フィジカルAIが拓く次世代エネルギーシステムの革新:日立エナジーが挑むITとOTの融合とグローバル標準化(日立Physical AI Dayレポート)

日立Physical AI Dayセッション「フィジカルAI in Energy」レポート

電力は、現代社会を静かに支える目に見えないバックボーンである。何十億もの人々を繋ぎ、24時間稼働し続ける産業に活力を与え、あらゆる人間の活動を可能にしている。しかし現在、この静かなインフラは、かつてない需要の急増、システムの複雑化、深刻な労働力不足、そして世界的な送電網(グリッド)の老朽化という、複合的な危機に直面している。
これまでの電力インフラの運用は、問題が発生してから対処する「リアクティブ(事後対応的)」な手法に依存してきた。しかし、変化のスピードが極めて速い現代のデジタル世界において、事後対応的なアプローチは多くの場合、手遅れを意味する。システムに致命的な問題が発生する前に「予測」し、「予防」することができれば、エネルギーシステムの安定性は劇的に向上する。この課題を解決するために提唱されているのが、産業の深いドメイン知識と高度なAI技術をバリューチェーン全体に組み合わせることで、高い運用効率と優れた送電の可用性を引き出す「H max エナジー(HAXエナジー)」である。本稿では、物理アセットに知能を組み込む「フィジカルAI」が、次世代のエネルギーシステムをどのように変革していくのか、その具体的な技術と世界各地での実践事例を交えて詳細に解説する。
未曾有の電力需要増と既存インフラの老朽化がもたらす「電力の時代」の危機
グローバルなエネルギー市場に目を向けると、極めて衝撃的な市場動向が浮かび上がる。世界の電力需要は、2035年までに70%も増加すると見込まれている。この10年間で電力需要が7割も急増するという事態は、エネルギーの歴史において前代未聞の出来事である。この爆発的な需要増加を牽引している主な要因には、生成AIの急速な普及に伴うデータセンターの激増、緊迫化する地政学的な状況、そしてサステナビリティ(持続可能性)の観点から交通や産業の各分野で急ピッチに進められている「電化」の潮流が挙げられる。
しかし、増加し続ける需要に対して、電力を届けるための物理的なインフラを構築するスピードは世界的に追いついていない。送電網を新設することが容易ではない現状においては、すでに存在している「既存の送電網を最大限に活用すること」が最優先のミッションとなる。
既存のインフラ運用における最大の課題は、インフラ自体の老朽化と、それを支える熟練人材の圧倒的な不足である。例えば、米国や欧州における送電網の大部分は40年以上前に建設されたものであり、さらに予測によれば、2050年時点においても現在稼働しているインフラの実に8割がそのまま稼働し続けるとされる。つまり、限られた既存インフラの製品寿命(耐用年数)をいかにデジタル技術で引き延ばすかが急務となっているのである。
さらに、電力業界におけるスキルギャップの拡大も深刻を極めている。現在、業界内では「2人の熟練技術者が退職する一方で、新たに業界に入ってくる若手はわずか1人」という過酷な人員補充の遅れが生じている。結果として、経験の浅い次世代の技術者が、老朽化し複雑化したインフラの運用を担わなければならないという、困難な現実に直面している。
日本のグリッドが抱える特有の課題:周波数の乖離と地域的な分断
世界的なインフラ老朽化の波の中で、日本のエネルギーシステムは特に過酷かつ特有な課題を抱えている。
第一に、日本のグリッドは地域ごとのつながりが弱く、全体としてバラバラに運用されているという構造的課題がある。第二に、東日本の50Hz(ヘルツ)と西日本の60Hzという、二つの異なる周波数が同一国内に共存している点が挙げられる。第三に、大規模な電力消費地(ロードセンター)が存在する一方で、太陽光や風力といった再生可能エネルギーの主要な適地(ポテンシャルの高い地域)が日本の北部に偏っているという地理的なミスマッチが存在する。これにより、隣接する地域システム間での電力の融通やスムーズな連携が極めて困難な状態にある。
また、日本の送電網は、世界的に見ても極めて古いインストールベースで構成されている。その平均的な稼働年数は45年から65年に達しており、米欧の基準を上回るスピードで老朽化が進んでいる。
一方で、日本のインフラは非常に高品質かつ精巧に設計・建設されているという大きな長所も存在する。この優れたインストールベースを先端のデジタル技術によって保護し、その運用寿命を最大化することが、日立エナジーの大きな目標となっている。現在、日本が直面している少子高齢化や労働力不足は、世界のどの地域よりも厳しいレベルに達している。それゆえに、「日本の過酷な環境下で送電網を維持し機能させることができれば、世界の他の地域における課題もすべて解決できる」という、世界的な試金石としての側面も持っている。
エネルギーネットワークは、人類が意識せずに作り上げてしまった巨大な「システム・オブ・システムズ(複数の独立したシステムが連携して動作する超巨大システム)」である。この複雑極まりない巨大なマシンに対して、物理アセットそのものにインテリジェンス(知能)を組み込むフィジカルAIが、どれだけ現場を有効化できるかが、未来のインフラ維持の成否を分ける鍵となる。
HMAXエナジーがもたらすパラダイムシフト
日立エナジーがヒューストンで開催された「CERAWeek(セラウィーク)」にて正式にローンチした「HMAXエナジー」は、こうしたエネルギーシステムの構造的な危機に対応するための次世代ソリューションプラットフォームである。
H maxエナジーは、パートナーや顧客が保有するパッシブ(受動的)な資産から、発電設備などのアクティブ(能動的)な需要側資産にいたるまで、バリューチェーン全体のあらゆるアセットをグリッドに接続し、これらを「フィジカルAIレディ」な状態へと引き上げる機能を持つ。
このシステムが対象とするアセットライフサイクルは、以下の3つの成熟段階を経てプロアクティブ(予防的)な運用へと進化を遂げる。
健康状態の可視化:物理的なアセットが現在どのような健全状態にあるかをリアルタイムで把握する。
予測の実現:物理的・デジタルの両側面から、アセットの将来的な劣化や不具合を高度にシミュレーションして予測する。
予防の徹底:アセットに致命的な障害や故障が発生する前に、適切なメンテナンス介入を自動的または計画的に実行し、インフラのダウンを未然に防ぐ。
この「計画(プラン)」「予測」「予防」のサイクルをバリューチェーン全体で確立することにより、インフラの寿命を延ばし、突発的な稼働停止を完全に排除することが可能となる。これを実行に移すため、日立エナジーは顧客との間で強固な「サービスパートナーシップ」を結び、伴走型のソリューション提供を推進している。
エネルギー市場レイヤーにおけるAIファクトリー:米国SPPの事例
H maxエナジーの具体的な適用事例として、まずは「エネルギー市場(電力市場)レイヤー」におけるイノベーションを紹介する。
米国でも、設備の老朽化やデータセンターの急増により、電力インフラへの負荷が極めて厳しくなっている。米国の一部地域では、データセンター需要によってピークロードが従来の1.5%から5%へと急増した。この急激な負荷の増加に対し、既存のグリッドは新設される発電事業者の接続要求を処理しきれなくなっていた。
具体的には、新規の発電アセットを既存の系統に連携させるためのシミュレーション処理に、最大で27ヶ月(2年3ヶ月)もの長期間を要する状態に陥っていた。その結果、1.28GWもの新規電力が系統に接続できずに留まるという、深刻なボトルネックが生じていたのである。
この課題に対処するため、米国の広域送電機関であるサウスウエスト・パワー・プール(SPP)は、日立エナジーおよびNVIDIAと協働し、日立エナジーの「IQエンタープライズスタック」を活用した専属の「AIファクトリー」を構築した。
この高度なAIモデルを実装したことにより、系統運用の現場には劇的な成果がもたらされた。
従来は計算処理に「72時間(3日間)」を要していた系統接続シミュレーション作業が、わずか「2分」へと劇的に短縮された。
計算処理システム全体の動作スピードが33%高速化された。
系統接続に関連する膨大なレポートの報告業務の処理速度が99%加速した。
SPP全体における系統連携の待ち時間がトータルで33%削減された。
このように、AIテクノロジーを市場レイヤーおよび計画レイヤーに融合させることで、数年単位で滞っていた系統の現代化が、圧倒的なスピードで達成されたのである。
ネットワーク制御レイヤーの超高速化:GPUによるシミュレーションの破壊的変革
次に、「ネットワーク制御(監視制御)レイヤー」における技術革新である。
日立エナジーが展開する「ネットワークマネージャー」プラットフォームは、発電、送電、そして送電網の末端であるグリッドエッジ(需要家側)にいたるまで、システム全体の状況をリアルタイムで可視化して事業者に提供する。このプラットフォームにおいて、AIアシスト技術を活用することで、運用オペレーターは様々な系統切替やトラブル対処のオプションを、極めて高速にテストすることが可能となる。
特に日本のように電力需要が逼迫し、グリッドが複雑に入り組んだ環境においては、トラブル発生時や系統変動時におけるオペレーターの「対応スピード」が生死を分ける。しかし、従来のCPU(中央演算処理装置)ベースの計算環境を用いた系統シミュレーションでは、結果を算出するまでに4時間もの時間を要していた。これでは、時々刻々と変化するリアルタイムの系統変動に対して効果的な先手を打つことは不可能である。
この演算ボトルネックを打破するため、日立エナジーはNVIDIAとのパートナーシップのもと、ハイパフォーマンスなGPU(画像処理半導体)コンピューティング技術を導入した。具体的には、NVIDIAの並列計算プラットフォーム「CUDA」および「CUDSS」ライブラリを、日立のネットワーク制御システムやエネルギー管理システム(EMS)環境にダイレクトに組み込んだのである。
この実装により、従来のシーケンシャル(逐次的・順次記述型)な計算処理から、並列(パラレル)コンピューティングへの移行が実現した。
シミュレーションのコアとなる演算時間は、4時間からわずか2分へと縮小された。
実際のグリッド数値データを用いた実証演算において、10倍から15倍ものスピードアップが実証された。
この超高速化技術は、オペレーターの業務を自動化して彼らの存在を代替するためのものではない。むしろ、オペレーターに対して瞬時に強力なインサイトを与えることで、人間の能力を拡張するためのものである。オペレーターは、限られた時間の中で「複数のシナリオを同時に、かつ瞬時にシミュレーション」できるようになる。これにより、トラブルが起きてから右往左往する事後対応的な運用を脱却し、先手を打ってインフラの安全をコントロールする「プロアクティブな監視制御」が現場の手にもたらされることとなった。
コア・パワーグリッドにおける現場介入の変革:デジタルツインとオンライン監視
さらにインフラの深部、すなわち「コア・パワーグリッド」と呼ばれる、最も信頼性が要求される物理設備のレイヤーにおいても、オンライン監視とデジタルツインによる変革が進行している。
事例①:バルティック・ケーブル社(Baltic Cable)のHVDCデジタルツイン
バルティック・ケーブル社は、ドイツとスウェーデンの国境を跨ぎ、両国間で600MWの電力を双方向に融通し合うモノポール(単極)構成のHVDC(高圧直流送電)リンクを運営している。ここには、半導体ウェハーの制御レベルから、保護・制御の全体のレイヤーにいたるまで一貫した制御システムとして、日立エナジーが開発した最先端の「MACHシステム」が搭載されている。
バルティック・ケーブル社は、このMACHシステムを土台として、HVDC接続ステーションからリンク回線全体をカバーする「デジタルツイン」を構築した。これにより、回線の単なる稼働状態のみならず、HVDCアセット全体の詳細な健全度診断や異常予兆の検知をリアルタイムで実行可能にした。
このシステムがもたらした最大の効果は、不具合発生時の「現場介入(メンテナンスレスポンス)の大幅な効率化」である。何か異常の兆候が検知された際、サービス要員が実際のサイト(現場)へと向かう前に、アセットの具体的な劣化状況や不具合箇所、さらには交換に必要なスペアパーツがどこに保管されているかという情報が、すでにデジタル上で特定されている。これにより、トラブル発生から現場対応が完了するまでのレスポンスタイムが、従来の運用と比較して90%も短縮された。
事例②:イタリアERG社の開閉装置オンラインモニタリング
イタリアの風力発電事業者であるERG社における、175kV変電所の事例である。
変電所において「スイッチギア(開閉装置)」は、万が一故障してダウンタイムが発生した場合、電力の供給合意義務(契約)に違反し、莫大な金銭的ペナルティを伴う極めてクリティカルなアセットである。日立エナジーでは、こうした用途に用いられるハイブリッド型の開閉装置を「PAS(パス)」と呼んでいる。
ERG社は、この175kV変電所に設置されたPASに対して、オンラインモニタリングソリューションを導入した。これは、アセットが単に「古いか、新しいか」というレベルの静的な状態把握に留まらず、「いつ、どのタイミングで、どのアセットにメンテナンス介入を行うべきか」を動的に指示してくれるシステムである。
このソリューションを日立エナジーとのサービスパートナーシップのもとで構築・運用した結果、どの機器の「どのシリアルID」をリプレース(交換)すべきかを特定するプロセスが極めてシンプルかつ迅速になった。結果として、不具合からの復旧(リカバリー)に要する時間は35%も改善され、高信頼性の発電・送電維持に寄与している。
グリッド・エッジと需要側(デマンドサイド)における巨大蓄電池(BESS)の運用管理
グリッドの末端(エッジ)や需要家(デマンド)に近い領域においても、フィジカルAIは決定的な価値をもたらしている。その代表例が、オーストラリアのソーラー・ストレージ開発企業である「Akaysha Energy(アケイシャ・エナジー)」との協働プロジェクトである。
オーストラリアは広大な国土を有しながらも、地域間の送電構造(グリッドストラクチャー)が非常に脆弱かつ分断されており、一方で風力や太陽光などの再生可能エネルギーの導入率は極めて高いという、運用上きわめてデリケートな特性を持つ。
日立エナジーは、Akaysha Energyとの間で「20年間にわたる長期のH max(HAX)エナジー・サービスパートナーシップ」を締結した。この超長期契約のもとで管理されているのが、500MW(メガワット)の容量を誇る巨大なバッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)である。
蓄電池は、現在のグリッドにおいて極めて重要な「バッファー(緩衝材)」として機能する。
再エネの発電量が急増し、需要を上回る際には電力を吸収してバッテリーに蓄える。
逆にグリッドの需要(デマンド)が急増した際には、蓄えた電力を一気にグリッドへ放出して需給を安定化させる。
これは、電力を莫大に消費するデータセンターなどの新興アセットが接続される現代において、BESSがその電力制御の肩代わり(代替バランサー)として機能している構図に等しい。
日立エナジーは、この大規模な蓄電アセットに対し、単に高効率なバッテリーシステムを販売するだけでなく、その稼働状態を24時間遠隔で監視し、最適な充放電効率を維持する「モニタリングシステム」を包括的に提供している。万が一、システムの一部がダウンしたり異常を検知した際にも、即座にデジタル上で回復プロセスを稼働させ、20年という長期にわたり高い稼働可用性と安定性を約束するスキームを構築している。
日本の国家プロジェクト「JEMS」:ITとOTの統合戦略
日本国内における脱炭素(カーボンニュートラル)へのコミット、および再生可能エネルギーの大量導入に向けた取り組みとして、現在、非常に広範かつ歴史的な国家規模のデジタルインフラプロジェクトが進行している。
従来、日本における再エネ導入への対応や系統安定化対策は、各地域の電力会社がそれぞれのリージョン(供給区域)内で、個別のローカルルールやシステムを用いて個々に実行していた。この分散的で統一感のなかった系統運用オペレーションを根本から変革するため、日立グループ(日立デジタルサービスビジネスユニット、および日立エナジー)が総力を挙げて受託・開発しているのが、次世代の給電指令システム「日本総合エネルギー管理システム(通称:JEMS / ジェムス プロジェクト)」である。
このプロジェクトは、これまで全国で地域ごとに分断されていたオペレーションを統合・進化させ、国全体での電力融通の経済的な効率性を追求しつつ、安定した電力需給を両立させる「次世代電力ディスパッチシステム」を確立することを目指している。
このシステムのコアとなるのは、「OT(制御技術)レイヤー」と「IT(情報技術)レイヤー」の、これまでにない高度な次元での完全統合(インテグレーション)である。
OT(制御技術)レイヤーでの実装内容
OT側では、日立エナジーの強みである「ネットワークマネージャー」や「エネルギーマネジメントシステム(EMS)」を統合インフラとして活用する。これにより、日本全国の電力フロー(潮流)のリアルタイム監視と制御を行い、電力の頻度(周波数)やパワーフローを安定させるための「LFC(負荷周波数制御)」を高度な自動レベルで実現する。
IT(情報技術)レイヤーでの実装内容
IT側では、日本各地の膨大な発電計画データ、需要予測データ、さらには刻々と変動する「トレードマーケット(卸電力取引市場)」の価格データなどを広範囲に集約する。システムはこれらのIT情報と「ユニットコミットメント(発電機の最適な起動停止計画)」を照らし合わせ、どのタイミングでどの発電機を稼働させれば、最も経済的かつコスト効率が良くなるかを自動的に計算する。
そして、このITの計算結果から、OTレイヤーの自動ディスパッチ(電力配分指令)機能へとシームレスにコマンドを渡し、実行させる。
このITとOTの融合は、単に個々の送配電事業者や発電事業者の業務を効率化するだけのものではない。日本のエネルギー規制環境全体を現代化し、最終的には国全体の国民一人ひとりに対して、最も安定的かつ、最もコスト効率に優れたクリーンな電力を届けるという、壮大な社会的価値をもたらすものである。
この巨大なデータ連携システムを成立させるための最大のイネーブラー(技術的土台)となっているのが、「共通情報モデル(CIM: Common Information Model)」の導入である。ITとOTが共通のフォーマットでシームレスに会話できるよう、データの国際標準(グローバルスタンダード)を日本国内に標準実装し、国全体のエネルギーデータのインテリジェントな活用を推進している。
災害とサイバー脅威に屈しない「3拠点アクティブ・データセンター」の極限設計
JEMSプロジェクトは、日本の電力システム全体の安定を担保する極めて大きな責任を背負った社会基盤インフラである。そのため、システム構築にあたっては、常識を超える高い信頼性とセキュリティの課題を乗り越えなければならなかった。
チャレンジ①:日本固有の要件とグローバル標準(CIM等)の文化的な融合
これまで日本の電力会社は、独自の運用ルールや「日本仕様」による個別カスタマイズ設計を基本としており、グローバルな標準パッケージをそのまま適用することには消極的であった。
今回のプロジェクトでは、国の方針として国際標準のベストプラクティス(CIMなど)を積極的に採用するという大方針が掲げられたが、ここで「日本固有の緻密な運用手法」と「グローバル仕様のシステム思想」との乖離が課題となった。これは、どちらの手法が正しいかという問題ではなく、根本的に異なるアプローチをいかに調和させるかという、高度な設計・コミュニケーションの問題であった。
日立は、日本特有の極めて細やかな現場要件を一つずつ丁寧に紐解きながら、それをグローバル標準のシステムアーキテクチャの上に完全に適合させる(マッピングする)という設計・実装を成し遂げたのである。
チャレンジ②:一瞬の停止も許されない「アクティブ×アクティブ」構成
一国の心臓部たる電力グリッドの制御システムであるため、いかなる自然災害や障害が発生しても、システムが完全にダウンして制御不能に陥る事態は許されない。
特に、大規模な地震や津波などの災害リスクが高い日本において、一つのデータセンターが物理的に被災しただけで全体の監視制御が停止してしまうことは、国家的な停電危機を意味する。
この極限の可用性(レジリエンス)を達成するため、日立は「北海道、東京、大阪の3つの地理的拠点に、完全に分散化されたデータセンター」を設置した。これら3拠点は、一つのメインセンターが倒れたら控えに切り替わるというパッシブな予備体制ではなく、3つの拠点すべてが「常に同時にアクティブな状態で稼働」する極めて高度な分散高可用性アーキテクチャを採用している。
さらに、昨今激甚化するインフラを狙った国家規模のサイバー攻撃から、システムを確実に保護しなければならない。日立のデジタルサービスビジネスパートナー部門が中心となり、外部からの不適切なアクセスやデータの改ざん、システムの侵害を確実に防ぐため、極めて厳格な「プロダクトセキュリティセット」と監視プロトコルをシステム全体に実装し、隙のないサイバーセキュリティ網を敷いて監視を続けている。
ドメイン知識とデジタル技術の融合が拓く持続可能な電力インフラの未来
世界的な電化の進展、再エネの爆発的導入、そしてデジタル需要の急増が交錯する現代において、私たちはまさに本格的な「電力の時代」の入り口に立っている。
この過酷な変革期は、次世代を担う若い技術者にとっては前代未聞の大きな「機会(チャンス)」であり、これまでこの高度な電力インフラをゼロから築き上げ維持してきた世代にとっては、それを次世代へ確実に引き継ぐという大きな「歴史的責任」を意味している。
しかし、私たちが目指す持続可能でカーボンニュートラルな世界というミッションを完遂するためには、世界全体の送電網(グリッド)の現代化とデジタル化は、現状ではまだまだ十分なレベルに達しているとは言い難い。既存インフラが持つ潜在的な送電容量を極限まで引き出し、安定稼働と経済性を高度に両立させるためには、H maxエナジーのようなフィジカルAI技術や、最先端の並列高速制御ロジックの導入が極めて不可欠となる。
日本における次世代給電指令システムの構築は、まさに世界に先駆けてこの難題に挑む、歴史的かつ最大規模のショーケースである。
日立エナジーが提供するHMAXは、フィジカルAIの核心である「検知(Sense)」「思考(Think)」「実行(Act)」のサイクルをリアルタイムに循環させることで、電力網に新しい命を吹き込み、インフラの強靭性を確保する。
日立がこの巨大な社会的役割を担うことができるのは、単に新しいデジタル技術やIT技術を持っているからだけではない。長年にわたり、日本国内のみならず世界の電力インフラを、ハードウェア(重電)とソフトウェア(制御技術)の両面から地道に支え続けてきた、他社には真似のできない「深いドメイン知識(物理的知見の蓄積)」を有しているからである。
日立はこの歴史的な社会責任を極めて深刻に受け止めており、今後も世界のあらゆるパートナーや顧客と共に、持続可能で強靭、かつ経済的な次世代エネルギーシステムの構築に向けて、中心的な役割を果たしていく決意である。
















