地方国立大学からイノベーションは生まれるか? 宇都宮大学・木村氏が明かす産学連携の現実とエコシステム構築の要諦

日本のイノベーション創出において、大学発ベンチャーや産学連携の重要性は明白である。国も多額の予算を投入し、大学の研究成果を社会実装するための支援策を強化している。しかし、東京大学や京都大学といった主要な大規模大学で一定の成果が見られる一方で、地方の国立大学においてはスタートアップ創出やエコシステム形成に根強い課題が残存している。地方国立大学が抱える構造的な課題は何か。そして、研究成果を単なる研究で終わらせず、持続可能なビジネスとして社会に還元するには何が必要なのか。 本記事では、大手製造業でのグローバルビジネスやアメリカのベンチャー出向、特定国立研究開発法人である産業技術総合研究所(産総研)での大型国家プロジェクト推進を経て、現在、宇都宮大学イノベーション支援センターにて教育・研究・ベンチャー支援に携わる木村 行雄准教授にインタビューを実施した。民間実務、国立研究機関、地方国立大学という三つの異なる立場を経験してきた同氏の知見から、地方国立大学におけるエコシステム構築の課題と未来への対策を解き明かす。
民間企業から国立研究機関、そして地方国立大学へ──異色のキャリアがもたらす実務家視点
木村氏のキャリアは、日本の産学連携関係者の中でも異色といえる。1980年代後半に慶應義塾大学を卒業した同氏は、現在のセイコーグループにあたる時計メーカー・商社に入社した。入社後は、国内法人の営業や海外現地法人でのオペレーション、さらには海外におけるモノづくりの事業運営に深く関与した。1990年代後半には、アメリカの時計ベンチャー企業へ出向。カジュアルウォッチを欧米市場で展開する国際的なビジネスモデルを体得した。パソコンやスマートフォンが普及する前の時代において、本場アメリカのベンチャー経営や事業構築の作法を体に叩き込んだ経験は、その後のキャリアの大きな原体験となっている。
ベンチャー出向の後はセイコーの本社開発企画部門にて、アメリカ・シリコンバレーのメディカルデバイスベンチャーとの連携や、ドイツ企業とのアライアンス構築など、最先端のオープンイノベーション実務を多数手掛けた。その後、実務経験をアカデミアや若い世代に還元したいという想いから、社会人向け大学院を経て慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程に進学。2004年には、つくば市にある特定国立研究開発法人の産業技術総合研究所(産総研)における「ベンチャー開発戦略研究センター」に転職。文部科学省から5年間で50億円規模の予算が投じられたこの超大型プロジェクトにおいて、木村氏は研究開発成果の事業化スキーム構築やエコシステム作りのための戦略検討に従事した。さらに2014年からの約9年間は、産総研の「つくばイノベーションアリーナ(TIA)」にてオープンイノベーション拠点の推進を担い、最終的にTIA事務局長を務めた。先端半導体やナノテクノロジー分野における日本国内における産業の再構築への取り組みに従事した。さらにそれ以前から半導体国際連携を推進し、欧米の主要機関との協議を実施、それ以外にもアジア諸国におけるナノテクコンソーシアムのセクレタリー業務などを歴任し、広くイノベーションに関わった。
2023年、長年勤めた国立研究機関から宇都宮大学へと着任。現在は学部生・大学院生向けのアントレプレナーシップ論やグローバルビジネス論の教壇に立つ傍ら、同大学イノベーション支援センターにてベンチャー創出支援やギャップファンドの運用、そして大学発ベンチャーのエコシステムに関する学術研究に取り組んでいる。
アジアDXから日英比較まで──原理原則に立ち返る学術研究と政策提言
宇都宮大学において木村氏が展開する研究テーマは、単なる一大学の枠に収まらないグローバルかつ多角的な視野に基づいている。現在、主に二つの大きな国際研究プロジェクトを推進している。
一つ目は、アジア地域における大学発ベンチャーおよびDX(デジタルトランスフォーメーション)事例の研究である。マレーシア、タイ、シンガポールといったマレー半島の主要3カ国や、香港、台湾における大学発DXベンチャーの動向と、各国のDX事情を比較分析している。日本企業は1980年代から1990年代にかけて東南アジア地域へ活発に進出し、強固な製造業基盤を築いてきた。現在では、現地における製造業DXや環境DXの需要が高まっている。一方で、日本のDX事業モデルを検証すると、総務系などのバックオフィス業務を効率化するツールや特定領域のDXが主流であり、建築DXや製造DXなど分野ごとに異なる課題が存在する。シンガポール、香港のような金融先進都市と、急成長を遂げるマレーシアやタイのような地域では、大学発ベンチャーに求められる役割や技術水準も異なる。木村氏はこれらの現地調査を通じて、アジアにおけるリアルなDX推進の構造を浮き彫りにしようとしている。二つ目は、日本とイギリスにおける国立研究開発法人および独立行政法人の比較研究である。さらにこれに先立ち、スペイン、イタリア、フランス、イギリスといった欧州諸国における「インパクト企業」や、社会課題解決を目指す大学発インパクトベンチャーの研究も重ねてきた。
木村氏は、大学における研究活動とビジネスの社会実装について、冷静な視点を提示する。社会実装や技術移転に対して真面目に取り組んだとしても、それが直接的に市場で大規模なビジネスとして成立するまでには、依然として深い隔たりが存在する。だからこそ、単に個別の事業化を追うだけでなく、科学技術政策や社会科学、科学社会論の観点から原理原則を整理し、国や自治体に対する政策提言へと昇華させることが極めて重要になる。科学技術をどのように捉え、どのような社会ニーズや政策的バックグラウンドに基づいて国費が投じられているのか。その原理原則を正しく把握したうえで、海外の最新事例と比較しながら日本型の産学連携モデルの客観的な立ち位置を明らかにすることが、自身の研究者としての使命であると木村氏は語る。
母数とマインドの二重苦──地方国立大学が直面するスタートアップ創出の構造的難問
政府や自治体がいくら「大学発ベンチャーの創出」を叫んでも、地方の国立大学現場では容易に成果が上がらないのが現実である。木村氏は、その根底にある構造的課題として「規模(母数)の格差」と「研究者の役割の幅広さと評価制度」の二点を挙げる。
第一の課題は、大学規模に起因する研究シーズおよび起業予備軍の「絶対的な弾数の不足」である。東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学といった旧帝国大学規模の大学では、学生数が2万5000人前後、教員・研究者数が3000人規模に達する。このような大規模大学であれば、組織の規模感ゆえに毎年自然発生的に一定数の有望な研究成果や起業家志望者が排出され、事業化へと繋がるパイプラインが機能する。産総研のような巨大研究機関においても同様のメカニズムが働く。これに対し、宇都宮大学のような地方国立大学では、教員数が300人から500人程度であり、学生数も大都市圏の主要大学の数分の一にとどまる。企業の研究開発に例えても明らかなように、事業化に耐え得る優秀な技術シーズを生み出すには、その手前に膨大な数の研究アイデアが存在しなければならない。教員数・研究者数が一桁少ない環境下では、厳選された起業案件そのものが物理的に圧倒的に不足してしまうのである。
第二の課題は、「研究者の役割の幅広さと、起業を後押しする評価制度の不足」である。 大学の教員には、純粋な学術研究や地域貢献、学生の教育など、ビジネス化以外にも果たすべき重要な役割が数多く存在する。例えば宇都宮大学は農学部を歴史的なルーツの一つとしており、地域農業の基礎的な支援への貢献という大きな役割を持っている。また、評価制度の観点でも大学の評価制度は論文実績などが中心となっている。このような環境の中、起業や特許の事業化といった取り組みが評価されにくい構造が存在する。リスクや手間がかかる起業活動が正当に評価されない環境では、現場の教員にとって大きな負担となってしまう。教員個人の努力だけに頼るのではなく、多様な研究活動を尊重しながら、社会実装に挑む研究者を組織全体でサポート・評価する仕組みづくりが求められている。
さらに、文部科学省が進める「国際卓越研究大学」構想や、大学再編における「ハブ&スポーク」の議論に見られるように、国は国内に約85校存在する国立大学のうち、研究型大学を25校程度に集約・厳選していく方針を打ち出している。大規模なハブ大学に資源と資金が集中する中で、スポーク側に位置する地方国立大学がどのように独自のエコシステムを維持・形成していくかは、極めて深刻な課題となっている。
ガラパゴスを脱しビジネスで稼ぐ仕組みへ──鳥害対策ベンチャー「CrowLab」に見る生存戦略
このような厳しい環境下においても、宇都宮大学からはユニークな成功事例が生まれている。その代表格が、同大学発ベンチャーである株式会社CrowLabである。株式会社CrowLabは、鳥類、特にカラスの鳴き声に関する音声認識・解析技術を活用し、害鳥被害対策のコンサルティングや対策サービスの提供を行っている。都心のゴミ捨て場におけるカラス被害や、地方自治体・農業現場における鳥獣被害(近年の熊の出没問題なども含む)に対し、カラスが嫌がる特定の音声を発生させるなど、科学的アプローチに基づいた独自の防除ノウハウを提供している。
同社は大々的な規模拡大や上場を目指す「Jカーブ型」のメガベンチャー思考をとっているわけではない。しかし、社会的なニーズを的確に捉え、着実に収益を上げて自立した事業を継続している。急激なスケールアップだけがベンチャーの成功ではなく、身の丈に合った着実なビジネスモデルで確実に顧客価値を提供し事業を継続できている状態を作り出している点で、地方国立大学発ベンチャーの極めて現実的かつ魅力的なロールモデルと言える。
一方で、教員が主体となって立ち上げた研究成果型のベンチャーも存在するが、こうした技術起点の企業はマーケティングや顧客開拓のノウハウが不足していることが多い。木村氏は、こうした技術力を持つ大学発ベンチャーに対し、民間企業やアクセラレーター、事業化推進機関が積極的に関与し、ビジネス面でのハンズオン支援やアライアンスを提供することで、大きな化学反応が生まれると指摘する。宇都宮大学単体では産学連携のパイプやリソースが限られているからこそ、外部のプロフェッショナルな事業者や東京圏の有力なディストリビューター、エージェントを巻き込む構造を作ることが不可欠となる。北関東に位置しており、東京からも近いエリアにおける成功事例の構築は産業全体においても重要なものとなるであろう。
地方から世界へ挑む起業家と研究者への提言──情報戦を制し健全に稼ぐエコシステムへ
インタビューの締めくくりとして、木村氏は地方から起業や事業化を目指す学生、研究者、そして産学連携に関わる民間事業者に対して、力強いメッセージと提言を送った。
第一に、オンラインツールやデジタル技術が飛躍的に発展した現代においては、地理的な立地はもはや決定的な障害にはならない。世界中どこにいても直接アクセスし、グローバルな情報交換や交渉を行うことが可能な時代である。
しかしその反面、高度な情報や資金、優秀な人材が大都市圏にますます集中する傾向も強まっている。だからこそ、足場は地方にあろうとも、常にアンテナを高く張り、情報戦に負けない積極的な姿勢を持ち続けることが不可欠である。東京などの有力なネットワークを持つエージェントやビジネスパートナーを巧みに活用し、自らのビジネスモデルを強固に育てていく強い意志が求められる。
第二に、産学連携やオープンイノベーションにおいて最も本質的であり、決して避けてはならないのが「ビジネスとしてしっかりと収益を上げる(稼ぐ)」という視点である。公的な補助金やグラントだけに頼り、資金を消化して終わるような産学連携は長続きしない。民間企業や大学発ベンチャーが事業活動を通じて正当な対価(お金)を獲得し、利益を上げて持続可能な成長軌道に乗ることこそが、オープンイノベーションの真の目的であり使命である。
大学側や支援機関側も、ビジネスのプロフェッショナルが関与して健全に収益を上げられる環境を整えなければならない。資金が潤沢に用意されている国家プロジェクトであっても、現場のビジネス事業者が正当に入り込んで収益化を図るモデルを作らなければ、社会実装は絵に描いた餅に終わってしまう。地方国立大学の持つ優れた研究の「種」と、都市部やグローバルのマーケットを結びつけ、持続可能なビジネスとして花開かせること。異色の経歴を持つ木村氏の情熱と冷静な分析は、日本の産学連携に新たなブレイクスルーの道筋を示している。




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