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NATO最高司令部参謀長が語る「欧州防衛の真実」:ロシアの完全な戦争経済移行と、産業界に求められる「戦時並みの増産」(Hannover Messe2026)

  • 執筆者の写真: Komiya Masahito
    Komiya Masahito
  • 4月22日
  • 読了時間: 10分

ウクライナ侵攻以降、世界の地政学的なパワーバランスは劇的な変化を遂げている。こうした中、世界最大の産業見本市のセンターステージにて、NATO(北大西洋条約機構)の欧州連合軍最高司令部(SHAPE)参謀長を務めるマルクス・ラウベンタール大将(General Markus Laubenthal)が登壇した。「安全保障、防衛、産業の変革、地政学と戦略的再編」と題された基調講演では、ロシアが完全に戦争経済へと移行している衝撃的な実態や、米国から欧州への安全保障の「責任の移行」、そしてサプライチェーンを担う産業界に対して「戦時体制に近い増産(Industry Boost Close to war Footing)」を求める痛切なメッセージが発信された。本稿では、同大将の講演およびQ&Aセッションの全容から、これからの防衛産業と社会全体に求められる「レジリエンス」の正体を詳細に紐解く。

Hannover Messe2026
Hannover Messe2026

セッション

Deterrence, Defense, Responsibility - NATO in Focus, Europe in the Lead

抑止、防衛、責任――NATOに焦点を当て、欧州が主導する


登壇者

・Markus Laubenthal Chief of Staff Militärstrategisches Hauptquartier der NATO (SHAPE)

セッション概要

ロシアはヨーロッパにとって最も差し迫った脅威である。同時に、安全保障環境はあらゆる方向で悪化しており、360度あらゆる方面から課題が突きつけられ、戦略的競争は激化し、迅速かつ断固とした適応が求められる状況となっている。このような複雑な状況において、NATOは重要な役割を担っている。ラウベンタール将軍は、NATOがいかにしてヨーロッパのために信頼できる抑止力と防衛力を確立しているのか、そしてそれが日々の実践において何を意味するのかを説明する。ヨーロッパの安全保障には、政治指導者、軍、産業界といったあらゆる主体による、より大きなヨーロッパの責任も必要となる。


内容に関するインフォグラフィック
内容に関するインフォグラフィック

1. なぜ今、産業界が「防衛」と「安全保障」を語るべきなのか

世界最大の産業見本市というビジネスの舞台において、丸一日を費やして「安全保障と防衛」が議論されることの意義は極めて大きい。ラウベンタール大将は講演の冒頭で、現代における安全保障は軍や政治家だけのものではなく、**「あらゆる人に関わる問題」**であると強調した。

ビジネスの観点から見れば、自社のサプライチェーンを地政学的なリスクから独立させ、強靭(ロバスト)に構築する産業界の取り組みは、安全保障の根幹を成す。安全な環境が担保されなければ、企業は生産活動を継続することができない。また、従業員が軍の予備役として勤務することを許可・支援する企業のトップや、日常的にロシアが流布する偽情報やプロパガンダに対して断固として立ち向かう一般市民一人ひとりの行動も、国家の防衛力を構成する重要な要素となる。

現在の不確実な情勢において、平和と自由を維持するための絶対条件は、敵対勢力に対する信頼に足る**「抑止力(Abschreckung)」と、いざという時に成功を収める「防衛力」**である。この抑止力は、以下の3つの柱によって支えられている。

  • 政治的な結束

  • 軍事的な強さ

  • 産業の競争力(生産能力)

しかし、大将は第1の核心的メッセージとして、これら3つの柱を支える真の土台は**「社会そのもの」であると断言した。いかなる困難な状況下でも組織の機能を維持し、外部からの圧力の下でも決して団結を崩さない「レジリエント(強靭)な社会」の存在こそが不可欠であり、「レジリエンスなくして信頼できる防衛は存在しない」**と警鐘を鳴らした。


2. データが示す脅威:ロシアの「完全な戦争経済」への移行

続く第2の核心的メッセージとして大将が提示したのは、欧州が直面しているかつてないほど深刻な脅威の現実である。情報(諜報)機関の分析によれば、ロシアは欧州およびドイツの平和に対する最も直接的な脅威であり、スパイ活動やサボタージュ(破壊工作)といったハイブリッドな脅威がかつてない規模で顕在化している。

最も警戒すべきは、ロシアがすでに国家の生産体制を完全に**「戦争経済(Kriegswirtschaft)」**へと移行させ、欧州との本格的な対立に向けた準備を進めている事実である。大将が提示した具体的なデータは、事態の深刻さを物語っている。

  • カミカゼドローン(自爆型ドローン)の脅威: 新たな生産ラインが稼働し、今年だけで生産量は3倍に急増。年間約8万機の製造が見込まれており、さらにこれらは西側諸国の部品に依存しない独自のサプライチェーンで生産されている。

  • 通常兵器の圧倒的な増産: 昨年1年間だけで、1500両以上の新型戦車、偵察および攻撃用の小型ドローン約300万機、そして数千発のイスカンデル弾道ミサイルが新たに軍に配備された。

さらにロシアは単独で動いているわけではない。中国、北朝鮮、イランといった専制主義体制の国家群と共同で、非常に強靭かつ効果的なネットワークを構築し、NATOの利益に対抗している。プーチン大統領は戦争を自身の政治目標を達成するための「連続体(Kontinuum)」と位置付けており、政権の生き残りを懸けて総力戦を挑んできているのが現在の地政学的現実である。


3. NATOが提示する「信頼に足る抑止力」の4要素

この圧倒的な脅威に対する唯一の回答は、「十分に準備された防衛」こそが「信頼に足る抑止力」になるという原則である。大将は、欧州の安全保障においてNATOが引き続き「最適な同盟(Bündnis der Wahl)」であり、敵を真に抑止できる完全なシステムを有しているとして、以下の4つの強みを挙げた。

  1. 実効的な防衛計画(Verteidigungspläne): 冷戦終結後初めて、どこで、どのように、何の兵器を使って防衛するかを具体的に定めた「真の防衛計画」が策定された。

  2. 常設の指揮構造: 戦略レベルから部隊レベルに至るまで、各国と緊密に連携する指揮構造が存在する。リトアニアに展開するドイツ軍のように、平時から現地地域を熟知し、日々の抑止行動と有事の計画実行を担保している。

  3. 最高司令官の迅速な行動の自由: 参加国からNATO欧州連合軍最高司令官(SACEUR)へ権限が委譲されており、政治的議論を待たずに先見的かつ迅速な対応が可能である。一例として、直近14日間の間にイランからトルコに向けて発射された4発の弾道ミサイルに対し、防空システムを用いて即座に迎撃・無力化することに成功している。

  4. 実戦配備可能な部隊(即応部隊): 計画を実行するための兵力と装備(マス=量)の確保である。ただし大将は、過去30年間にわたる冷戦後の「平和の配当」によって軍縮を進めてきた結果、この分野には依然として大幅な遅れがあり、早急な改善が必要であると率直に認めた。

NATOの抑止戦略の根底にあるのは、陸・海・空・サイバー・宇宙、そして即応性のあらゆる領域において、ロシアにいかなる優位性も与えないという原則である。敵に「自分たちの方が優位であり、攻撃を仕掛けても勝てるかもしれない」という**「誤算(Fehlkalkulation)」**を抱かせないことが極めて重要となる。プーチン大統領がウクライナ侵攻時に「西側は支援に介入しないだろう」と誤算したのと同じ轍を踏ませてはならないのだ。

具体的な実践として、北極海周辺での警戒、東部戦線での防空体制の強化(Eastern Sentry)、そしてバルト海におけるデータケーブルなど重要インフラへの攻撃を封じ込める作戦(Baltic Sentry)などが展開されており、NATOは「同盟領土の1センチメートルたりとも例外なく守り抜く」という強固な決意を示している。


4. 米国のシフトと欧州防衛産業への「3つの重圧」

第4の核心的メッセージとして語られたのは、欧州自身の「責任拡大」と、産業界への緊急の要請である。

大将は、**「欧州の安全保障は、欧州自身が『迅速に、共同で、強力に』行動できるかどうかに懸かっている」**と力説する。長年議論されてきたNATO内の「負担分担(Burden Sharing)」問題だが、現在、米国大統領の強い圧力を受けて劇的な転換点を迎えている。

昨年時点で、NATOの軍事能力の約44%を米国単独で提供していたが、今後5年間で、米国以外の31の同盟国が担う能力の割合を「56%から70%へと引き上げる」計画が進んでいる。これは明確に、米国が欧州から資源を引き揚げていることを意味する。欧州は今こそ「資金(Cash)、能力(Capabilities)、コミットメント(Commitments)」という伝統的なスローガンを具現化し、自立しなければならない。

この急速な体制移行の中で、最も大きな重圧を受けているのが防衛・軍需産業である。大将はNATOの視点からの「需要シグナル(Demandsignal)」として、現在産業界が直面している**「3つの重圧」**を明示した。

  1. 能力ギャップの充足: 現在の軍隊に存在している装備・能力の欠落を直ちに埋めること。

  2. 備蓄の再充填: 軍隊が持続的に戦闘を行えるよう、枯渇しつつある弾薬などの備蓄を再び満たすこと。

  3. 米国依存からの脱却: これまで米国が提供してきた軍事能力を、欧州独自の生産力で代替すること。

これらに加え、戦争終結後も見据えたウクライナへの継続的な支援が、欧州の生産能力にさらなる負荷をかける。

ここで最大の障壁となるのが**「時間」**である。ロシアが損耗した戦力を完全に回復させるまでの短い時間枠の中で、欧州は「戦争遂行能力(kriegstüchtig)」を身につけなければならない。これは戦争を起こすためではなく、強力な抑止力を維持して平和を守るためである。

産業界は、生産量、規模(マス)、技術力、スピードの全方位で敵を凌駕する必要がある。安価なドローンの大量攻撃に対抗するための「費用対効果の高い迎撃システムの大量生産」、攻撃用ドローンや迎撃ミサイルの製造スピード向上、そして人工知能(AI)などの革新的なテクノロジーを兵器システムや指揮統制へ統合するスピードが、今後の防衛産業の成否を分ける。NATO最高司令官が**「戦時体制に近い産業の押し上げ(Industry Boost Close to war Footing)」**が必要だと発言するほど、事態は切迫しているのである。


5. Q&Aセッションから見えた課題:迅速な意思決定と「官僚主義の打破」

講演後に行われたQ&Aセッションでは、産業界や社会が直面するより具体的な課題についての深い議論が交わされた。


社会のレジリエンスと市民へのオープンな情報開示

「社会全体のレジリエンスが不足しているのではないか」という問いに対し、大将はスウェーデンやフィンランドといった北欧諸国の事例(有事に備えたパンフレットの全戸配布など)を挙げ、学ぶべき点が多いと指摘した。ドイツでは歴史的背景から「総力戦」といった強い言葉に対する忌避感があるが、言葉尻に過剰反応するのではなく、「市民に対し最初からオープンに危険性を知らせる」というコンセプト自体を取り入れるべきだと主張した。特に、スマートフォンで世界の現実を知る若者世代から情報を隠すことは「無邪気(ナイーブ)な考え」であり、情報を正しく文脈化して教育することの重要性を説いた。


NATOの意思決定スピードと「承認プロセスの壁」

有事におけるNATOの意思決定(第5条の集団防衛発動など)の迅速性について問われると、大将は「100%機能すると確信している」と断言した。事実、資金や資源に関する決定は「32対0の全会一致」で極めて迅速に行われており、軍の勧告の95%がそのまま採用されているという。

むしろ最大のボトルネックは、政治的決断の遅れではなく**「実行(実装)フェーズにおける官僚主義」**であると大将は指摘する。産業界には生産をスケールアップする能力があるにもかかわらず、例えば爆発物や弾薬の新たな製造工場を建設する際の「許認可プロセス」がドイツを含む欧州全域で複雑すぎるため、計画が停滞している。安全基準を完全に無視するわけではないが、事態の緊急性に鑑みて「一時的な例外規定」を設け、建設と並行して認証プロセスを進めるなどの柔軟なアプローチが急務であると訴えた。


中国の脅威と欧州が担うべき「通常戦力」の自立

会場(見本市)に多くの中国企業が出展し、米国が中国を最大の競争相手と見なしている現状について、大将は「米国の懸念は完全に正当なものである」と支持した。中国は2040年までに米国と同等の軍事力を持つという目標を前倒しで達成する勢いであり、米国がアジア太平洋地域へリソースをシフトするのは必然である。

だからこそ、核抑止を除く「通常戦力(コンベンショナル)」においては、欧州が自立しなければならない。欧州は独自の衛星網を構築できる「宇宙大国」でもあり、潜在的な能力は十分に有している。EUとNATOという2つの枠組みから資金を引き出し、それを一つの強力な「欧州の防衛体制」へと統合(コンソリデーション)していくことが、これからの欧州に課せられた至上命題であると総括した。

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