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NECが描くフィジカルAI時代の産業変革と社会実装戦略・人間系世界モデル:大規模モデルの限界を超え、人とロボットが高度に協働する次世代社会インフラ基盤の全貌

執筆者の写真: 小宮 昌人 / Komiya Masahito
小宮 昌人 / Komiya Masahito
1 日前
読了時間: 13分

生成AIからフィジカルAIへ、現実世界を舞台とする新たな産業革命の幕開け

デジタル空間における生成AIや大規模言語モデルの飛躍的進化を経て、次なる技術革新の主戦場として現実世界を動かすフィジカルAIへの関心が世界的に高まっている。これまでテキストや画像といったデジタルコンテンツの生成にとどまっていた人工知能は、センサーによる空間認識やアクチュエータによる物理制御と融合することで、製造現場、物流倉庫、広域インフラ、さらには防災や防衛といった多様な物理環境において自律的に機能する新たなフェーズへと足を踏み入れた。


グローバル市場においては、海外の巨大IT企業を中心に、膨大なデータと強力な計算資源を投じてロボット基盤モデルを構築し、物理シミュレーション空間から実世界へと動作を適用させるアプローチが勢いを増している。しかしながら、現実世界の産業現場はきわめて多様であり、想定外の異変や環境変化が絶えず発生する。単なるデータ量の力任せによる学習だけでは、実際の業務オペレーションにおいて求められる高い信頼性や安全性を確保することは容易ではない。


こうした技術的・ビジネス的背景に対し、NECは自社の強みである世界最高水準の画像・映像認識技術と、長年にわたり培ってきた各産業のドメインナレッジを結実させ、独自のフィジカルAI戦略を本格化させている。ロボットや自動化機器をうまく活用し、複数のロボット、人、既存の業務システム、さらには社会インフラ全体を高度に調和させるオーケストレーションのポジションを狙う同社の取り組みは、日本の産業界が抱える深刻な人手不足を打開し、真の生産性向上を実現するための試みとして大きな注目を集めている。


フィジカルAIを巡るグローバル潮流とデータ主導型アプローチの壁

現在、フィジカルAIの領域では大規模言語モデルの成功体験をマルチモーダルへと拡張する動きが加速している。視覚情報と言語情報を統合するビジョン・ランゲージ・モデル(VLM)や、そこに物理的な動作制御までを紐付けるビジョン・ランゲージ・アクションモデル(VLA)といった領域が世界的な技術ブームとなっており、巨大な計算資源を活用して膨大な動画データやセンサーデータを収集・学習させるアプローチがトレンドの主流を占めている。

しかし、現実の産業現場にこの手法をそのまま適用しようとすると、複数の構造的課題に直面する。第一に、実世界における物理的バリエーションは無限であり、いくら膨大なデータを集めて基盤モデルを学習させたとしても、あらゆる現場の特殊性や局所的な変化を網羅することは困難な点だ。特に災害現場での緊急対応や複雑な製造プロセス、限られた空間での特殊作業など、そもそも学習用データが十分に存在しない領域においては、データ依存型のモデルは十分な精度と信頼性を発揮できない。


第二に、過度なデータ依存と膨大な計算資源の投入は、消費電力やシステムコストの増大を招くという現実的な壁が存在する。巨大なデータセンターで大量のGPUを駆動させて学習を回すアプローチは、エネルギー効率の観点から永続的とは言えず、産業現場における自律動作にはエッジ環境でのコンパクトかつ高効率な処理が不可欠となる。

第三に、映像解析の深度における限界が挙げられる。一般的なビジョン・ランゲージ・モデルは映像全体の概観や大まかな文脈を把握することには長けているが、現場の局所的な状況変化や微小な異変を精度高く察知することには課題が残る。日本のモノづくりや社会インフラの現場は、熟練作業員の高度な観察眼と高い運用精度によって支えられてきた歴史を持つ。現場で求められるのは、確率的に動作する実験的なAIではなく、いかなる事態においても確実かつ安定して稼働する高い信頼性と安全性である。NECは、従来の物理モデルやドメイン固有の制御技術と最新のAI技術を統合するハイブリッドアプローチを採ることで、データが不足する現場であっても確実に機能する高度な信頼性を追求している。


単体制御から「システム・オブ・システムズ」へ:NECが目指す全体最適の領域

フィジカルAIの社会実装を進める上で、NECが定義する自社の役割は明確である。それは、ロボットという単体のハードウェア製品や機器そのものを提供するベンダーではなく、多様な機器や人、さらには既存の業務システム全体を高度に連携・制御するインテグレーションおよびオーケストレーションだ。


産業ロボットの市場を見渡すと、現在最も実用化が進み大きな市場を形成しているのは、製造工場などで固定配置されて動作する産業用アーム型ロボットや、あらかじめ定められたルートを走行する無人搬送車である。一方で、近年急速に注目を集めている四足歩行ロボットや二足歩行の人型ロボットなどは、技術的な先進性で話題を呼んでいるものの、市場全体の規模としてはまだ立ち上がり段階にある。NECは、将来的に多様な移動体や自律型ロボットが社会に普及する時代を見据え、それらのハードウェアやAI、ひとが共に働くシステムや共通基盤の開発を進めている。


米国国立標準技術研究所が提唱するサイバーフィジカルシステム(CPS)のフレームワークにおいて、CPSは三つのレベルに分類される。一つ目は単一のロボットや装置内部で処理が完結する単体レベルのCPS、二つ目は複数のロボット群や作業員、周辺機器が協働するシステムレベルのCPS、そして三つ目は広域な社会インフラやサプライチェーン全体を跨いで複数のシステム同士が融合するシステム・オブ・システムズ(SoS)レベルのCPSである。


海外の巨大プラットフォーマーや特定の技術ベンダーが単体レベルのロボット基盤モデルに注力するのに対し、NECはシステムレベルおよびSoSレベルの統合制御において圧倒的な優位性を構築しようとしている。工場内の無人搬送車や四足歩行ロボット、ドローン、警備用デバイス、さらには既存の生産管理システムや人間の作業員まで含めた全体をいかに最適化するかという領域に注力している。


このサイバーフィジカルの循環を駆動させるため、同社は四つの核心的機能を整理している。第一に、複雑な実世界の状況を正確に認識するセンシング。第二に、収集されたデータから現場の文脈や異常の予兆を解釈・理解し、最適な行動を計画する最適化・プランニング。第三に、マルチエージェントや人間、既存システムに対して最適な指示を出すアクションコンダクティング。そして第四に、現場の実行結果を蓄積して継続的に適応・高度化するラーニングである。この循環構造を連続的に回すことで、個別の機器の性能を超えたシステム全体の知的進化を実現している。


NECが考えるサイバーフィジカルの循環(出所:NEC)
NECが考えるサイバーフィジカルの循環(出所:NEC)

実世界を捉える多層的デジタルツインとオープンなエコシステム戦略

フィジカルAIが正しく機能するための大前提となるのが、現実世界で起きる出来事をサイバー空間上に再現するセンシング技術である。NECは、得意とする映像・画像認識AIを核として、実世界を高度にデジタル化するアプローチを確立している。

同社のデジタルツイン戦略は、実世界の状況を正確に吸い上げるアップストリーム(実世界デジタルツイン)と、サイバー空間でシミュレーションを行い制御コマンドへと落とし込むダウンストリーム(シミュレーションツイン)の二層構造で構成されている。


アップストリーム側において、同社は画像、カメラ映像、LiDARなどの多様なセンサー情報を統合し、対象空間の地理情報、設備の配備状況、動体のリアルタイムな位置変化、さらには将来の移動計画までを重ね合わせた多層構造のデジタルツインを構築する。これにより、広大な工場や物流倉庫、あるいは交通インフラ空間において、今どこで何が起きているかを極めて高い精度で把握することを可能にしている。すでにこの実世界デジタルツインは、大手製造メーカーや大型運送事業者などの実際の現場において導入が進められており、高い評価を獲得している。


一方、ダウンストリーム側のシミュレーション空間においては、グローバルなパートナー企業や先進的な物理シミュレータとのアライアンスを積極的に活用する。アップストリームで得られた高精度な実世界データをパートナーのシミュレーションエンジン等へと引き渡し、最適な制御計画を導き出した上で現実世界のアクチュエータへとフィードバックする。自社の強みであるアップストリーム領域に集中しつつ、ダウンストリーム領域では外部の先端技術と柔軟に連携するエコシステムを形成している。


また、産業現場で活用されるハードウェアは、搬送用の車輪型ロボット、不整地を進む四足歩行ロボット、空中を飛翔する無人航空機、細かな作業を行うマニピュレータなど、用途に応じて多種多様である。市場に唯一絶対の汎用ロボットが存在しない以上、特定のハードウェアに依存しないオープンなエコシステム戦略が不可欠となる。NECは、グローバルな大企業から特定の性能に特化したスタートアップまで、多様なハードウェアベンダーの製品をサイバーフィジカル基盤上に柔軟に組み込み、顧客の現場課題に応じた最適なハードウェアを選択して統合提供する体制を整えようとしている。


人とロボットの協働を根本から変える「人間系世界モデル」の革新

従来のフィジカルAI研究における最大の課題の一つは、AIやロボットの制御のみに視点が偏り、現場で共に働く人間の存在や心理的な変化のモデル化が抜け落ちていた点にある。特に労働力不足が深刻化する産業現場においては、完全に人間を排除した無人化を即座に達成することは難しく、当面の間は作業員とロボットが同一の空間で密接に交じり合って働く人とロボットの協働が不可欠となる。


NECの開発する人間系世界モデル(出所:NEC)
NECの開発する人間系世界モデル(出所:NEC)

この課題を根本から解決するため、NECは人の動きだけでなく心理状態までを予測して先回り制御を行う独自の人間系世界モデルを活用したフィジカルAIを世界で初めて開発した。この取り組みは、人とロボットが心理的にも安心して共存できる環境を構築するための技術的突破口として位置付けられている。


本技術の核となるのは、高度な二つの予測モデルの融合である。一つ目は、ロボットに搭載されたカメラ映像と制御情報から、周囲にいる人間の三次元骨格情報を抽出し、数秒後の位置や姿勢、進行方向を高精度に予測する動態予測モデルである。二つ目は、被験者を用いた実験データと走行データをAIに学習させることで、ロボットとの相対的な距離や移動方向、速さから、人間が感じる心理的な不安感の度合いをリアルタイムかつ定量的に推定する感情・心理推定モデルである。


これら二つのモデルを組み合わせることで、ロボットは自身の走行経路や速度を選択した際に、周囲の人間がどの程度の不安を感じるかをあらかじめシミュレーションすることが可能となる。人間が急な接近や予期せぬ挙動によって緊張や恐怖を感じないよう、ロボット側が先回りして回避ルートを選択したり、自然な速度調整を行ったりする。

この技術がもたらす最大のビジネス価値は、心理的安全性と移動効率の相反する二項対立を解消した点にある。不要な一時停止や極端な減速を回避しながら最適な速度を確保するため、現場全体の生産性を維持できる。さらに、従来は不可欠とされていた人とロボットを物理的に隔てる防護柵や安全区画の整備、あるいは床面への固定走行テープの設置が不要となる。これにより、通路が狭くレイアウト変更が頻繁に発生する中小規模の物流倉庫、製造工場、店舗などにおいても、設備投資のハードルを劇的に下げたロボット導入が可能となる。同社は、2027年度中の本技術の実用化を目指して開発を加速させている。


人間系世界モデルの人の動きを予測するモデル(出所:NEC)
人間系世界モデルの人の動きを予測するモデル(出所:NEC)
人の不安の程度を予測するモデル(出所:NEC)
人の不安の程度を予測するモデル(出所:NEC)

社会実装を加速させる「クライアントゼロ」と顧客企業への価値提供

高度な技術も、実際の業務オペレーションに合致した形で実装されなければ価値を生まない。NECは、フィジカルAIの社会実装を加速させるため、自社グループを最初の実験場とするクライアントゼロの取り組みと、現場に入り込んで価値を創出する活動を強力に推進している。


クライアントゼロのアプローチでは、ハードウェア製造を担うNECグループの自社工場や、パートナー企業が運用する交通、輸送、物流の実際の現場に開発中のサイバーフィジカル基盤を導入している。センシング、状況理解、計画立案、そして機器への指令発行という一連のループを自らの事業現場で回すことで、現場特有のノイズや運用上のボトルネックを抽出し、製品としての完成度と信頼性を高めている。


そして、この磨き上げられた技術を外部の顧客企業へと届ける役割を果たすのが、顧客の現場に深く入り込むエンジニアである。同社は、業種ごとに異なる業務プロセスに対応するため、金融、製造、物流、インフラといった各産業の特性に合わせたエージェント型AIの標準パターンを社内で構築している。自動的に業務実行の仕組みを構築するAIエンジニアリングの成果を顧客の現場へと迅速にフィッティングさせるのである。


さらに、製造業におけるエンジニアリングチェーン、プロダクションチェーン、サプライチェーンという一連のバリューチェーン全体を見通したドメインナレッジ(マニュファクチャリング・トランスフォーメーション)の存在が、他社との大きな差別化要因となっている。現場で発生するデータの背景にある意味や、どのプロセスが全体の生産性に最も影響を与えるかという業務的知見をあらかじめ保有しているため、AIの分析結果を単なるデータとして終わらせず、現場の具体的なアクションへと確実に変換することができる。


全社横断の推進体制とフィジカルAI時代の現場人材育成

フィジカルAI事業を強固なビジネスとして成立させるため、NECは社内における組織体制と人材育成の枠組みを刷新している。


従来、研究所における先端技術開発、事業部門における案件対応、グループ会社における機器・部品提供といった機能は社内に分散して存在していた。同社はこれら全社に散在するケーパビリティを一元的に集約するため、グループ全体で事業部や研究所を横断する強力なバーチャル組織を社内に立ち上げた。

この組織を中心に、これまで各部門が個別に取り組んできた技術や現場導入のノウハウを持ち寄り、顧客への提案テンプレートや必要なスキルセットの体系化が進められている。


また、研究所における先端技術開発においても、自社閉じの閉鎖的なアプローチを排し、オープンイノベーションを積極的に推進している。世界モデルの研究開発においては、生成AIや画像予測のグローバルなトレンドを素早く取り込みつつ、外部の研究機関やスタートアップとの連携を強化している。これにより、提案から設計、現場導入、そして導入後のモデル運用に至るまで、再現性の高い高品質なサービスを全国の顧客に対して提供できる基盤が整いつつある。


結論:広域インフラから生産現場まで、未来の社会インフラを支える自律型基盤の展望

NECが描くフィジカルAIの展開ロードマップは、段階的でありながらもきわめて壮大である。

初期の参入フィールドとしては、同社が最も強みを持つ映像認識・解析技術がダイレクトに活きる巡回監視、点検、異常検知、そして製造や産業現場のデジタルツイン化、また同社が長年担ってきた防災、消防、警察、警備といった広域なインフラ空間をはじめ、空港や鉄道などの重要交通拠点など、広域から閉域に至る多様な空間でのデータ収集と状況把握から社会実装をスタートさせようとしている。


将来的には、このセンシングと理解の領域から、現場での異変発生時にロボットが自律的に対処する高度なマニピュレーションや作業代替、さらには複数ロボットによる群制御へと適用範囲を順次拡大させていく計画である。

技術的な展望としては、現在のビッグテック主導による大規模計算・大電力消費のモデルから脱却し、エッジ側で軽量かつ高効率に動作するコンパクトな世界モデル、バーチカルな業務に特化したモデルの実現を目指している。これにより、通信環境の制限やエネルギー制約の厳しい環境下であっても、ロボット群が高度な自律性と相互協働性を保ちながら機能する社会基盤を構築する。


データドリブンな学習モデルと従来のすり合わせ型アプローチを融合させ、高い信頼性を軸に置くNECのフィジカルAI戦略は、単なるロボティクスの枠を超え、人手不足に悩む日本の産業界や社会インフラ全体を支える次世代の共通オペレーティングシステムとして、大きな役割を果たしていくことが期待されている。


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