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事業開発のためのAI戦略:AI時代の事業づくりと組織のあり方(IVS2026レポート)

  • 執筆者の写真: 安田 和貴/Yasuda Kazuki
    安田 和貴/Yasuda Kazuki
  • 7月7日
  • 読了時間: 8分

IVS2026下記セッションレポート

「事業開発のためのAI戦略:AIを武器にした事業づくりの最前線と独自性」


IVS2026 事業開発のためのAI戦略:AIを武器にした事業づくりの最前線と独自性
IVS2026 事業開発のためのAI戦略:AIを武器にした事業づくりの最前線と独自性

2026年、AI技術の進化が加速し、ソフトウェアやサービスの模倣がかつてないほど容易になる中で、企業はいかにして持続可能な競合優位性を築くべきか。本記事では、IVS2026においてDMM.comのAI顧問がモデレーターを務めたセッションをもとに、AIを活用した事業開発の最前線に立つ実務家たちの議論から、AI時代における事業のモート(参入障壁)の作り方、組織と人材の要件、そして実装過程で直面する失敗とジレンマについて解説する。登壇企業は、大手企業を中心にDXの内製支援をする株式会社情報戦略テクノロジー、PRエージェンシーとしてAI生成人格サービスを手掛ける株式会社prisma、VC出身者が設立しスタートアップの社会保険料を大幅に削減しているVCスタートアップ健康保険組合、そしてオランダ発のウェブサイトビルダーを提供するFramerの4社である。


AIサービスの模倣を防ぎ、強固な競争優位性を構築する戦略

AIを活用すれば、表面的なコンセプトや機能、インターフェースを短期間で再現することが可能になった。しかし、真の競争力は表面的な模倣では届かない深部に宿る。


最初の鍵となるのが、AIエンジンの活用方法の徹底的な深掘りである。株式会社情報戦略テクノロジーでは、自然言語を用いたSESの案件とエンジニア人材の自動マッチングシステムを構築している。単にキーワードで検索するレベルの模倣は容易であるが、曖昧性の高い情報をAIにどう処理させるか、複数のAIエンジンをどのように組み合わせ、どのような要件定義に落とし込んでPDCAを回すかといったアルゴリズムの洗練度は、外部からは見えず、簡単には真似できない。同社では、機能の裏側にある技術的な深みそのものが、強力な差別化要因になると強調している。


次に、独自データの蓄積と活用が挙げられる。公開情報から生成されるAIのアウトプットがコモディティ化する中、自社プラットフォーム内に蓄積された独自データこそが最大の資産となる。株式会社情報戦略テクノロジーでは、数万件に及ぶ業界特化の取引データ(案件と人材のデータ)を保有しており、これを活用することで圧倒的な優位に立っている。


一方で、扱うデータの内容によって明確な線引きを行う戦略もある。VCスタートアップ健康保険組合では、設立から2年間で500社以上のスタートアップの社会保険料を約20億円削減するという実績を上げているが、極めて機密性の高い個人の医療・健康データについては、リスクを考慮して物理的に遮断し、現在はAIの学習や分析から意図的に外している。一方で、組織内のオペレーションにはAIを導入することで徹底的に業務効率化を行うことで、他の健康保険組合では追従できないオペレーションエクセレンスを作り上げていることが優位性につながっている。


独自のデータをPRやマーケティングに直結させる手法も有効である。株式会社prizmaでは、自社の独自調査データなどを発信し、特定の狭いカテゴリーにおける第一想起を獲得することが競合優位性につながると説いている。実際に行われている施策として、「LLMO総合研究所」という名称のオウンドメディアを立ち上げ、AI検索最適化に関する情報発信を行うことで、そのカテゴリーにおけるブランドとしての地位を確立している。


さらに、既存のユーザーに対してAI機能を提供することで満足度向上を行うことも重要である。Framerでは、既存のSaaSとしてのファンベースを軸にしつつAI機能を展開している。特にプロのデザイナーやマーケター向けのクリエイティブツールにおいては、AIによる完全自動化を押し付けるのではなく、ユーザー自身が直感的にアウトプットをコントロールできる余地を残すことが、ファンベースを強固にする手段となっている。日本のウェブサイト市場の80%はいまだにWordPressで構築されており、AIツールが入り込む余地は大きくブルーオーシャンであると同社は見込んでいる。最終的には「デザイナー版のCursor」を目指すようなアプローチにより、プロが満足する手触り感を提供することが最大のモートになるとしている。


AI時代における組織作りと採用基準の変化

事業開発の形が変われば、それを担う組織や人材に求められる要件も変化する。エンジニア採用においては、顕著なパラダイムシフトが起きている。株式会社情報戦略テクノロジーでは、中途採用よりも新卒採用の比率を大幅に高める動きをとっている。過去のコーディング手法に固執せず、真っ白な状態からAIを使いこなせる若手人材の方が、AI駆動開発への適応が圧倒的に早いためである。実際の研修でも、最初にAIを使って開発を体験させ、その後にコードの意味を学ばせるという逆転のアプローチが成果を上げている。一方で、ビジネスサイドや営業職においては、人と人との結びつきというアナログな要素が依然として重要であり、泥臭い営業活動の裏側でAIを片手間に使いこなして業務効率を最大化できる人材が求められている。


組織全体へのAI浸透については、全員を一律に底上げしようとするアプローチは推奨されない。株式会社情報戦略テクノロジーでは、意欲的で新しいツールに自ら触れようとする少数の人材に予算と権限を投資し、彼らが成果を出して評価される姿を社内に見せることで、自然な波及効果を狙う手法を採っている。VCスタートアップ健康保険組合では、アンバサダー的な役割を担う人材に予算を割り当て、検証と報告を任せる制度を構築している。


採用全般における最大のトピックは、スキルからカルチャーフィットへの回帰である。AIの普及により、一定水準の業務スキルは誰でも容易に担保できるようになった。そのため、VCスタートアップ健康保険組合では、どんなに優秀なスキルを持っていたとしても、自社の行動指針や組織文化に合致しているかという「人柄」の点を、採用の最重要項目として追求している。


実装過程における失敗と新たな開発手法

AIを事業に組み込む道のりには、特有の失敗やジレンマが存在する。最も深刻な課題の一つが、セキュリティと事業スピードのトレードオフである。VCスタートアップ健康保険組合では、機密性の高い情報を扱う事業において、情報漏洩や意図しない学習利用のリスクを危惧し、十分な監視体制が構築できるまで、エンジニア以外の全社でAIの利用を約数か月間にわたり完全禁止したことがある。その結果、法令の参照や過去の事例検索を自力で行うことになったオペレーションチームの業務効率は著しく低下し、意思決定のスピードが落ちてしまった。この経験からの教訓は、コストをかけてでも早期にデータのリスク評価フローと監視体制を迅速に整えることの重要性である。完璧なルールができあがるのを待つのではなく、流動的な状況を前提に、安全な範囲から段階的にAIを開放していく意思決定が経営層には求められる。


システム開発の進行方法に関する大きな失敗も共有された。株式会社情報戦略テクノロジーでは、ビジネス側が要件定義だけを行い、あとはエンジニアと現場のオペレーションチームに実装を任せきるという従来のウォーターフォール型の開発手法をとった結果、大きな問題に直面した。現場の検索スキルが不足している状態をAIで無理にカバーしようとした結果、1回のマッチング処理の裏側で情報の抽出とルールベースの整理が5〜6回も過剰に繰り返される非効率なシステムが構築されてしまった。結果として、1回の処理にかかるクラウド費用が100円以上となり、月額100万円以上を請求しなければペイしないという商業的に成立しないサービスができあがってしまった。


このような開発の失敗を防ぐための解決策として、現在注目されているのがAI-DLC(AI駆動開発ライフサイクル)と呼ばれるアプローチである。株式会社情報戦略テクノロジーでは、最初から完璧なシステムを作ろうとするのではなく、AIを用いてユーザーストーリーや要件のプロトタイプを迅速に生成し、それをもとに構築を行う手法を推奨している。出てきたものに対して人間が監視と修正を加え、再びAIに要件から作り直させるというサイクルをスクラム開発のように高速で回すものである。この手法を用いれば、少ない人数でもビジネス側がプロジェクト全体をコントロールしやすくなり、費用対効果を見極めながら本当に価値のあるAIプロダクトをアジャイルに構築することが可能になる。


また、プロダクトの根幹に関わるジレンマも提起された。Framerでは、LLMやコーディングエージェントが進化し、AIがエンドツーエンドでウェブサイトを自動生成してしまう未来が来る可能性を認識している。しかし同社は、AIによる「完全自動化」へ安易にシフトするのではなく、プロのクリエイターの要求に応えるための手段としてAIを活用し、既存のファンベースを守り育てる戦略をとっている。テクノロジーの進化と顧客体験のバランスをどう取るかという葛藤は、AIプロダクトを開発するすべての企業に通底する課題と言える。



まとめ

AI時代の事業開発において成功を収めるためには、容易に真似される表面的な機能に頼るのではなく、複雑な要件を処理するアルゴリズムの構築、独自のデータ資産の蓄積、オペレーションの効率化、そしてユーザーに寄り添うUI/UXの追求という、多層的な競合優位性の構築が不可欠である。


同時に、それを支える組織作りにおいては、過去のスキルセットに縛られず、新しい技術への適応力と自社のカルチャーに共鳴する人材を見極めることが重要になる。セキュリティやコスト管理といったAI特有のリスクと正面から向き合い、経営層がリーダーシップを発揮して迅速に体制を整え、ビジネス部門と開発部門が一体となって柔軟に試行錯誤を繰り返すこと。それこそが、AIを真の武器として事業を創出するための最善の道筋と言える。

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