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産業DXの真のブレイクスルー:デジタルツイン、データスペース、産業用AIの融合がもたらす価値(Hannover Messe2026報告)

  • 執筆者の写真: Komiya Masahito
    Komiya Masahito
  • 4月26日
  • 読了時間: 8分

更新日:4月27日

近年、多くの製造業がデジタルトランスフォーメーション(DX)やデジタル化に取り組んでいる。しかし、「PoC(概念実証)の壁を越えられない」「全社や企業間でのスケールに至らない」といった悩みを抱える企業は少なくない。製造業のデジタル化はなぜ期待通りに進まないのか。その根本的な課題を紐解き、解決の鍵となる「デジタルツイン」「データスペース」、そして「産業用AI(Industrial AI)」の融合について解説する。本稿は2026年4月にドイツ・ハノーファーで開催された世界最大の製造業に関する展示会Hannover Messe2026の下記セッションの内容を紹介する。


Hannover Messe2026
Hannover Messe2026

セッション

Data Spaces as the Foundation of Digitalization: From Digital Twin and Manufacturing-X to AI

デジタル化の基盤となるデータ空間:デジタルツインとマニュファクチャリングXからAIまで


登壇者

・Dr.-Ing. Angelina Marko Managing Director, Industrial AI & Data Economy Platform ZVEI e.V.

セッション概要

産業のデジタル化は、デジタルツイン、AI、プラットフォームといった個々の技術の観点から議論されることが多い。しかし実際には、ネットワーク接続や相互運用性の欠如により、付加価値が十分に発揮されないケースが少なくない。本プレゼンテーションでは、データルームがこれらの技術を結びつける重要な要素であり、現代の産業デジタル化の基盤としてどのような役割を果たすのかを示す。Manufacturing-Xの事例を用いて、データルームが企業や業界の境界を越えた安全で自律的かつ標準化されたコラボレーションをどのように実現するのかを説明する。また、デジタルツイン、Manufacturing-Xなどのイニシアチブ、AIといった概念がどのように相互作用するのかを示す。

内容に関するインフォグラフィック
内容に関するインフォグラフィック

1. なぜ製造業のDX・デジタル化はスケールしないのか?

製造業におけるデジタル化の実践において、我々は常に3つの反復する問題に直面している。それは「データ」「システム」「ユースケース」の3つの領域に分類される。

データのサイロ化と断片化 まずデータに関して、現状ではデータの包括的なビューが欠如している。例えばサプライチェーンにおいて、需要データがサプライヤーに透明な形で共有されていないため、安全在庫の積み増しや非効率な生産計画が引き起こされている。また生産現場においても、プロセスデータと品質データが結びついておらず、障害や品質不良が発生した際の根本原因分析に多大な時間を要し、リアクティブ(事後対応的)な対応に留まっている。さらに、設備の稼働データが中央に集約されていないため、機器が故障する前に予知する「予知保全」の実装が極めて困難になっている。共通する課題は、データが断片化し、コンテキスト(文脈)を持たず、必要な時に利用できないことである。

システムの非統合とローカルなユースケースの限界 次にシステム面では、ERP、MES、PLM、サービスシステムなど多数のシステムが存在するものの、それらが完全に統合されていない。インターフェースは標準化されておらず企業ごとのカスタムメイドであるため、スムーズなデータ交換ができない。 ユースケースに関しても、局所的(ローカル)には機能していても、それを他の工場や企業間にスケールさせようとすると失敗することが多い。企業がAIを導入し始めているものの、結果としてすべての現場で新たな「統合プロジェクト」を実施しなければならない状態に陥っている。 これらの根本原因は、技術的な観点から「セマンティクス(意味的相互運用性)の欠如」「相互運用性の欠如」「データ可用性の欠如」に集約される。


2. 解決の第一歩:「デジタルツイン」によるデータの意味付け

この問題を解決するための最初のステップとして、デジタルツインの概念、具体的には「Asset Administration Shell(AAS:資産管理シェル)」が導入された。

資産の標準化されたデジタル表現 AASによって、資産の定義され標準化されたデジタル表現が初めて可能となった。これにより、データをセマンティック(意味的)に記述できるようになり、データが一意に解釈され、システムがそれを自動的に処理できるようになった。これは産業分野において極めて重要な基本前提である。デジタルツインによってデータにコンテキストが与えられることで、システム統合の手間が省け、データ品質も向上する。

しかし、デジタルツインの導入だけでは、データは主に企業内に留まっており、企業間でのデータ共有という「コラボレーションの課題」は解決されない。産業の価値創造は、部品サプライヤー、OEM、オペレーター(ユーザー)といったサプライチェーン全体に分散しているため、企業間のインターフェースでデータを連携させ最適化する必要がある。高度な予知保全を行うためには、コンポーネントのデータ、ナレッジ、生産データを企業間でやり取りすることが不可欠である。


3. 企業間連携を可能にする「データスペース」と「Manufacturing-X」

企業間でデータを安全に共有するための解決策として登場するのが「データスペース(Data Spaces)」である。

デジタル主権を担保したデータ共有 データスペースは、デジタル主権(Digital Sovereignty)を維持したままデータを共有するために不可欠な概念である。ここでは、データは所有者のもとに留まり、その使用はアクセス制御によって厳密に管理される。機密情報(トレードシークレット)やデータの制御権を失うことなく、標準化されたインターフェースと共通のデータモデルを用いてデータを活用することが可能になる。

Manufacturing-Xが目指す3つの目標 このデータスペースの原則を産業規模で実践するための枠組みが「Manufacturing-X」である。単に技術的なデータ共有を行うだけでなく、具体的な価値創造やユースケースに沿って、連合型のデータエコシステムを構築することを目指している。Manufacturing-Xが取り組む主な目標は以下の3つである。

  1. レジリエンス(回復力): 地政学的な緊張が高まる中、サプライチェーンの透明性を確保することが求められる。「どのコンポーネントの在庫があるか」を追跡するトレーサビリティのユースケースなどがこれに該当する。

  2. サステナビリティ(持続可能性): デジタル製品パスポート(Digital Product Passport)の形での実装や、カーボンフットプリントなどのCO2データをどのように共有・活用するかが重要なテーマとなる。

  3. 競争力の強化: 新しいデジタルビジネスモデルの創出である。例えば、生産能力を柔軟に活用・提供し、マーケットプレイス上でデータを共有する「Manufacturing as a Service(MaaS)」などが挙げられる。

これらは自動車分野に限らず、航空宇宙、ロボット、半導体、医薬品、化学、エンジニアリングなど、あらゆる業界に影響を与える取り組みである。


4. 産業用AIのスケールに必要な「データ基盤」の確立

デジタルツインとデータスペースの融合は、現在注目を集めている「産業用AI(Industrial AI)」をスケールさせるための必須条件でもある。

現在、多くの企業がAIのユースケースやパイロットプロジェクトに取り組んでいるが、企業全体への広範な普及(スケール)には至っていないケースが多い。これはAIのアルゴリズム自体の問題ではなく、「データ基盤」が不足していることに起因する。産業用AIには、データの可用性、高いデータ品質、そして機械が読み取れるコンテキストが必要不可欠なのだ。

これら3つのテクノロジーは以下のような相乗効果を生み出す。

  • デジタルツイン(AAS): データに「コンテキスト(意味と構造)」を与える。機械可読でセマンティックに解釈可能なデータを提供することで、データ処理の手間が減り、モデルの一貫性が増し、AIアルゴリズムのエラー率が低下する。

  • データスペース: データへの「アクセス」を提供する。組織の境界を越えて他のメーカーや企業の外部データを利用できるようになり、ルールに基づいた制御されたデータ共有が可能になる。

  • 産業用AI: これらにより、AIはより良いトレーニングデータとモデルのコンテキストを獲得し、より現実的な予測が可能になる。

結果として、AIモデルは単に精度が上がるだけでなく、他への「転移(移転)可能」なものとなり、企業内の個別プロジェクトから、体系的なデータインフラストラクチャの構築へと焦点が移るのである。


5. 企業が今すぐ取り組むべき「6つのステップ」

では、企業はどこから手をつけるべきか。最初に考えるべきは「どのAIプロジェクトを始めるか」「どのアルゴリズムを選ぶか」ではなく、「データ基盤をいかに整備するか」である。複雑なソリューションをいきなり導入するのではなく、以下の6つのステップに沿って社内の条件を整えることが推奨される。

  1. 自社のデータを把握する: 自社に現在どのようなデータがあるか、顧客やサプライヤーがどのようなデータを持っているか、それをどう役立てるかを把握する。

  2. データにコンテキストと構造を与える: デジタルツインを活用し、データを解釈可能にする。様々なデータフォーマットや標準化に精通し、データが品質基準を満たすようにする。

  3. 標準と企業間協力を優先する: 自社内に閉じるのではなく、外部パートナーとどうデータを連携できるか、データスペース(Manufacturing-Xなど)をアンカーポイントとしてエコシステムへの参加を検討する。

  4. 小規模なユースケースから始める: スケールアップを見据えた上で、まずは小さなステップのアプリケーションやユースケースから着手する。

  5. 独自のデータ戦略を策定する: サイロ化された個別ソリューションから脱却し、データエコシステムの中で自社がどのような役割を果たすのか、包括的なデータ戦略を決定する。

  6. イニシアチブに積極的に関与する: 傍観するのではなく、Manufacturing-Xなどの業界イニシアチブに積極的に参加し、外部と連携を図る。


結び:未来ではなく、今日から自社のデータに向き合う

産業DXの成否を分ける決定的なレバーは、AIアルゴリズムの優劣だけではない。最も重要なのは、データを構造化し、ネットワーク化し、使用可能にする能力である。

必要なデータは今日すでに存在しているが、それがまだ「使える状態」になっていないだけだ。デジタルツインによってデータに構造とコンテキストを与え、データスペースによって組織の壁を越えて共有し、そのインフラの上で産業用AIを活用・スケールさせる。この「デジタルツイン」「データスペース」「産業用AI」の融合によるデータインフラの構築こそが、製造業における真のブレイクスルーをもたらす。

企業は明日ではなく、今日から自社のデータ基盤の構築に向き合い始めるべきである。

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