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Mobileyeが描く「物理AI」の未来:自動運転のスケール戦略からヒューマノイドロボットまで(CES2026報告)

  • 執筆者の写真: Komiya Masahito
    Komiya Masahito
  • 1月15日
  • 読了時間: 12分

はじめに:Mobileye 3.0の幕開けと「物理AI」への飛躍

自動運転技術のリーディングカンパニーであるMobileyeは、CES 2026における基調講演にて、中核である自動車向け事業の圧倒的な進捗とともに、ヒューマノイドロボティクス企業「Mentee Robotics」の買収という業界を揺るがす重大発表を行った。この買収は、同社が自動車という枠を超え、デジタル世界で完結するAIとは異なる、現実世界で物理的な意思決定を下す「物理AI(Physical AI)」の全領域へと本格参入することを意味している。

Intelによる買収後の成長期を「Mobileye 2.0」とするならば、コンシューマー向けADAS(先進運転支援システム)の巨大なスケール、ロボタクシーの事業化、そしてロボティクスという新たな成長エンジンを統合した現在の姿は、まさに「Mobileye 3.0」と呼ぶべき新たなフェーズへの移行を示している。本稿では、自動運転プラットフォームの最新動向から、次世代AIアーキテクチャの深層、そしてヒューマノイドロボットとの技術的シナジーまで、CES 2026で明かされた全容を詳細に紐解いていく。


内容に関するインフォグラフィック
内容に関するインフォグラフィック

第1章:圧倒的シェアを誇る自動車事業の現在地と「Surround ADAS」の台頭


驚異的な勝率と拡大する事業パイプライン

Mobileyeの中核事業である自動車向けADASおよび自動運転チップ市場において、同社は極めて強力なモメンタムを維持している。2025年の実績として、トップ10の顧客企業における見積依頼(RFQ)の勝率は実に95%に達した。さらに、これまで取引のなかったVolvoおよびSubaruという新規OEM2社からのデザインウィン(採用)も獲得している。

ボリュームゾーンを担う基本ADAS向けチップ「EyeQ6 Lite」の事業パイプラインは、2024年比で3.5倍へと急拡大した。今後8年間の売上パイプラインは245億ドル(約3兆5000億円)に達しており、これは同社の2025年の通期収益(約20億ドル弱)と比較して、単年換算でも現状を50%以上上回る強固な収益基盤となる。IPO以降に獲得した受注額は180億ドル規模であり、2023年以降でパイプラインは40%増加、さらに現在も1億チップ規模の潜在的なRFQで競合している。なお、設立以来のチップ出荷数は累計2億3000万個を超え、地球上の全自動車の約8分の1に同社の技術が搭載されている計算になる。


高精度マップ(REM)の進化と次世代ADAS

同社の強力な競争優位性である高精度マップ「REM(Road Experience Management)」についても、現在800万台の車両が日々データを送信(ハーベスティング)しており、2025年単年で320億マイル分のデータが収集された。新たに3社のOEMがこのフリートに加わり、欧州、米国、アジアへとカバー範囲を急速に拡大している。

製品面で大きなトピックとなっているのが、次世代の主流となる「Surround ADAS」である。これは従来の前方監視だけでなく、最新チップ「EyeQ6 High」を搭載し、前方カメラに加え4つのパーキングカメラを含む計5〜6台のカメラと、1〜5台のレーダーを組み合わせて全方位を監視するシステムだ。すでにVolkswagen(VW)や米国の主要OEMから計1900万台の大規模な受注を獲得し、2028年半ばの量産開始(SOP)を予定している。このシステムは経済的メリットも絶大であり、MobileyeがTier 2として参画する場合の平均販売価格(ASP)は通常の2〜4倍、Tier 1として参画する場合は12〜14倍に跳ね上がるという。


プレミアムブランド向け自動運転のロードマップ

より高度な自動運転機能の展開も順調だ。VWグループのPorscheやAudi向けに展開するレベル2++システム「SuperVision」は、Cサンプルのハードウェア段階にあり、数十台のテスト車両が稼働中である。次世代スタック(Gen II)は2026年4月に準備完了し、2027年のSOPを予定している。また、システム作動中に前方から目を離せるアイズオフ機能に対応したAudi向けのレベル3システム「Chauffeur」は現在Bサンプル段階でプロトタイプテストが行われており、SuperVisionの1年半後のSOPを目指して開発が進められている。


第2章:ロボタクシーの事業化──技術の壁から「スケールとビジネスモデル」へのシフト


過酷な環境での実証と商用化マイルストーン

完全自動運転のロボタクシー分野では、VWおよびその子会社であるMOIAとの強力なパートナーシップの下、実証から商用化への移行が進んでいる。現在、「ID. Buzz」および「HOLON」の車両を用い、ミュンヘン、ハンブルク、オスロ(厳しい雪の環境下)、米国のオースティン、ロサンゼルスなど、多様な地理・気象条件の複数都市で約100台の車両がテスト走行を重ねている。

ID. Buzzのセンサー構成は重装備であり、13台のカメラに加え、Innoviz製の長距離LiDARが3台とフラッシュLiDARが6台、さらにMobileye独自のイメージングレーダーを5台搭載している。2026年2月にはレベル4対応車両が完成し、同年第3四半期から第4四半期には米国のローンチ都市でドライバーレス運行が開始される計画だ。2027年からはRuter、Holo、Uberなどのパートナーと共に複数都市への展開を加速させる。


エコシステムによるスケールと双方向のシナジー

自動運転業界における現在の真の課題は「技術の壁」から「スケーリングとビジネスモデルの壁」へとシフトしている。この課題に対し、両陣営は各社の強みを結集する「エコシステム・アプローチ」で挑む。VWが産業スケールの車両量産と型式認証(ホモロゲーション)を担い、Mobileyeがレベル4自動運転システムを提供し、MOIAがフリート管理、遠隔監視、顧客管理などのソフトウェア基盤を統合して、MaaS(Mobility as a Service)としてのターンキーソリューションを構築する。この明確な分業と統合により、コストを劇的に削減し、早期の損益分岐点到達が可能になるという。具体的な目標として、2027年末までに6都市、2033年末までに10万台以上の自律走行車両を稼働させるという野心的なターゲットが示された。

さらに、この座組は乗用車向けのADAS開発にも双方向の強いシナジーをもたらしている。ID. Buzzには乗用車向けのSuperVision(SV62)のECUボードが2枚搭載されておりハードウェアのスケールメリットが得られるだけでなく、ID. Buzzから得られるLiDARやレーダーを含む高品質な360度データが自動グラウンドトゥルース生成に活用され、乗用車向けセンシング技術の飛躍的な向上に貢献している。


第3章:次世代AIアーキテクチャ──「純粋なEnd-to-Endの幻想」と「Fast and Slow」


VLMのカリカチュア(単純化)と直面する現実課題

ロボタクシーから乗用車ADASまで、全スタックを支えるAI技術(Under the hood)の詳細も明らかにされた。現在、生成AIや視覚言語モデル(VLM)が注目を浴びており、カメラ画像(ピクセル)を入力して直接運転軌道(コマンド)を出力させる「純粋なEnd-to-Endモデル」が投資家向けに語られることがある。しかし、現実にはこの手法は「カリカチュア(単純化されすぎた理想像)」にすぎず、実用化はされていない。

その最大の理由は、LLM特有の「ハルシネーション(幻覚・誤答)」による安全性の欠如と、「サンプル複雑性(学習に必要なデータ量)」の著しい非効率性である。周囲の状況を認識するパーセプションと、他車との相互作用を含むプランニング(マルチエージェント問題)では、必要なデータ量が全く異なる。これを解決するためには、周囲の車両、車線、信号などの全情報を記述した中間出力である「センシング・ステート」を生成し、複雑性を下げるアプローチが不可欠となる。


「Fast and Slow」アーキテクチャの導入

複雑な課題に対応するため、Mobileyeは「Fast and Slow(速い思考と遅い思考)」と呼ばれるアーキテクチャを採用している。

  • Fast(速い)パス:10フレーム/秒(fps)でリアルタイムに動作し、RSS(Responsibility-Sensitive Safety)などの安全レイヤーを経由して軌道計画と衝突回避を担う。

  • Slow(遅い)パス:1〜2fpsで動作し、極めて複雑なシーンに遭遇した際の「深い意味理解(シーン理解)」を担う。インターネット上の膨大な映像データで学習したVLMは、このシーン理解において比類のない能力を発揮する。


第4章:シミュレーション革新「ACI」と、テレオペレーターを排除する「VLSA」


ACI(Artificial Community Intelligence)による自己学習

プランニング(運転ポリシー)の学習には数十億時間という天文学的なデータが必要だが、現実世界でのデータ収集や、リアルな画像生成(Photorealistic)を伴うシミュレータでは計算資源(コンピュート)の限界に直面する。

このボトルネックを打破したのが、独自開発された「ACI」である。DeepMindのAlphaGo Zeroにおける「自己対局(Self-play)」に着想を得たこの技術は、REMが構築した世界中のHDマップ上に、無数のエージェント(他車、歩行者など)を配置してセンシング・ステートレベルでシミュレーションを行う。エージェントには、ルール違反や急停止といった極端なパラメータ(Augmentations)や多様な報酬の重み付けを与え、過酷な条件での強化学習を実行する。画像描画が不要なため、一晩で数十億時間のシミュレーションが可能であり、学習初期は衝突を繰り返すエージェントが、数百万時間の学習後には一切衝突せずに目的地へ到達できるようになる。 またACIは、新たな都市にロボタクシーを展開する際、マップ上に未知の交通パターンがないかを一晩で10億時間シミュレーションして事前検証する「ポリシー検証」の強力なツールとしても機能する。


同乗する大人「VLSA」による意味解釈

Slowパスの中核となるのが「VLSA(Vision-Language-Semantic-Action model)」である。例えば「車線が塞がれ、警察官が手信号で交通整理をしている」といった特異な状況下では、従来のロボタクシーは遠隔監視員(テレオペレーター)に指示を仰ぐ必要があった。しかし、車両1台に1人の監視員がつく構造では事業としてスケールしない。

VLSAは、こうした複雑な状況の画像を解釈し、「信号を無視し、警察官に譲れ」「右折せよ」といった意味論的(セマンティック)な指示をテキスト形式で出力する。VLMにとって、直接的な運転軌道を出すよりも、テキストでアクション・テーブルを埋める方がはるかに自然で確実だ。これは、若葉マークの運転手に対し、ハンドル操作には介入せずに口頭で助言を与える「同乗する大人」の役割に似ている。このVLSAの判断がプランニング(ACI)に入力されることで、将来的にテレオペレーターへの依存をゼロに近づけることが可能になる。

なお、これら非微分的な要素(センシング・ステートやテキスト出力)が含まれるシステムにおいても、LLMのツール使用技術を応用することで、最終的な運転コマンドへ向けてシステム全体を最適化する「End-to-Endの微調整」が実施されている。


第5章:マインドオフを支える次世代チップ「EyeQ7」

これら高度なAIモデルをエッジ(車載)で実行するためのハードウェアの進化も著しい。2027年第3四半期に量産準備が整う次世代チップ「EyeQ7」は、22のアクセラレータエンジンと12のCPUコアを搭載する。 EyeQアーキテクチャの強みは、その特化型設計による圧倒的な低レイテンシにある。例えば、CNN(ResNet-50)の処理においてNvidiaのOrinXが0.64msであるのに対しMobileyeは0.5ms、900万パラメータのVision TransformerにおいてはNvidiaの1.5msに対しMobileyeは0.5msと、数分の一の遅延で処理を実行できる。

大規模なVLMの実行に関しても、現行のEyeQ6 Highで38億パラメータのモデルを2.5Hzで動作させ、EyeQ7では156億パラメータの巨大モデルを車載単独で実行可能となる。ロボタクシー運用においては、これをエッジで処理しつつ、必要に応じてクラウド上の700億パラメータモデル(2Hz動作)や、Geminiライクな1兆パラメータ規模の超巨大モデルを呼び出すハイブリッド構成を取ることで、テレオペレーターを配置するよりも圧倒的に低コストで高度な推論を実現する。

こうした技術進化は、乗用車の自動運転レベルの進化にも直結する。現在のレベル2++(SuperVision)ではシステムコストを2028年までにさらに40%削減する方向へ進む一方、レベル3(Chauffeur)においては、VLSAの実装によりドライバーへの介入要求頻度を極限まで減らし、最終的には完全に意識を解放できる「マインドオフ(実質的なレベル4)」状態の実現が構想されている。コンシューマー向け車両はクラウド通信に常時依存できないため、EyeQ7や次々世代のEyeQ8を追加搭載することで、この強力なVLM処理を車載環境のみで完結させる計画である。 また、2029年頃を見据えた第2世代ロボタクシーにおいては、LiDARを前方の1基のみに削減し、カメラとイメージングレーダー主体の安価な構成へと移行することで、真のスケールと普及を目指す。


第6章:物理AIの具現化、Mentee Robotics買収と自己学習の未来


ヒューマノイドロボット領域における絶大なシナジー

講演の終盤、自動運転技術の先にあるビジョンとして、ヒューマノイドロボティクス企業「Mentee Robotics」の買収と、そこから広がる「物理AI」全般への事業拡大が発表された。

自動車が走行する道路が「構造化された環境」であるのに対し、ロボットが稼働する家庭や工場などは「非構造化された環境」であり、タスクもオープンエンド(無限)であるという違いはある。しかし、その根底にある技術レイヤーには、「Fast and Slowアーキテクチャ」「VLM/VLAの活用」「大規模シミュレーション」「Sim2Real(シミュレーションから現実への転移)」といった極めて強力な共通項が存在しており、両者の技術統合は絶大な相乗効果を生み出す。

Mentee社の第3世代ロボットは、身長175cm、重量72kgでありながら、物流倉庫などで求められる25kgの可搬重量を持ち、ホットスワップ可能なバッテリーで24時間稼働を実現している。ソフトウェアから電子回路、アクチュエータまで完全な垂直統合で設計されており、2基のNvidia OrinXチップを搭載する。特に秀逸なのが手の構造で、人間に似せた複雑な腱(テンドン)や指先の高価なセンサーを用いず、モーター直結の「剛体リンク(Rigid links)」を採用している。これにより、センサーレスでバックワードフィードバックを得つつ、製造コストを抑えながらドリルを操作できるほどの器用さを確保した。

このロボットは、テレオペレーション(遠隔操作)ではなく完全なフルスタックAIで自律動作する。デモ映像では、18分間にわたり自律的に荷運びを行う様子や、「別のコーラを持ってきて」という口頭の曖昧な指示を解釈し、自律的にキッチンへ移動して対象物を視覚認識し、持ち帰るというEnd-to-Endの高度な動作が示された。


自己学習を可能にする「Real2Sim2Real」

ロボットの事業展開は2段階で構想されている。

  • 第1ステージ(構造化環境向け):物流倉庫や工場向けに、特定のタスクをカスタマイズして大量導入するフェーズ。2026年に顧客(Aumovio等)とのPOCを開始し、2027年に初期製造、2028年に商業展開を開始する。

  • 第2ステージ(非構造化環境向け):2030年頃を見据えた家庭用などへの展開。環境や要求が個別に異なるため、ロボット自身がその場で未知のタスクを学習する能力が求められる。

この第2ステージを実現する革新技術が「Real2Sim2Real」である。人間(一般ユーザー)がロボットのカメラの前で手本となるタスク(例:バッテリー交換)を見せると、その映像がクラウドに送信され、瞬時にシミュレーション環境が構築される。クラウド上での強化学習ループ(現在は約3時間だが将来は数分に短縮)を経て、学習モデルが実機に転移(Sim2Real)され、ロボットは即座にそのタスクを実行できるようになる。この「人間がロボットを指導(メンタリング)する」という設計思想こそが、社名である「Mentee」の由来となっている。

物流倉庫における年率100%にも達する高い離職率や労働力不足、さらには高齢者介護など、社会が抱える深刻な課題の解決策として、10年後には数百万台のヒューマノイドロボットが稼働する市場が到来すると予想されている。 同社の自動運転開発で培われたAIやシミュレーションの知見と、Menteeのロボティクス技術の融合は、単なる多角化に留まらない。圧倒的スケールを持つコンシューマー向けADAS事業、商用化フェーズに入ったロボタクシー、そして「物理AI」という第三の強力な成長エンジン。これらが三位一体となった「Mobileye 3.0」の構想は、今後のモビリティとAI産業の地図を大きく塗り替える可能性を秘めている。

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