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【詳細解説】Manufacturing Xが切り拓く製造業データエコシステムの最前線〜Catena-Xの実用化と各業界・国際連携の全貌〜(Hannover Messe2026報告)

  • 執筆者の写真: Komiya Masahito
    Komiya Masahito
  • 4月27日
  • 読了時間: 8分

製造業を取り巻く環境は今、かつてないほどの複雑性と変化の波に直面している。グローバルに張り巡らされたサプライチェーン、日々厳格化される各国の法規制、そして脱炭素化に向けたサステナビリティ要件への対応――。これらの課題を解決する鍵として、欧州を中心に急速に推進されているのが、安全でオープンなデータ共有基盤「データエコシステム」の構築である。本稿は2026年4月にドイツ・ハノーファーで開催された世界最大の製造業に関する展示会Hannover Messe2026の下記セッションの内容を紹介する。ドイツ政府の支援を受けて発足した「Manufacturing X」プロジェクトの最新動向を軸に、自動車、航空宇宙、機械製造、半導体といった各業界トップランナーの生の声から、グローバル連携と価値共創の全貌を紐解く。


Hannover Messe2026
Hannover Messe2026

セッション

Collaboration of national & international data ecosystems based on Manufacturing-X

Manufacturing-Xに基づく国内外のデータエコシステムの連携


登壇者

・Roland Rosen Lead Project Manager Siemens

・Dr. Harald Gossner Intel Deutschland GmbH

・Dr. Dominik Rohrmus CTO Labs Network Industrie 4.0 e.V.

・Ingo Sawilla TRUMPF Werkzeugmaschinen SE + Co. KG

・Felix Beckmann Airbus

・Hanno Focken Managing Director Catena-X Automotive Network e.V.

セッション概要

国際製造業協議会(IMXC)とManufacturing-X(MX)は、国境や産業を越えた主権的なデータ経済と産業データエコシステムの構築を目指す大規模なコミュニティを形成しています。複数のXプロジェクトが、技術基盤、標準規格、アプリケーションの開発に取り組んでいます。パネルディスカッションでは、様々なレベルにおける国内外の協力の実践的な方法を紹介します。国境を越えた組織間の協力は、コラボレーションと知識共有の基盤となります。産業全体で使用されているグローバル標準は、デジタルソリューションの基盤を形成します。専門家や熱心な参加者が知識をイニシアチブに持ち込み、実現したメリットを共有します。異なる産業の4つのXプロジェクトが、IMXCおよびMXガイダンスボードの代表者とともに、関連する経験について議論します。


内容に関するインフォグラフィック
内容に関するインフォグラフィック

限界を迎える既存のデータ共有:脱「Excelとメール」が急務に

製造業のサプライチェーンは長年、PDFやExcel、そして電子メールベースの情報共有に依存してきた。しかし、この従来型のアプローチは現在、スケーラビリティの観点から明確な限界を迎えている。

欧州の大手航空機メーカーであるAirbus(エアバス)のFelix Beckmann氏は、現代の航空機(例えばA350)を「単なる金属の塊ではなく、25万個の個別センサーが常に機体全体を監視する『空飛ぶコンピュータ』である」と表現する。同社には毎日約200万個の個別部品が納品されており、Tier 1から原材料サプライヤーに至るまで、そのサプライチェーンは巨大かつグローバルである。このような膨大なデータと複雑性を、従来の手作業や単純なファイル共有で処理することはもはや不可能に近い。

また、セキュリティの観点からもメールによるデータ交換は脆弱性を孕んでいる。機械メーカーTrumpf(トルンプ)のIngo Zavilla氏は、メールによるフィッシング詐欺のリスクを挙げ、組織的なセキュリティ意識の向上だけでは不十分であり、送信元やデータそのものを根本から信頼できる技術的な基盤が必要であると指摘する。手作業によるデータ共有はコストが高騰する原因にもなっており、「Excelとメールの時代は完全に終わった」という認識は、ドイツや欧州に限らずグローバル共通の課題となっている。


各産業が直面する固有の課題とデータ連携の必要性

サプライチェーンにおけるデータ共有の必要性は全産業に共通しているが、業界ごとに直面している固有の課題(ペインポイント)も存在する。

【機械製造業の課題:グローバルな法規制へのコンプライアンス】 機械製造業界では、自社製品をグローバルに展開する際、各国で異なる法規制への対応が重い負担となっている。TrumpfのZavilla氏は、欧州における「データ法(Data Act)」や「AI法(AI Act)」をはじめ、米国やアジア圏など地域ごとに異なる規制の枠組みへの対応が不可欠だと語る。この課題を克服するためには、国際コミュニティとの連携によるルールの標準化や、データガバナンス(データの品質や分類の管理など)に関するベストプラクティスの共有が必要とされている。

【半導体業界の課題:地政学リスクと専門サプライヤーへの依存】 一方、半導体業界は製品の流動性と地政学的なリスクに極めて敏感だ。IntelのHarald氏は、半導体の製造過程において「1つの部品が世界中を何度も移動する」という特有の事情を明かす。そのため、関税の変更や輸出管理規制の変更による影響を直接的に受けやすく、コンプライアンス状況が不明なために「数十億ドル規模の製品が出荷できずに棚ざらしになる」という深刻なリスクを抱えている。 さらに半導体業界は、世界で唯一の技術を持つような高度に専門化された設備サプライヤーに依存しており、データ交換の中断に即座に気づき、対応できる強靭なネットワークが求められている。同氏はまた、欧州内に最先端のフロントエンド技術やバックエンドの製造能力が不足しており、アジアや米国に大きく依存している現状に強い危機感を示している。


実稼働期に入った「Catena-X」と、業界横断の技術基盤「Factory-X」

こうした業界の課題を解決する手段として、製造業のデータエコシステム構築を牽引しているのが「Catena-X(カテナエックス)」と、その後継・拡張プロジェクトである「Factory-X(ファクトリーエックス)」である。

ビジネスの現場へ実装された「Catena-X」 自動車産業のデータ連携エコシステムとしてスタートしたCatena-Xは、2024年に研究・実証プロジェクトの段階を終え、本格的なオペレーションのフェーズへと移行した。Catena-XのマネージングディレクターであるHano Fton氏によれば、現在欧州ではフォルクスワーゲングループ、BMW、メルセデス、フォードの4社が、サプライヤーに対する「調達要件(義務)」としてシステム利用を展開している。もはや「楽しい技術プロジェクト」ではなく、ビジネスプロセスの中核に組み込まれているのだ。また、自動車産業の枠を超えて、化学、電子部品、機械製造など多様な産業とのつながりが不可避であるため、オープンソース・コミュニティ「Tractus-X」を通じたエコシステムの拡大を図っている。


全産業の共通技術基盤を目指す「Factory-X」 

Catena-Xの成功(青写真)を他産業へ展開する第2の灯台プロジェクトが「Factory-X」である。Siemens(シーメンス)で同プロジェクトを率いるRoland Rosen氏は、産業の壁を越えたデータ交換の技術基盤(テクノロジーファンダメント)を構築することがその使命だと語る。 同プロジェクトでは、「MX-Port」と呼ばれるアーキテクチャコンセプトを構築し、以下の3つの具体的な構成(オープンソースソフトウェア)を準備している。

  • Heracles(ヘラクレス):データスペースプロトコル(DSP/DCP)とEclipse Dataspace Components (EDC) を実装し、主にサプライチェーン上のデータ連携を実現する。

  • Leo(レオ):インダストリー4.0の根幹技術である「Asset Administration Shell (AAS / 資産管理シェル)」の技術とサービスを実装。

  • Orion(オリオン):製造現場(ショップフロア)の通信規格であるOPC UAの技術をサポートし、プロトコルを統合する。

Factory-Xでは、製品のサプライチェーン管理、エンジニアリング、自律的運用など、具体的なビジネス価値を創出する11のユースケースの実証が進められており、技術だけでなく「実践的な価値の提供」に焦点が当てられている。Airbusもまた、Catena-Xのルールブックを応用し、航空宇宙に特化した「ライフサイクルアセスメント(LCA)ルールブック」を策定し、持続可能性(サステナビリティ)の分野で標準化の恩恵を受けている。


グローバル連携と標準化:IMX協議会と日本の役割

これらのデータエコシステム構築は、もはや一国や一地域の枠に収まるものではない。サプライチェーンの強靭化(レジリエンス)、競争力の向上、サステナビリティの実現は、グローバルな連携なしには達成不可能である。

Industry 4.0の国際化を担うDominic Ramis氏は、「International Manufacturing X Council(IMX協議会)」を通じて、インド、米国、カナダ、ポーランド、フランス、韓国、そして日本を含む15カ国と連携を図っていると説明する。特に日本は「最も緊密な同盟国として、10年以上にわたり信頼性と主権性のあるデータ共有課題に共同で取り組んできた」と高く評価されている。 各国はそれぞれの思惑と産業基盤を持ちつつも、「企業や組織が自らのデータの主権(コントロール)を保ちながら、信頼できる相手とセキュアにデータを共有する」という共通の目標に向かって足並みを揃えようとしている。


結び:産業用AIの未来と次なるアクション

データを構造化し、標準化されたセマンティック(意味論的)な手法で連携させるデータエコシステムは、来るべき「産業用AI(Industrial AI)」時代に向けた強固な基盤となる。IMX評議会では、コスト削減や生産性・品質の向上を目指し、産業用AIの活用ロードマップの策定に本格的に着手している。

IntelのHarald氏が「データエコシステムへの数百万ユーロの投資は、最終的に数千倍(数十億規模)になって還元される」と力説するように、データ連携基盤への参画は企業にとって極めて重要でROIの高い投資と言える。既存のレガシーなインフラや「手作業の文化」からの脱却(マインドシフト)は決して容易ではないが、もはや様子見のフェーズは終わった。「製造業X(Manufacturing X)」の枠組みを単なる欧州のプロジェクトとして対岸の火事と捉えるのではなく、自社のサプライチェーンや製品開発にいかに統合していくか。グローバル市場で戦うあらゆる製造業企業に、今まさに積極的な行動と決断が求められている。

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