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物理的AIの到来:「すべての産業企業はロボティクス企業になる」――シェフラーが描く人型ロボットエコシステムと製造業の未来(Hannover Messe2026報告)

  • 執筆者の写真: Komiya Masahito
    Komiya Masahito
  • 5月1日
  • 読了時間: 10分

「物理的AI(Physical AI)の時代が到来した。すべての産業企業はロボティクス企業になるだろう」――NvidiaのCEOであるジェンスン・フアン氏が語ったこの言葉は、製造業の未来を端的に表している。

自動車および産業機械の世界的サプライヤーであるシェフラー・テクノロジーズ(Schaeffler Technologies)は、この言葉に全面的に同意し、自社がロボティクス企業としての性質を強めていく未来を確信している。同社の人型ロボティクス部門プレジデントであるDave Ker氏は、AI技術の劇的な進化と、世界的な高齢化に伴う深刻な労働力不足という「テクノロジーと人口動態の双方向からの圧力」が、物理的AIの導入を後押ししていると指摘する。

本稿は2026年4月にドイツ・ハノーファーで開催された世界最大の製造業に関する展示会Hannover Messe2026の下記セッションの内容を紹介する。シェフラーがいかにして人型ロボット(ヒューマノイド)を中心とする物理的AIのエコシステムを構築し、未来の製造現場を再定義しようとしているのか、その「4つの役割」と「4つの戦略的柱」、そして最新のQ&Aセッションから見えてくる同社の詳細な戦略の全貌を紐解く。



Hannover Messe2026
Hannover Messe2026

セッション

From Components to Coworkers: How Schaeffler is Driving the Future of Humanoid Robotics

(部品から同僚へ:シェフラーがヒューマノイドロボットの未来をどう切り拓いているか)

登壇者

・David Kehr President of Humanoid Robotics Schaeffler Group

セッション概要

ヒューマノイドロボットは、製造、物流、サービスといった産業分野を変革する大きな可能性を秘めています。しかし、システムの複雑性、AI、そしてヒューマノイド用途向けに特別に設計された製品の安定したサプライチェーンの必要性など、課題は依然として残っています。これらの課題を克服するためには、業界は、強力なパートナーシップと拡張性の高い先進的なコンポーネントに支えられた、人間環境向けに構築された信頼性が高く、適応性と安全性に優れたロボットを提供する必要があります。シェフラーAGのヒューマノイドロボティクス担当プレジデントであるデイビッド・ケール氏は、シェフラーがテクノロジーイネーブラーとして果たす役割について洞察を共有し、革新的なテクノロジー、拡張性の高いモーションソリューション、そしてOEM、サプライヤー、大学との連携が、シェフラー社内だけでなく、それ以外の分野においても、産業におけるヒューマノイドロボットの未来をどのように牽引しているかを強調しています。


内容に関するインフォグラフィック
内容に関するインフォグラフィック

巨大エコシステムにおけるシェフラーの「4つの役割」

物理的AIは単なる単体技術ではなく、巨大なエコシステムである。この新しい領域において、シェフラーは単なる部品供給にとどまらず、以下の4つの異なる役割を担うことで市場を牽引していく方針だ。

  1. ユーザーとしての活用:世界に100の製造拠点を持ち、数千に及ぶ物理的AIのユースケース(適用候補)を自社内に抱える巨大なエンドユーザーである。

  2. コンポーネントおよびサブシステムのサプライヤー:人型ロボットの「動き」を支える高度なアクチュエータなどの主要部品を提供する。

  3. インテグレーターおよびスケーラー:専用部門が組立ラインやテストベンチを構築し、ロボットメーカーや導入企業の大規模なスケールアップを支援する。

  4. アフターマーケットの提供:将来的に物理的AIが社会インフラとして普及した際、同社が持つ深く広いグローバルな流通チャネルを活かした保守・運用システムを提供する。

物理的AI戦略の根幹をなす「4つの柱」

Kehr氏によれば、シェフラーがこのエコシステムに深く飛び込むための戦略は、4つの強固な柱によって構成されているという。


柱1:早期導入(Early Adoption)と徹底したデータ戦略

最初の柱は、現場への「早期導入」である。製造業では日々、効率性や柔軟性の向上が求められており、その解として自動化・物理的AIが位置付けられている。そして、この取り組みの命綱となるのが「データ」である。

シェフラーは、AIを自社のどこに導入すべきかを検討し、「物流(Logistics)」「部品供給(Feeding)」「機械の世話(Tending)」「組み立て(Assembly)」「検査(Inspection)」「パッケージング(Packaging)」という6つの主要ユースケースを特定した。これらを選定した理由は、世界100カ所にある同社の工場のほぼすべてにこれらの工程が存在するためであり、一つの工場で課題を解決できれば、グローバルで巨大なスケールメリットを生み出せるからだ。


データを収集するためのアプローチも多岐にわたる。遠隔操作(テレオペレーション)、合成データ、周辺機器データ、現在その作業を行っている人間からのデータ、そして「ヒューマノイドジム(訓練施設)」からのデータなどである。収集されたデータはNvidiaのツールチェーンを用いたシミュレーションに投入され、ロボットの基礎学習や基盤モデルの生成が行われる。 事前に仮想環境で徹底的なシミュレーションを行うことで、実機をパイロットや本番環境に導入する際の問題を回避し、「Sim-to-Real(シミュレーションから現実への移行)」を効率化している。さらに、このデータはロボットOEM向けの部品設計にもフィードバックされ、無駄なコストを生む「オーバースペック」や「アンダースペック」を防ぐことにも直結している。


すでにこの取り組みは現実の工場で稼働中だ。米国サウスカロライナ州の工場ではAgility Robotics社の「Digit」が1日8時間・週5日の本番稼働を行っている。また、ドイツのシュヴァインフルト工場では、英国製AI搭載ロボットによる「複数機械の世話(テンディング)」のパイロットテストが完了しており、固定型コボットを超越した次世代のポテンシャルを証明している。


柱2:システム全体の深い理解(Understanding the Big Picture)

第2の柱は、単なる部品の仕様にとどまらない、ロボットシステム全体の深い理解である。 シェフラーは顧客(OEM)からの仕様要求を受け取るだけでなく、自社の工場でそのロボットをどう使うかという「ユーザーとしての視点」を持っている。これにより、顧客要件、自社ユースケース、シミュレーションデータを融合させた最適なコンポーネント設計が可能となる。

現在、物理的AIにおいて最も困難な課題は「脳(AI)」ではなく、「ハードウェアの拡張性(スケーラビリティ)」である。コンポーネント(アクチュエータ等)には小型パッケージ、軽量性、効率性が求められるが、量産化(スケーリング)は「初日」から設計に組み込んでおく必要があり、後から追加することは極めて困難だ。そのため同社は、最短長やモーター巻線、低バックドライバビリティ、大量生産技術などを設計の初期段階から検討し、熱影響などの物理的なシミュレーションまでをも予測した上で開発を進めている。


柱3:モーション技術(Motion Technology)の卓越性

第3の柱は、シェフラーの真骨頂である「モーション技術」だ。80年にわたり、同社はあらゆる部品を「動きの生成、伝達、駆動、維持」など8種類のモーションに分類してきた。成形や巻線など12のコア製造技術と、グローバルサプライヤーとしての80年の経験は、「動きの集合体」であるヒューマノイド向けコンポーネントに完璧に合致する。

この圧倒的な技術力を示す象徴が、ハノーバーメッセで2026年エルメス賞(最高峰の革新技術賞)を受賞した同社の「遊星歯車アクチュエータ(Planetary Gear Actuator)」である。自動車、産業、製造技術など全部門の連携で生まれたこの製品は、複数トルクに対応するモジュール型プラットフォームであり、省スペースかつ軽量化を実現している。年内には統合型トルクセンサー搭載モデルも発表予定だ。

さらに重要なのが「スケーラビリティへの執拗な追求」である。

  • 波動歯車装置(Strain Wave Gearbox):自動車向けに2015年以降200万個以上を販売した実績を持ち、機械加工だけでなく「成形」技術を応用することで、ヒューマノイド向けの大量生産を可能にしている。

  • XZUベアリング:高剛性を誇る製品だが、従来は機械加工の負担が大きかった。内外輪の製造に「成形(Forming)」技術を導入することで加工プロセスを大幅に削減し、圧倒的なコスト効率を実現した。


柱4:協業(Collaboration)による圧倒的スピードの獲得

最後の柱は、勝者と敗者を分ける「コラボレーション」である。単独の企業がすべての答えを持つ時代は終わり、提携を通じた高速な学習サイクルが不可欠だ。

シェフラーは現在、7つのOEM(ロボットメーカー等)と戦略的パートナーシップを結び、開発と導入の双方で情報を共有している。また、NvidiaやNoble Machinesなどと協力し、業界初となる「アクチュエータの物理ベースのデジタルツイン」を構築。これによりシミュレーションと現実のギャップを極限まで縮小させている。さらに、シンガポールの南洋理工大学(NTU)に先進ロボティクスラボ「SHARE」を開設し、学術的なブレイクスルーを産業現場に実装している。


世界初、上海に開設される「ライトハウス工場」の衝撃

物理的AIの社会実装に向けた最大のハイライトの一つが、中国・上海(太倉市近郊)に開設される世界初の「ライトハウス工場(模範的・先進的工場)」である。この施設は、今年の第3四半期(Q3)に正式稼働を予定している(すでに3月下旬にソフトオープン済み)。

この工場が革新的なのは、「ヒューマノイドジム(訓練施設)」と「ヒューマノイド向けアクチュエータの生産ライン」が完全に統合されている点だ。様々なメーカーの人型ロボットがこのジムで自社の業務に関するスキルトレーニングを受け、すぐ隣のラインに移動して「自分たち自身の部品(アクチュエータ)を製造する」という、究極のフィードバックループが実現される。

なぜ中国・上海なのか。Kehr氏によれば、同地から1.5km以内の場所にシェフラーの最も先進的な製造工場が存在するという物理的メリットに加えて、「中国は文字通り『コラボレーション』を体現している国だから」だという。通常なら競合関係にある複数のOEMメーカーが、同じジムに集い、共に課題に取り組むことができる特異なエコシステムがそこには存在しているのである。


Q&Aから読み解くシェフラーの未来予測と経営への示唆

プレゼンテーション後のQ&Aセッションでは、同社の戦略と将来の展望についてさらに踏み込んだ質疑が交わされた。


1. 高度なAI知見を小規模工場へどう浸透させるか? 

AIエンジニアが少ない小規模工場への展開について、シェフラーは2つのアプローチをとっている。1つは専用の「先進生産技術グループ」が各地域でヒューマノイドジムを運営し、各工場を紐づけること。もう1つは、少数のヒューマノイド専門チームだけでなく、既存の数千人規模のエンジニアリング組織(ベアリング部門など)の知見を直接連携させる仕組みの構築である。


2. 完全な自律型ロボットの実現可能性 

「人間を完全に代替できる真の自律型ロボットが実現しない可能性はあるか?」という問いに対し、Kehr氏は「その確率は極めて低い」と断言した。もはや「可能かどうか(If)」ではなく、「いつ実現するか(When)」の問題であり、自社工場での自律稼働の実績からも、その未来に対して非常に強気(Bullish)な姿勢を見せている。


3. 米国・中国・欧州のAI開発スピードの比較 

各地域のエコシステム比較については、「現在AIを牽引しているのは間違いなく米国(VC主導)と中国(政府主導)である」と率直に評価した。開発の「スピード」自体は欧州も遜色ないものの、エコシステムの「規模」においては米中に比べて欧州はやや小規模であるとの認識を示した。


4. 欧州におけるコスト競争力と製造イノベーション

 中国の低コスト生産に対して欧州での部品生産が競争できるかという懸念に対し、Kehr氏は「競争できると確信している」と述べた。自動車産業等で長年中国ビジネスを展開してきた同社は、中国企業の生産効率の良さを熟知している。だからこそ、ロボティクス分野においても単なる「機械加工」に依存するのではなく、「成形」などの代替製造プロセスへと革新を起こすことで、コスト優位性を担保し戦っていく方針だ。


結論:物理的AIの波に乗り遅れるな

30年にわたり自動車業界を見てきたKehr氏にとっても、現在のOEM、テック企業、大学とのコラボレーションの深さとスピードは「信じられないレベル」だという。

最後にKehr氏は、物理的AIの導入を検討しているすべての企業に対して、極めてシンプルなアドバイスを送った。 「とにかく今すぐ始めること(Just get started)。そして、早期導入を受け入れること(Embrace early adoption)」である。

技術の進化と深刻な労働力不足は、もはや待ったなしの状況だ。システム全体を深く理解し、スケールアップを前提とした設計を初日から行い、強力なパートナーシップを築くこと。シェフラーの推進する「物理的AI戦略」は、来るべきロボティクス時代を生き抜く製造業にとって、最も実践的かつ強力な羅針盤となるだろう。

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