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産業用AIの実装をどう加速させるか?シーメンスとアクセンチュアのトップが語る「製造業DXの現在地と未来」(Hannover Messe2026報告)

  • 執筆者の写真: Komiya Masahito
    Komiya Masahito
  • 4月27日
  • 読了時間: 7分

更新日:4月30日

製造業におけるAI活用は、実証実験の段階を越え、本格的な実装とスケールのフェーズへと突入している。しかし、レガシー設備のデジタル化、AI規制のあり方、そして中小企業(SME)への展開など、乗り越えるべきハードルは依然として高い。本稿は2026年4月にドイツ・ハノーファーで開催された世界最大の製造業に関する展示会Hannover Messe2026の下記セッションの内容を紹介する。ハノーバー・メッセにおけるシーメンスのローランド・ブッシュ氏およびアクセンチュアのジュリー・スウィート氏らの対談セッションをもとに、産業用AIをスケールさせるための必須条件、B2C向けAIとの決定的な違い、そして製造現場を革新する「自律型エンジニアリングエージェント」の最新動向について詳細に解説する。

Hannover Messe2026
Hannover Messe2026

セッション

What it takes to scale AI: A CEO conversation

AIを大規模に展開するために必要なこと:CEOとの対話


登壇者

・Dr. Roland Busch CEO Siemens AG

・Julie Sweet Chair and CEO Accenture

セッション概要

企業はどのようにしてAIへの野心を超え、真に測定可能な成果へと移行できるのか、そして拡張可能な成長は一体どこから生まれるのか?ハノーバーメッセ・センターステージで行われるこの炉辺談話では、アクセンチュアの会長兼CEOであるジュリー・スウィート氏と、シーメンスの社長兼CEOであるローランド・ブッシュ氏が、複雑な産業組織全体にAIを拡張するために必要なことについて議論します。この対談では、パイロットプロジェクトを生産性向上につなげること、既存の業務にAIを統合すること、そして責任を持って迅速にAIを活用した新しい製品やサービスを生み出すことに焦点を当てます。モデレーターを務めるカーステン・クノップ氏(FAZ)は、具体的な産業事例を交えながら、AIが単なる戦略ではなく、いかにして運用上の現実となるのかを示します。


内容に関するインフォグラフィック
内容に関するインフォグラフィック

なぜ今、産業用AIに「楽観主義」と「ビジネスケース」が必要なのか

製造業における変革の必要性が叫ばれる中、リーダーシップ、規制、政治環境など、企業を取り巻く課題は山積している。しかし、シーメンスやアクセンチュアのトップは、現在の産業界の未来に対して強い「楽観主義」を提示している。その理由は単純であり、欧州やドイツの産業界にとって、これらの変革を実行する以外に前に進む道はないからだ。

アクセンチュアのジュリー・スウィート氏は、これまで長年にわたりドイツ企業を見てきた中で、現在CEOたちの間に「変化の必要性」に対する確固たる信念が芽生え、現場レベルでの行動変容が起きていると指摘する。ネガティブな要素で人を鼓舞することはできず、ポジティブなビジョンと楽観主義こそが人を動かす原動力となるからだ。

産業用AIを単なるバズワードから現実のビジネス価値へと昇華させるためには、明確な方程式が存在する。それは「ケイパビリティ(能力)」「リーダーシップ」「ビジネスケース(投資対効果)」の3つを掛け合わせ、そこに確固たる「信頼(トラスト)」を構築することである。

具体的な成功事例として、総合化学メーカーのBASFが挙げられる。同社は長年にわたりデジタル分野への投資を続け、「未来のラボ(Lab of the future)」を創設した。あらゆるコスト削減が求められる厳しい業界環境において、AIとデジタル技術を駆使することで、実際の生産性向上と品質向上という明確なビジネスケースを達成している。


1995年製のレガシー設備をいかにAI時代に適応させるか

AIの恩恵を一部の先進企業だけのものにせず、産業界全体へ波及させる上で最大の障壁となるのが、古いレガシー設備の存在と、それを抱える中小企業(SME)のデジタル化である。たとえば、「1995年製の古い機械を、どのようにしてAI時代に向けて準備させるのか」という問いに対し、シーメンスのローランド・ブッシュ氏は「ステップ・バイ・ステップのアプローチ」の重要性を説く。

ブッシュ氏は最近、売上規模が100万ドル程度で、IT担当者がたった1人しかいないような米国の小さな工場を訪問したエピソードを紹介した。このような現場に対して、いきなり高度なAIを導入することは困難である。そのため、まずは基礎的なデジタル化を行い、次に制御システム(コントロール)を導入するといった段階的なステップを踏むことで、事業を現代の競争環境に適応させるレベルまで引き上げることが求められる。

現場の最大のニーズは、「今、機械が何をしているのか(稼働状況)を把握すること」であり、機械のダウンタイム(停止)がビジネス上の死活問題に直結するからだ。シーメンスはこの課題に対し、テクノロジーを可能な限り簡単に導入できる仕組み(マーケットプレイスやアクセラレーター)を提供すると同時に、アクセンチュアのような強力なパートナーと協業し、製造現場(ショップフロア)のエンジニアとともに技術を展開している。

一方、スウィート氏は、技術の進化スピードが速すぎるため、「その技術を使って何を構想するか(ビジネスユースケース)」を描くことが極めて重要だと補足する。中小企業には巨大な調達部門が存在しないため、AIの導入が自社の競争力向上にどうつながるのかという「価値」から逆算したアプローチが不可欠である。


産業用AIにおける「規制」の考え方:B2C領域との決定的な違い

AIの普及に伴い、「責任あるAI(Responsible AI)」やAI規制に関する議論が活発化している。しかし、ブッシュ氏は、産業用AIとコンシューマー(消費者)向けAIを同一視して包括的な規制をかけることに対して、強く警鐘を鳴らしている

産業界におけるAI活用は、消費者向け領域とは根本的に異なる特徴を持つ。

  1. 既存の垂直型規制の存在: 製造業やロボティクスなどの領域には、ソフトウェアの動作や安全性に関する「垂直型(業界特化型)」の規制がすでに存在している。ここに一般的なAI規制を二重に課しても、新たな価値は生まれない。

  2. B2Bの対等な契約関係: 消費者向けサービスにおける企業と消費者の不均衡な力関係とは異なり、産業用AIの適用は、パートナーや顧客企業との対等な「契約(コントラクト)」に基づいて行われる。

  3. データ特性とIP(知的財産)の保護: 機械から生成されるデータは、消費者データとは振る舞いも価値も異なる。仮にAI規制によって、機械に搭載した自社ソフトウェアのデータやIP(知的財産)のオープン化を強制されれば、企業は投資するインセンティブを失ってしまう。

産業現場の現実は、消費者の生体認証データの操作や著作権侵害といったB2C領域の懸念とは異なる次元にあり、産業界の文脈に即した理解が求められている。


産業特化型基盤モデルと「自律型エンジニアリングエージェント」の衝撃

産業分野におけるAI実装をスケールさせる鍵となるのが、「産業特化型の基盤モデル(Industrial Foundation Model)」の構築である。汎用的な大規模言語モデルとは異なり、製造現場のAIは、物理法則、力学、ロボティクス、レイテンシ(遅延)、そしてハードウェアの特性などを学習したモデルでなければ、現場で期待通りに機能しない。

その上で、ブッシュ氏は製造現場のパラダイムを劇的に変える「エンジニアリング・エージェント(Engineering Agent)」の登場を予告した。これは、PLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)などのプログラミング作業を自律的に行うAIである。

具体的なワークフローは以下の通りだ。

  1. プロンプト入力: 現場のタスク(例:「この機械に特定の動作をさせたい」)をプロンプトとしてエージェントに指示する。

  2. 設計とコード生成: エージェントが計画に基づき、実行可能なコードを設計・生成する。

  3. 自律シミュレーションと検証: 生成されたソフトウェアが産業用PC上で動作するかをシミュレーション環境で検証する。

  4. 自己修正サイクル: もしうまく動作しなければ、エージェントは自ら計画やソフトウェアを修正し、機能するまで何度でもテストを繰り返す。

  5. 人間の承認(Human-in-the-loop): 最終的に成功したソフトウェアを人間のエンジニアに提案し、安全基準等に基づき人間が「実行(Go)」の判断を下す。

  6. 機械へのデプロイ: 承認ボタンが押されると、エージェントがソフトウェアをダウンロードし、機械が新しいモードで稼働を開始する。

このエージェント技術により、エンジニアリングにかかる作業工数を50%削減でき、プロセスの複雑さを解消し、計画のスピードを飛躍的に向上させることが可能になるという。


AIの価値を最大化する「組織の変革(チェンジマネジメント)」

テクノロジーがどれほど驚異的な進化を遂げたとしても、最終的な成功を左右するのは「人」である。

スウィート氏は、「人々は現在の環境を愛しており、人が変化することは非常に難しい」とチェンジマネジメント(組織変革)の難しさを語る。しかし、自律型エンジニアリングエージェントのような素晴らしいテクノロジーから真の価値を引き出すためには、それに合わせてオペレーティングモデル(業務遂行の仕組み)のすべてを再発明(Reinvent)しなければならない。

「技術の導入」と「組織体制の変革」を同時に、かつ全社規模で行うこと。これこそが、産業用AIを真の意味でスケールさせ、製造業の次なる未来を切り拓くための最大の挑戦と言えるだろう。

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