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自動化から自律へ:エージェンティックAIが変える製造業の未来(Hannover Messe2026報告)

  • 執筆者の写真: Komiya Masahito
    Komiya Masahito
  • 4月27日
  • 読了時間: 13分

更新日:5月1日

製造業をはじめとするあらゆる企業において、ビジネスの複雑化が加速度的に進んでいる。グローバルなサプライチェーンの変動、顧客ニーズの多様化、そして慢性的な人手不足という厳しい市場環境の中で競争力を維持し、利益を確保するためには、産業オペレーションの根本的な見直しが不可避となっている。過去30年にわたり、企業はERPの導入からロボティクスによる自動化まで、テクノロジーを駆使して労働生産性を向上させてきた。そして現在、次なる飛躍の鍵として「AI」の活用が本格化している。しかし、多くの企業は複雑化・サイロ化した既存のITシステム群に阻まれ、AIの真のポテンシャルを引き出せずにいるのが実情だ。本稿では、単なるルールベースの「自動化(Automation)」から、システム自らがワークフローを構築し意思決定を行う「真の自律(Autonomy)」へと飛躍するための「エージェンティックAI(Agentic AI)」の全体像と、全社レベルでの最適化を実現する次世代のプラットフォーム・アーキテクチャについて、詳細かつ網羅的に解説する。


Hannover Messe2026
Hannover Messe2026

セッション

From Automation to Autonomy: How Agentic AI Is Redefining Industrial Operations

自動化から自律性へ:エージェント型AIが産業オペレーションをどのように再定義するか


登壇者

・Jürgen Schön Head of Manufacturing GTM, EMEA ServiceNow

セッション概要

複雑化が進み、必要なスキルを持つ人材は不足している。ルールベースの自動化だけではもはや不十分だ。Agentic AIが製造現場全体でどのように意思決定を行い、ワークフローを統括しているのか、そして自動化から自律化へと飛躍するために必要なことは何かを探ってみよう。


内容に関するインフォグラフィック
内容に関するインフォグラフィック

1. 産業オペレーションの変遷:過去30年の生産性向上と次なる「AIの波」

議論の前提として、「産業オペレーション(Industrial Operations)」という概念の広範なスコープを定義する必要がある。産業オペレーションとは、ロジスティクス(物流)、生産プロセス、品質管理などを含み、実質的に企業活動の全体像そのものを指す領域である。この広大なオペレーションを最適化する究極の目的は、厳しい市場環境において競争力を維持し、利益を創出し、コストを削減することにある。さらに、ビジネスを取り巻く様々なリスクに対して強靭な「レジリエンスの筋肉」を構築し、深刻なトラブルによって新聞のネガティブな一面記事を飾るような事態を未然に防ぐための重要な土台でもある。

こうした目的の達成に向けて、企業は過去30年以上にわたり、従業員一人当たりの労働生産性を劇的に向上させてきた歴史を持つ。 第一の波は1990年代に到来した。リーンマネジメントの概念の普及と、ERP(統合基幹業務システム)ソフトウェアの導入により、企業の生産性はそれ以前とは全く異なる高いレベルへと引き上げられた。続く第二の波では、工場などの現場への自動化技術やロボティクスの導入が進み、物理的な作業効率が飛躍的に向上した。そして近年では、「インダストリー4.0」や「スマートマニュファクチャリング」といったトレンドの下、機械同士をネットワークで繋ぐコネクティビティ技術が、さらに付加的な生産性向上をもたらしている。

この右肩上がりの生産性向上の歴史を踏まえた上で、今後数年間の労働生産性カーブを押し上げる「次なる波」は、間違いなく「AI」である。これまでの数十年にわたるデジタル化の取り組みによって、企業はすでにAIを学習・駆動させるための適切なデータセットを内部に蓄積している。そのため、データ基盤を活用したAIへの投資は非常に堅牢であり、確実なリターンをもたらすものと期待されている。


2. AI活用の現在地と立ちはだかる「サイロ化されたITシステム」の壁

AIが次の生産性向上の鍵であることは疑いようのない事実だが、製造業をはじめとする企業の現場におけるAIの活用状況には、依然として深刻な課題が横たわっている。 最新の調査によれば、企業全体の64%が、少なくとも1つのビジネス機能において「エージェンティックAI」を活用している。しかし、問題の核心はまさに「特定の単一機能でのみ使用している」という部分的な導入に留まっている点にある。AIを真の意味で自律的なシステム(アシスタント)として活用し、システム自らが完全にビジネス上の問題を解決できている企業はわずか8%に過ぎない。さらに、AIのワークフローを単一の部門にとどめず、企業全体のバリューチェーン(エンドツーエンド)にまたがって横断的に展開できている企業は15%にとどまっており、理想的な状態には程遠いのが現状である。

この根本的な原因は、AI技術そのものの未成熟さにあるのではなく、企業が過去数年間に膨大なコストと労力をかけて構築してきた「ITシステム環境の乱立と肥大化」にある。 平均的な大企業においては、エンジニアリング、販売、サービス、生産など、様々な業務プロセスを実行するために、全体で平均367もの異なるITシステムが稼働している。従業員一人当たりに換算しても、日々の業務で平均10〜11個ものアプリケーションを使用している状態である。 複数のシステムを使用すること自体が直ちに問題となるわけではない。真の問題は、それぞれのシステムが全く異なるユーザーインターフェース(UI)を持ち、操作感(振る舞い)が異なり、背後にあるデータセットが完全に分断されていることである。

この結果、業務プロセスは完全にサイロ化され、エンドツーエンドでのプロセス設計が不可能になり、チームもシステムごとに孤立してしまう。従業員がたった1つのビジネス上の課題を解決しようとするだけで、情報を探し回るために5時間近くの時間を浪費するケースも珍しくない。さらに、問題を解決するためには、権限を付与してもらったり正しい情報を得たりするために、電話やメールを用いて社内の多くの人々を巻き込まざるを得ないという、極めて非効率な状況に陥っている。 このような無秩序でサイロ化されたIT環境を背景としている限り、最新のAIを導入したとしても「ベスト・イン・クラス(最高水準)」での活用は現状では不可能である。


3. 複雑なシステム群を束ねる統合アプローチ:「Sense・Decide・Act」のサイクル

この「システムの乱立とプロセスの分断」という複雑な課題を解決し、AIの力を全社レベルで解放するためには、既存のITアーキテクチャに対する全く新しいアプローチが必要となる。それが、300を超える多様な既存システム群の上に、新たな「統合レイヤー(AIタワー)」を被せるという考え方である。

このアプローチの最大の利点は、既存のシステム(ERP、CRM、生産管理システムなど)を即座に破棄したり置き換えたりする必要がない点にある。既存のシステムに蓄積された貴重なデータを最大限に活用し、企業独自のAIモデルとオープンなAIモデルを組み合わせることで、エンドツーエンドのワークフロー環境を実現する。このプラットフォームレイヤーは、ビジネスの再情報化、再発明、そして変革のための基盤となる。

この新たなプラットフォームへのデータ接続においては、「ゼロコピーアライメント」という原則が重要となる。元のシステムからプラットフォームへとデータを物理的にコピー・移動させるような無駄なことはせず、特別な理由がない限りはデータへの「アクセス」のみを行う。すでに広く普及しているソフトウェアプロバイダーとの間には1000種類を超える統合インターフェースが存在しており、これらを用いて多種多様なツール群とシームレスに連携することが可能である。

この統合プラットフォームの核心部分は、「感知(Sense)」「決定(Decide)」「行動(Act)」という3つのステップが自律的にサイクルを回す点にある。

  • 感知(Sense): 360以上存在する既存システム内に散在するあらゆるデータにアクセスしてインタラクトするだけでなく、単なる文字列や数字の羅列に対して、ビジネスコンテキストや業務フローの文脈に応じた「意味(センス)」を付与する。

  • 決定(Decide): IBMやOpenAIなど、市場に存在するあらゆるオープンな外部AIモデルを柔軟に組み込み、最適なものを採用する。AIが制御の多くを引き受けることで、ユーザー自身がすべてのプロセスに関する詳細な専門知識を持っていなくても、システムが状況に応じた最適な選択肢や決定事項を自動的に導き出してくれる。

  • 行動(Act): 導き出された決定内容に基づき、実際の自動化処理やワークフローをシステム上で即座に実行する。

この「Sense・Decide・Act」のサイクルの組み合わせこそが、複雑なITシステム群の上に位置する統合レイヤーの強力さの源泉であり、いかなる業界・チャネルにおいても、これまでよりはるかに効率的かつ生産的に事業を運営するための基盤となる。


4. 真の「自律(Autonomy)」の定義とAIエージェント・オーケストレーション

ここで、「自動化から自律(Autonomy)へ」という概念の真意について深く掘り下げる必要がある。 「自律」という言葉を聞くと、人間が全くコントロールできないところでAIシステムが勝手に動き回り、ブラックボックス化してしまう状態を連想しがちだが、ビジネスにおける真の自律とはそのようなものではない。真の自律とは、AIが自ら導き出した解決策や結果に対して、人間が「その結果に同意するか」「そのまま次の処理を進めるか」を判断するような、AIテクノロジーと人間との間のインタラクション(相互作用)が前提として組み込まれている状態を指す。

このような、「自律的であり、知性を持ち、高速で動き、人間の意思決定を適切にガイドし、アジャイルなビジネス課題を自ら解決できるシステム」こそが「AIエージェント」である。AIエージェントは環境と対話し、タスクを完了させ、ユーザーにフィードバックを提供して前進を促す。

しかし、企業内で単一のAIエージェントが動くだけでは複雑な業務は完結しない。そのため、このシステムは以下のような階層的な「オーケストレーションのコンサート」として設計されている。

  1. データ基盤レイヤー: 外部システムや自社内の既存ITシステムに存在する、あらゆる情報にアクセスするための土台。

  2. AIエージェント層: その上に、特定のビジネス課題やトピックに特化して処理を行う個別の「AIエージェント」が複数配置される。特定のコンテキストで働くエージェントに対し、「John」や「Marcus」といった人間のような名前を付けて運用している企業の事例も存在するほど、エージェントは専門的な役割を担う。

  3. AIオーケストレーター層: 多数の独立したエージェントが各自の判断でバラバラに動くとシステムは極めて複雑になり、混乱を招く。そのため、これらのエージェント群を統括・指揮し、全体として正しい回答や結果を導き出す役割を担う「AIオーケストレーター」が存在する。

このオーケストレーション全体は、実際の業務ワークフローに深く埋め込まれる。例えば、ある業務プロセスで承認ワークフローを開始した際、その途中で何らかの問題が発生したとする。すると、自動的にAIオーケストレーターが複数のエージェントを動員してその問題の解決策を模索し、ユーザーに対して「次に何をすべきか」という的確なアドバイスを提示する。

5. バリューチェーン全体への適用と未来の従業員体験「フロントドア」

この高度なAIオーケストレーションは、一部の部門に留まらず、製造業における典型的なバリューチェーン全体にわたってエンドツーエンドで組み込むことが可能である。IT部門、人事(HR)、財務、調達、法務といったバックオフィス機能はもちろんのこと、直接購買、サプライチェーン、生産現場、そして販売やカスタマーサービスに至るまで、あらゆる領域のビジネス課題を横断的に解決できる。

具体的なCRM(顧客関係管理)の場面を想定してみる。現場のユーザーが業務上の問題を発見した際、スマートフォンに向かって音声で問題を伝えるだけで、バックグラウンドでは直ちにオーケストレーターと様々な専門のAIエージェントによる「コンサート」が開始される。そして、問題解決に必要な具体的なガイダンスやフィードバックがアプリケーションを通じて直接ユーザーに提示される。これにより、これまでは社内の様々な人間に電話をかけたりメールを送ったりして情報収集に奔走していた煩わしい作業が完全に不要となり、すべてが自律的(Autonomous)に進行する。AIは一部の専門家やデータサイエンティストだけのものではなく、全従業員のために働く存在となる。

さらに、ビジネスにおける圧倒的なスピードと俊敏性(アジリティ)を獲得するための次なるステップとして、すべてのプラットフォームレイヤーのさらに上に位置する「全従業員のためのフロントドア(入り口)」という革新的な概念が登場している。 従来のシステム環境では、従業員は自分の抱える問題を解決するために、「どのアプリケーションを開き、どの画面のどのボタンを押すべきか」をまず特定しなければならなかった。しかし、フロントドアのアプローチでは、ユーザーはシステムに対して日常言語(自然言語)で古典的な質問をするだけで済む。

例えば、従業員が「ノイズキャンセリングヘッドホンと、Zoom Proのアカウントと、本社のオフィスマップが必要です。手伝ってくれますか?」とシステムに入力したとする。これは、Googleの検索窓に「近くのコーヒーショップはどこ?」と打ち込むのと全く同じ感覚である。 この質問が投げかけられると、裏側でAIオーケストレーターとエージェント群が瞬時に連携し、ヘッドホンの申請用リンク、Zoomアカウントのプロビジョニング手順、オフィスの設計図やマップ、記入して送信すべきテンプレートなどを即座に抽出し、ユーザーに提供する。そして、ユーザーがそれらを承認すると、裏側で必要な次のワークフローが自動的に開始される。従業員がITシステムや社内プロセスのエキスパートである必要はなく、ただ質問するだけで最適な解決策が実行されるこの仕組みは、企業環境においてこれまでにない劇的で信じられないほど強力な変革をもたらす。

導入にあたっては、複雑な全社システムを一度にすべて置き換える必要はない。企業の中で「ビジネス上のニーズや緊急性が最も高い領域(プライオリティの高い分野)」から着手することが強く推奨される。例えば、販売やサービス部門のプロセス改善が急務であれば、まずはその領域の関連データのみをプラットフォームに接続して適用する。あるいは、生産環境における俊敏性や柔軟性の向上が最優先であれば、生産システム全体を対象領域として着手する。ビジネスの要求に合わせた「ステップ・バイ・ステップのアプローチ」をとることが、変革を成功に導く最も現実的かつ確実な道筋である。

6. 既存システム群の未来:SaaSの再編と次世代ITアーキテクチャの完成形

こうした「全てのシステムの上に位置する統合プラットフォームレイヤー」を通じたアプローチが進むと、企業ITの根幹に関わる一つの重要な問いが浮上する。それは、「統合レイヤーを通じてすべての作業が完結し、エンドツーエンドの業務が実行可能になるのであれば、背後で稼働している既存の個別システム(SaaSやCRM、ERPなど)を個別に維持する意味がなくなるのではないか」という点である。

この統合アプローチの第一の目的は、既存の基幹システムを直ちに置き換える(リプレイスする)ことではない。あくまで最大の目的は、無数に存在するシステムからデータを引き出し、企業全体で包括的(ホリスティック)かつ効率的にデータを再利用して業務を高度化することにある。

しかしながら、この変革プロジェクトが進行し、AIによる「フロントドア」レイヤーの利便性が完全に定着した未来においては、状況は大きく変化する。従業員が問題を解決する際、フロントドアへの自然言語入力だけで全てが完結するようになれば、裏側にある個別のソフトウェアのUIに直接アクセスする必要性は完全に消滅する。 そのような状態に至れば、企業はIT投資の最適化とコスト削減の観点から、不要となった既存ソフトウェアのライセンス契約や利用を停止し、プラットフォーム自体に置き換える(De-use / Reuse)という選択をすることが極めて現実的なオプションとなる。

単なる局所的な「自動化」から、全体最適を見据えた「自律的」なエージェンティックAIの活用へ。システムに振り回されるのではなく、AIを全従業員の有能なアシスタントとして活用する未来に向け、産業オペレーションの次なる進化はすでに始まっている。この巨大な波をいかに自社のビジネスプロセスに組み込み、サイロ化されたIT環境を解き放つことができるかが、これからの製造業における存亡を分ける重要な試金石となるだろう。

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