次世代のエンタープライズ通信網:「プライベート5G」の実践的導入アプローチと産業別ユースケース(Hannover messe2026報告)
- Komiya Masahito
- 4月25日
- 読了時間: 8分
企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する中、現場のオペレーションを支える通信インフラの重要性がかつてなく高まっている。本稿では、Wi-Fiの限界を突破し、より広域でセキュアな通信環境を提供する「プライベート5G(ローカル5G)」に焦点を当てる。本稿は2026年4月にドイツ・ハノーファーで開催された世界最大の製造業に関する展示会Hannover Messe2026の下記セッションの内容を紹介するものだ。実際の導入事例(港湾ターミナルや製材所など)を交えながら、その優位性や既存ネットワークとの統合アプローチ、そして具体的な導入・運用プロセスについて詳細に解説する。

Hannover Messe2026
セッション:
Efficient, Business Case–Oriented Private 5G Networks (効率的でビジネスケースを重視したプライベート5Gネットワーク)
登壇者:
・Latvijas Mobilais Telefons ltd Head of System Integration Business Karlis Vilcins
セッション概要:
プライベート5Gプロジェクトが停滞する原因は、技術的な問題ではなく、ビジネス価値が不明確であることにある場合が少なくありません。本プレゼンテーションでは、初日から測定可能な投資対効果(ROI)を重視する、効率的で適切な規模のプライベート5Gネットワークの設計と展開方法に焦点を当てます。産業分野における導入事例から得られた実践的な教訓を共有し、ユースケースの選定、コスト構造の最適化、スペクトル戦略、既存IT環境との統合について解説します。本セッションでは、システムインテグレーターと現地パートナーが、収益性の高いプライベート5Gサービスを構築し、プロジェクトリスクを軽減し、製造、物流、重要インフラにおける導入を加速させる方法を紹介します。

1. なぜ今、プライベート5Gなのか?Wi-Fiとの境界線と「ハイブリッドエコシステム」
企業ネットワークの構築において、長らく主役であったWi-Fiと、新たに台頭するプライベート5G(モバイルプライベートネットワーク:NPN)は、それぞれ異なる強みを持っている。オフィスなどの小規模な空間や、それほど高いセキュリティ要件が求められない環境においては、Wi-Fiで十分に対応可能である。
しかし、港湾や空港といった広大なエリアをカバーする必要がある場合、状況は大きく異なる。免許不要帯域(アンライセンスバンド)を使用するWi-Fiは出力電力に制限があるのに対し、免許帯域(ライセンスバンド)を使用するプライベート5Gは、はるかに高い出力で通信エリアを構築することが可能である。さらに、プライベート5Gの技術には高度なセキュリティ機能が標準で組み込まれているため、ミッションクリティカルな環境に最適である。
重要なのは、プライベート5Gが既存のネットワークから完全に独立した「孤立したバブル」ではないということだ。将来のエンタープライズ通信は「ハイブリッド」が主流になるとされており、プライベート5Gは、有線LANやWi-Fiといった既存のソリューションと統合され、企業全体の要件を満たす一つの包括的なエコシステムとして機能する。
ネットワークの設計自体は非常にシンプルである。耐障害性を完全に確保するため、顧客インフラ内の独立したハードウェア(サーバールームなど)にコアソフトウェアをインストールし、同じ場所にBBU(ベースバンドユニット)または仮想化された無線制御ユニットを配置する。そこからトランスポートネットワークを経由して、オフィス、倉庫、屋外エリアなど、さまざまな場所に設置された無線基地局(無線機)を接続する。これらはすべて1つのネットワークとして統合され、ファイアウォールを経由して外部のクラウドや他のローカルネットワークエンティティと安全に接続される。
2. 【導入事例1】サイバー脅威に備える重要インフラ:リガ港コンテナターミナル
プライベート5Gの強力なユースケースの一つが、バルト海に面するリガ港のコンテナターミナル(Baltic Container Terminal)の事例である。同地域は地政学的に複雑な隣国に近接しており、日々多くのサイバー攻撃の脅威に晒されている最前線にある。セキュリティ担当者は、物理的な攻撃だけでなく、サイバー空間における精神的な重圧を伴う戦いを日常的に強いられている。このような状況下では、商用ネットワークに障害が発生した場合でも、重要インフラの稼働を維持するための回復力(レジリエンス)を事前に設計しておくことが不可欠であった。
このターミナルでは、約50ヘクタールという広大な敷地をカバーするために、通信キャリアグレードの機器を採用した。特筆すべきは、以前は22台のWi-Fiアクセスポイントを必要としていた環境を、わずか2台の無線基地局と1つのコアシステムで置き換えた点である。
港湾業務において求められるのは、HD画質のビデオストリーミングのような大容量通信ではない。コンテナを運搬するリーチスタッカー(大型荷役車両)が、特定の場所だけでなく、敷地内のどこにいても途切れることなく継続的に通信できる「無停止の接続性」である。
また、音声通信の課題解決も重要なテーマであった。従来のアナログ無線機から、従業員が個人的にWhatsAppのようなコンシューマー向けチャットアプリに移行してしまうケース(シャドーIT)が見受けられ、これは企業のセキュリティ管理上、非常に危険な状態であった。そこで、プライベート5Gネットワーク上に「ローカルのオンプレミス版WhatsApp」とも言えるプッシュ・ツー・トーク(Push-to-Talk)機能を構築した。これにより、わずか20MHzという狭い周波数帯域でありながら約150Mbpsの通信速度を実現し、要件を完璧に満たすことに成功した。旧来のWi-Fi環境と比較すると通信速度は飛躍的に向上しており、広大な敷地のどこにいても接続が維持され、ERP(統合基幹業務システム)やターミナル制御システムをシームレスに利用できるようになっている。
3. 【導入事例2】中堅・中小製造業のDXを支える:製材所(Sawmill)の課題解決
もう一つの注目すべき事例は、Tier 2〜Tier 3クラスの製造業である製材所での導入である。丸太を搬入し、板状に加工して乾燥させるといった工程は、一見すると超高付加価値な産業ではないように思われるかもしれないが、これらの企業もERPを活用しており、高度な在庫管理や工程管理を必要としている。丸太をどこでピックアップし、次の製造プロセスへどう運んだかという詳細な情報をシステムに引き継ぐためには、屋外環境を含めた確実なネットワーク接続が欠かせない。
しかし、同社は以前、屋外環境におけるWi-Fiの拡張に大きな問題を抱えていた。これを解決するため、プライベート5Gを導入し、約1.2セクター(複数の方向をカバーするアンテナ構成)の無線機を設置するという非常にシンプルで直接的なアプローチを採用した。港湾の事例と同様に、多数のWi-Fiアクセスポイントを少数の5G基地局で効率的に置き換えている。
この事例から学べるのは、現場のニーズに即した現実的なカバレッジ(通信エリア)設計の重要性である。電波設計を行う際、敷地全体を最高品質の電波(いわゆるレッドエリア)で覆うことが理想的ではあるが、一部の場所では電波品質がわずかに低下することが予測される場合がある。その際、本当に最高品質の接続性が全域で必要なのか、それとも実用上問題ないレベルで妥協するのかは、プライベート5Gの導入コストを大きく左右するため、顧客の判断が重要となる。必要のない位置情報サービスなどを無理に押し付けるような「スライド(プレゼン資料)主導のプロジェクト」ではなく、企業の実際のオペレーションをサポートすることに主眼を置いた設計が求められている。
4. 成功に導く要件定義と導入アプローチ
プライベート5Gの導入を成功させるためのプロセスは、本質的に非常にシンプルである。最も重要な第一歩は、顧客の要件を正確に把握することである。
例えばコンテナターミナルの場合、「敷地全体の完全なカバレッジ」「セキュアな通信チャネル」「ネットワーク上に存在するデバイスの位置と種類の監視(デバイスモニタリング)」「ネットワーク・オペレーション・センター(NOC)の提供」といった明確な基本要件(SLA)が存在した。屋内通信が主体の企業や空港など、顧客ごとに要件は全く異なるため、これらの要件定義がプロジェクトを主導する基盤となる。
要件が固まった後、詳細な無線計画(電波シミュレーション)を行い、適切な機器パートナーを選定する。現在、高出力の通信キャリアグレードの機器を製造しているメーカーはまだ限られているが、今後のエコシステム拡大に伴い、選択肢は増えていくと予想されている。これらの技術的裏付けをもとに、商用導入に向けた具体的な提案が行われる。
5. グローバル展開モデルと24時間365日の運用保守体制
ラトビア国外(例えばドイツなどの市場)へ展開する際、技術提供者は単独で市場を開拓するのではなく、現地のパートナー企業と連携するモデルを重視している。製材所やコンテナターミナルなどのTier 2/Tier 3企業と既に取引のある現地パートナーの支援を通じて、プライベート5Gの導入を促進する戦略である。多くの企業はプライベート5Gの構築ノウハウを持たないため、技術提供者が「コンピテンスセンター(技術の中核拠点)」として機能し、現地のパートナーに効率的に知識と技術をもたらす役割を担う。
実際の導入フェーズでは、ユーザー端末(UE)から無線機、コアシステムに至るまで一式を提供し、事前の設定(プリコンフィギュレーション)とテストを行った上で設置し、設置後の通信品質の測定を実施する。
さらに、プライベート5Gの価値を決定づけるのが、導入後の監視・運用体制である。通信事業者レベルのネットワーク・オペレーション・センター(NOC)を24時間365日体制で稼働させ、異常発生時のトラブルシューティングや、リモートからの再設定・最適化を継続的にサポートする。同時に、ハードウェアの故障といった物理的なトラブルに対しては、企業内部のIT担当者や現地のパートナー企業が「現場の手(Hands on the side)」として部品交換などを行い、リモートとオンサイトの両輪でネットワークの可用性を担保するハイブリッドな保守体制を構築している。
総括
Wi-Fiの限界を補完し、企業全体のネットワークとシームレスに統合される「ハイブリッド」なプライベート5Gネットワークは、単なる通信インフラの刷新にとどまらず、現場の業務効率化と強靭なセキュリティを両立させる中核技術である。リガ港や製材所の事例が示す通り、顧客ごとの要件に寄り添った適切な設計と、パートナーエコシステムを活用した継続的な運用保守体制の確立こそが、次世代インフラをビジネスの確実な力へと変えるための鍵となるだろう。
















