAIが確認する変化検知機能も追加された。

こうした取り組みが示すのは、ロボットが単に人間の作業を代替する未来ではない。

ロボットが現場でデータを集め、AIが分析し、人間へ改善策を提案する。人間が判断して運用を変え、その結果をロボットが再び学習する。

清掃や警備の現場を、データとAIによって継続的に改善する仕組みこそが、アイリスグループの目指すフィジカルAIの姿といえる。

今後、清掃ロボット、警備ロボット、建物設備、AIエージェントが相互につながれば、個別業務の自動化を超え、施設全体が状況に応じて自律的に運営される可能性がある。

アイリスグループの挑戦は、生活用品・家電メーカーのロボット事業参入という枠を超え、日本の現場産業がフィジカルAIによってどのように変わるのかを示す先行事例となりつつある。


最新記事

bottom of page