監視と統治を超えて:ソウル、バルセロナ、東京が先導する「人間中心」のスマートシティ(SusHi Tech Tokyo 2026)
更新日:8月26日
セッション名
市民のために進化するスマートシティ―先進都市とともにつくる未来― (Smart Cities Evolving for Citizens: Creating the Future Together with Leading Cities)
登壇者
モデレーター:吉村 有司(東京大学先端科学技術研究センター 特任准教授)
パネリスト:
出口 敦(東京大学 執行役・副学長、大学院新領域創成科学研究科 教授)
マリア・ブヒガス・サン・ホセ(バルセロナ市役所 チーフアーキテクト)
カン・オクヒョン(ソウル特別市 デジタル都市局長)

はじめに:スマートシティにおける「スマート」を再定義する
都市を真に「スマート」にする要素とは何だろうか。世界中の都市が人工知能(AI)、ビッグデータ、自動運転ネットワークの統合を急ぐ中、この根本的な問いへの答えは未だ定まっていない。「SusHi Tech Tokyo 2026」で開催されたパネルセッション「市民と進化するスマートシティ:先導的な都市と共に創る未来」において、世界の都市開発を牽引するフロントランナーたちが、従来の「技術第一主義」的なスマートシティの定義に一石を投じた。
セッションのモデレーターを務めた東京大学先端科学技術研究センター(RCAST)の吉村有司特任准教授は、対比的な2つの都市のアーキタイプを提示し、議論の方向性を位置づけた。
ボトムアップ型スマートシティ: 20世紀初頭(1908年)のバルセロナのパセジ・ダ・グラシア(グラシア通り)やラ・ランブラ通りを走る路面電車(トラム)の映像。信号機や車線、トップダウンの規制が一切ないにもかかわらず、歩行者と車両がお互いを自然に避け、事故を起こすことなくスムーズに行き交っている。吉村氏は、この人間中心の「自己組織化」による調整プロセスこそが、スマートシティの原点であると指摘した。
トップダウン型スマートシティ: MITセンスアブル・シティ・ラボ(吉村氏がかつて在籍)が描いた、信号機のない近未来の交差点。自動運転車同士がリアルタイムのアルゴリズム通信を介して、衝突を自律的に回避しながら交差するモデル。
パネリストたちの議論は、これら2つのモデルを二者択一として捉えるのではない。一貫して「人間中心のスマートシティ(Human-Centered Smart City)」へと収束した。すなわち、技術は上空から市民を監視・統治するためのものではなく、市民を足元から力づけ(エンパワーメント)、日々の生活の質(QOL)を直接的に向上させるために使われるべきであるという共通認識である。
1. ソウル特別市:温かいAIとデジタル包摂で市民の命を守る
韓国の首都ソウルを代表し、ソウル特別市デジタル都市局長のカン・オクヒョン氏は、同市が掲げる「人間中心のAI都市(Human-Centered AI City)」のビジョンを紹介した。「ゆっくり進んでも大丈夫(It is okay to take your time)」という行政哲学のもと、ソウルのスマートシティ政策は、脆弱な人々を守り、誰一人としてデジタル社会から取り残されない(デジタル・ディバイドのない)包摂的社会の実現に焦点を当てている。
ソウル市が展開する主な構造的取り組みは以下の通り:
統合スマート安全センター:
規模と接続性: 市内およそ21万台のCCTV監視カメラを1つの統合システムで一元管理。
緊急時の即時連携: 警察や消防、救急部門とリアルタイムで直接ネットワークを構築。
AIによる予兆検知: 高度なAIアルゴリズムがカメラ映像を常時分析し、火災、歩行者の転倒、犯罪予兆などのリスクを事前に検知。緊急車両の迅速な出動と未然防止を可能にしている。
AIを活用したデジタル性犯罪の根絶:
24時間自動監視システム: 独自開発のAI監視システムを用いて、Web上の非合意・違法デジタルコンテンツを24時間体制で追跡・自動検出。迅速な削除申請・処理をサポートする。
包括的ケア体制: 技術的介入にとどまらず、被害者への相談受付、法的支援、心理的カウンセリングまでを物理世界とデジタル世界の両面から統合的に提供。
世界的な評価: コンテンツの検出・削除時間の劇的な短縮と摘発件数の増加が評価され、ソウル市はこの取り組みで「2024年国連公共サービス賞(UN Public Service Awards)」を受賞した。
積極的なデジタル包摂(インクルージョン):
デジタル包摂プラザ(Inclusive Digital Plaza): 高齢者をはじめとする市民が気軽に立ち寄り、デジタルサービスの使い方を学べる物理的拠点を運営。
デジタルガイドの配置: 現場にデジタルガイドを常駐させ、シニア世代が日常生活で直面するデジタル機器(飲食店などの注文用キオスク、交通機関の予約、行政オンラインサービスなど)の操作をマンツーマンでサポート。
2. バルセロナ:民主的データ、都市収容力、そしてデジタルの共有財化
バルセロナ市役所チーフアーキテクトのマリア・ブヒガス・サン・ホセ氏は、オープンデータを活用した都市計画、行政管理、および「デジタル民主主義」の先進的アプローチを披露した。バルセロナにおいて、データは単なる管理ツールではなく、都市の現状を正しく把握し、日常業務を効率化し、将来の成長シナリオをモデル化するための公共財(Common Utility)として扱われている。
バルセロナのデータ駆動型アーバニズムは、以下の4つの主要システムに代表される:
都市計画の透明化と「アーバン・アトラス」:
区画(プロット)レベルの情報開示: 市が構築した対話型Webポータルにより、難解な都市計画法や規制データを平易な形式で市民に公開。アパートの購入や賃貸を検討している市民は、該当する区画の法規制や履歴を自ら瞬時に調査できる。
現況と規制のギャップ分析: 現実に建てられている街区と、現在の法規制を適用した場合のモデル(3Dデータモデルなど)を比較。どの建築物が歴史的規制に基づいて建設されたかを可視化し、将来のゾーニング規制や都市計画の意思決定に反映。
都市収容力(Carrying Capacity)モデル: デジタル「アーバン・アトラス(Urban Atlas)」を通じて、土地の物理的な収容力を算出。歴史的で過密なバルセロナは物理的な外延拡大が不可能であるため、都市の「高密度化(Intensification)」が必須となる。データモデルに基づき、住宅開発可能面積と、公共インフラ、公共空間、交通ネットワーク、アメニティのバランスを精緻にコントロールしている。
83平方メートルの巨大物理模型: デジタルデータと物理的な実体験を繋ぐため、市舎近くに83平方メートルに及ぶバルセロナの巨大模型を常設。市民や開発者、行政が物理的な模型を囲んで都市の未来を議論できる協働プラットフォームとして活用している。
現場作業員用リアルタイム都市管理アプリ:
「ポケットにデータを」: 2017年より、道路、照明、舗装、フェンス、公園などのインフラ維持管理を担当する現地の全市職員がモバイルアプリを携帯。不具合や破損箇所を現場から直接リアルタイムに入力。
最適な予算配分: 年間およそ4億ユーロ(約640億円)を超えるインフラ維持管理予算の迅速な執行を支えており、事後修繕から予防的・予測的なメンテナンスへの転換を果たしている。
「バルセロナ・イージー・プラン(Barcelona Easy Plan)」:
行政手続きの簡素化: AIを導入して市役所の膨大な法規制アーカイブを自動スクリーニングし、重複または形骸化している不要なビジネス規制を特定・廃止。
データベースの一元化: 例えば、子どもたちの夏休みキャンプの補助金を申請する際、これまでは毎年個人情報の提出を求められていたが、行政内のデータベースを統合したことで、市民が同一情報の提出を何度も求められる負担を撤廃。
デジタル市民参画プラットフォーム:
デシディム(Decidim): 世界的に有名なオープンソースの市民参加型プラットフォーム。バルセロナの公共投資予算の一部は、このDecidim上で行われる市民の直接的な提案や投票結果(「緑の平穏化」政策などの支持率)に連動して配分される。
Barcelona a la Butxaca(ポケットの中のバルセロナ): 税金の支払い、苦情の提出、行政手続き、さらには年に最低2回行われる市長とのダイレクトなオンライン対話など、すべての行政サービスにワンストップでアクセスできるモバイルアプリ。
3. 東京都:Society 5.0とKK線の歩行者専用化
開催地を代表する東京大学の出口敦執行役・副学長は、日本が国策として推進する「Society 5.0」のフレームワークを提示した。2016年に閣議決定された第5期科学技術基本計画において提案されたSociety 5.0は、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステム(サイバー・フィジカル・システム)により、経済発展と社会的課題の解決を両立する、知識社会の次に位置づけられる超スマート社会を指す。
東京とその周辺における具体的な実行策は、対比的な2つのスケールで展開されている:
柏の葉スマートシティ(千葉県柏市):
公・民・学の共創ガバナンス: 千葉県柏市、三井不動産、東京大学、千葉大学、地元住民や民間企業がナショナルサポートのもとで協働する、日本を代表するスマートシティのモデルケース。駅周辺のコンパクトな開発を志向。
4つの主要テーマとテクノロジーの実装:
「モビリティ」:自動運転バスシステムの運行・実証実験。
「エネルギー」:スマートグリッドを軸とした地域エネルギー管理システム(AEMS)の運用。
「パブリックスペース」:AIカメラや各種センサーを活用した安心・安全な広場空間の創出。
「ウェルネス」:超高齢社会に対応する健康長寿社会モデル(アクティブ・エイジング推進)。
KK線の歩行者専用化(東京都中央区銀座):
高架高速道路の再生: 銀座周辺を囲む14街区、全長約2キロメートルにわたる高架構造の自動車専用道路「KK線(東京高速道路)」。1966年の全面開通以来、下部に入居する商業店舗の賃料収入で維持管理費を賄う独自の仕組みで運営されてきた。
グリーン・インフラへの大転換: 2025年4月、自動車専用道路としての役割を終えて公式に廃道化。2030年代から2040年代にかけて、高架の屋上階すべてを空中回廊型の緑豊かな歩行者専用公共空間(ニューヨークの「ハイライン」のような空中庭園)へと転換する長期プロジェクトが進行中。
街路スケールのLiDAR(ライダー)分析: 屋上道路を市民に開放して行われている進行中の社会実験において、出口教授の研究室は高度なLiDAR(レーザーセンサー)システムを設置。歩行者の移動方向や滞留時間をマイクロスケールで計測・視覚化(3Dポイントクラウド化)し、データに裏打ちされた将来の空間設計に役立てている。
カーボンニュートラルへの移行モデル: 経済成長(Y軸)と環境負荷(X軸)の相関図を示し、これまでの都市開発が歩んできた環境負荷の増大プロセスを、データ活用と人間の行動変容によって「ゼロ・エミッション/成長の脱炭素化(デカップリング)」へと転換する、デザインとデジタルの融合手法を提唱。
協働で創る世界のスマートシティの未来
モデレーターを務めた吉村有司氏は、セッションの最後に「学術の世界では、優れた回答よりも、優れた問いを発掘することのほうが常に価値がある」という格言に言及。画一的な正解を与えるのではない。会場および世界中からオンラインで参加した聴衆に対して、次の4つの問いかけを行ってセッションを締めくくった。
あなたが将来暮らしたいと想像する、理想のスマートシティ像とはどのようなものか?
あなたは未来の生活において、具体的にどのような都市環境に住みたいと望むか?
日本の首都・東京が目指すべきスマートシティの独自のアイデンティティとは何か?
世界の各都市が相互に学び合い、知見を共有できるオープンソースな協働ネットワークをどう構築すべきか?
SusHi Tech Tokyo 2026が発信したメッセージは極めてシンプルである。ソウルによる温かいセーフティネット、バルセロナによる共有財としてのオープンデータ、あるいは東京による高速道路を再生した緑豊かな歩行者空間――いずれのアプローチであっても、スマートシティの主役はテクノロジーではなく、常にそこに暮らす市民たちなのである。
















