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大企業とスタートアップの連携は本当に事業を伸ばすのか(IVS2026レポート)

  • 執筆者の写真: 安田 和貴/Yasuda Kazuki
    安田 和貴/Yasuda Kazuki
  • 7月7日
  • 読了時間: 11分

IVS2026下記セッションレポート

「大企業と組んだら、本当に伸びるのか~異なるアセットを持つ各社が語る失敗の真実と伸びる連携の条件」


IVS2026 大企業と組んだら、本当に伸びるのか~異なるアセットを持つ各社が語る失敗の真実と伸びる連携条件
IVS2026 大企業と組んだら、本当に伸びるのか~異なるアセットを持つ各社が語る失敗の真実と伸びる連携条件

大企業とスタートアップの連携、いわゆるオープンイノベーションは、近年あらゆる業界で積極的に推進されている。スタートアップ側には、大企業と組むことで自社の事業が飛躍的に伸びるのではないかという大きな期待がある。しかし、実際に提携を果たしたとして、それが必ずしも事業の成長に直結するとは限らない。大企業が提供できるアセットの実態や、過去に起きた連携の失敗事例、そして再現性の高い成功の条件について、具体的な事例を交えながら詳細に分析する。本稿では、IVS2026で語られた、情報通信、金融、不動産・インフラ、航空といった多様な領域のトップ企業が持つリソースと取り組みと事業共創のリアルを解説する。


各社が有する強力なアセットとオープンイノベーション戦略

情報通信分野を牽引するKDDIは、一般消費者から法人まで極めて広範な顧客基盤と多岐にわたる事業アセットを保有している。主力の通信事業では、au、UQ、povoといったブランドを展開し、国内で約3,000万人の一般顧客を抱えている。加えて、ローソンの運営を通じて全国約1万4,000店舗という巨大なリアル店舗網を持ち、au PAYなどの決済サービスを通じた顧客接点も強みである。さらには、ドローン、モビリティ、コールセンター、セキュリティなど多種多様な領域の子会社群を有している。オープンイノベーションの推進体制としては主に4つの軸が存在する。1つ目は、大企業100社以上が参加しスタートアップとの事業共創を目指すプログラムであるKDDI∞Laboの運営。2つ目はCVCファンドであり、総額530億円規模、出資先は200社近くに達する。3つ目は外部VCへのLP出資を通じた支援、4つ目はM&Aである。これまでに60から70社規模のM&Aを実施しており、ソラコム社などのスイングバイIPOの代表事例も生み出している。具体的な共創事例として、リアルなコンビニ店舗にスタートアップの革新的なプロダクトを導入し、未来のコンビニを実証・運営するといった試みが行われている。


金融インフラとして社会に定着しているセブン銀行は、全国に張り巡らされたATMネットワークが最大のアセットである。国内に2万8,000台以上のATMを設置しており、インバウンド顧客からの利用も非常に多い。さらにこれらの端末は単なる現金引き出し機にとどまらず、本人確認やNFT配布機能などを備えた極めて高機能なものとなっている。近年では伊藤忠商事との資本業務提携により、ファミリーマートへのATM設置も進められており、トータルで4万4,000台規模に達する計画である。これにより国内のどこにでもある圧倒的なリアルチャネルが完成する。この独自のインフラを活用した取り組みとして、9年間にわたり継続開催されているアクセラレータープログラムがある。直近の第9回では66社の応募があり、高齢者の賃貸入居困難という社会課題に取り組む企業が採択されている。また直接出資として20社のポートフォリオを形成している。過去の成功例として初期段階のタイミーへの出資がある。日雇い労働者が即座に給与を受け取りたいというニーズと、個人口座へのリアルタイム振込機能および24時間稼働するATMネットワークが完全に合致し、新しい働き方を支えるインフラとして大成功を収めた。


関西圏を中心に強固な基盤を持つ阪急阪神ホールディングスは、顧客の生活やライフスタイルに密着した多角的な事業展開が特徴である。鉄道事業をはじめ、商業ビルやオフィスビル、マンションの開発・運営を行う不動産事業、情報通信、旅行、国際輸送などを幅広く手掛けている。100年以上の歴史を持つ宝塚歌劇団や、阪神タイガースといった強力なエンターテインメント・IPアセットを保有していることも特筆すべき点である。特に梅田エリアにおいては、街全体に多数の施設を保有しており、街単位で顧客にサービスを提供できる環境が整っている。東南アジアや北米といった海外展開も加速している。スタートアップ連携を担うCVCは、財務リターンではなく純粋な戦略リターンを目的とし、10億円規模のファンドから不動産テクノロジー企業を中心に7社への出資を行っている。ここでの最重要KPIは出資額ではなく協業社数に置かれており、現在までに150社弱との協業実績がある。CVCの存在自体を、連携しやすい環境づくりのためのツールとして活用している。


グローバルな航空ネットワークを持つJapan Airlines Venturesは、航空業界特有の特殊なアセットを保持している。整備や運航といった高度なオペレーション体制、空港施設や客室での顧客接点、膨大な会員を持つマイレージプログラム、そしてグローバルでのブランド力がそれに該当する。大企業特有の意思決定の遅さが課題となっていたため、これを克服すべく2019年にCVCを設立し、トランスリンクキャピタルと組んで1号ファンドを運用した。その後、より直接的に一次情報を獲得し機動力を高めるため、自社でGPを務める2号ファンドの運用会社としてJapan Airlines Venturesが新設された。人員体制はシリコンバレーと東京に人員を配置し、日米を橋渡ししながら航空業界の変革と新たな成長領域の開拓を推進している。特に、ボラティリティの高い航空事業のポートフォリオを拡充するため、JAL Vision 2035という中期経営計画のもと、新規事業開発に注力している。


連携における失敗事例:なぜ連携が伸び悩むのか

各社が豊富なアセットを提供しようと試みる一方で、大企業とスタートアップの連携には多くの障壁が存在し、失敗に終わるケースも少なくない。その要因は、大企業側の組織構造や社内政治、そしてスタートアップ側の準備不足など多岐にわたる。


第一の要因は、大企業の事業部との目線不一致である。Japan Airlines Venturesにおける、海外の物流ノウハウを日本に導入しようとした事例では、日米のトラック稼働状況の違いなど根本的な環境差に直面した。アジャイルな実証実験を通じてデータを取得しようとしたものの、現場の事業部が求める精緻なデータ基準を満たすことができず連携が頓挫した。これらは、外部から新しい技術を持ち込むイノベーション部門と、それを現場で受け止める事業部との間で、初期段階での目線合わせが決定的に不足していたことに起因する。


阪急阪神ホールディングスにおいて、海外のナビゲーションシステム企業の優れた技術に惚れ込み、ゲリラ的に各部署へ提案を持ち込んだ事例がある。自社で運営するコワーキングスペースでトライアルを実施し有用なデータも取得できたが、スタートアップ側から次の本格展開に向けた見通しを問われた際、現場への根回しや組織としての受け入れ態勢が全く整っていなかった。回答を先延ばしにするうちにプロジェクトが立ち消えとなってしまった。その後そのスタートアップは他社と組んで大きく成長しており、大企業側の体制不備が機会損失を生んだ失敗例である。


同様の事態はKDDIでも発生している。事業部を巻き込んで実証実験を成功させ、いざ次年度から本格導入という段階になった直後、4月の人事異動で事業部長が交代し方針転換により予算が下りず白紙撤回されてしまうケースがある。スタートアップ側からすればはしごを外された状態であり、致命的なダメージを受けかねない。また、数千万規模の自社顧客基盤へのアクセスを提示して連携を持ちかけたものの、いざ実行となると、品質やブランドリスクを懸念する事業部門からの猛反発に遭い顧客紹介ができないという事態も生じている。


第二の要因は、スタートアップ側の準備不足やビジョンのミスマッチである。セブン銀行が運営するアクセラレータープログラムにおいて、プロダクトを持たずアイデアやコンセプトの段階で参加したスタートアップを採択してしまったことで、成果が出るまでに互いに甚大な労力と時間を浪費する結果となった。大企業は短期的な成果を求める傾向が強いため、最低限機能するプロダクトが存在しなければ連携は難航する。


第三の要因は、大企業とスタートアップのシナジーの具体性を見失うケースである。例えば、セブン銀行では金融機関に対してシナジーの少ない相続ビジネスの連携を進めようとした際に、プロジェクトが進行するにつれて自社のブランドや顧客層との不一致が浮き彫りになった事例がある。大企業側は保有するコアアセットと結びつかなければ、社内での説明責任を果たせなくなってしまうのである。


本気で事業を成長させるための連携条件と成功の秘訣

数々の失敗から得られた教訓をもとに、再現性高く事業を成長させるための具体的な条件やアプローチが各社で見出されている。


1. 組織の壁を突破する仕組みづくり

大企業には既存事業の壁、縦割りの壁、人事制度の壁が存在する。これらを乗り越えるための一つの解決策として、大企業本体で連携するのではなく、事業の一部をスピンオフして子会社化し、そこにスタートアップと同等のジョブ型人事制度や意思決定スピードを持たせるアプローチが考案されている。規模感やカルチャーをスタートアップに合わせた特区を作ることで、摩擦のない共創が可能となる。また日本スタートアップの海外展開を支援するため、大企業側が持つ海外法人などを活用して現地での事業実績を作り、その上で海外VCからの資金調達を支援するといった取り組みも有効である。


さらに、大企業側の社内体制を受け身型から課題ドリブンへと変革することも極めて重要である。阪急阪神ホールディングスの事例では、スタートアップからの提案を待つのではなく、現場の各事業部から解決したい課題を吸い上げ、それに対する解決策を募る形式に変更した。各部署にDX推進の兼務担当者を数十名配置し、組織全体で情報を共有するネットワークを構築。社長直轄の会議で毎月進捗を報告する仕組みを整えたことで、意思決定のスピードと実行力が劇的に向上した。


2. 現場主導の課題解決と泥臭い伴走

トップダウンの仕組みだけでなく、現場の強い課題意識からボトムアップで生まれる連携が成功の鍵となる。西宮にある260店舗規模の大型商業施設におけるAIカメラの導入事例では、施設管理部門が人手不足という深刻な課題を抱えており、自ら解決策となるスタートアップ企業を発見し導入を提案してきた。既存の300台の監視カメラをAI化し、顧客の転倒やトラブルを自動検知して警備員が駆けつけるシステムを構築した。この成功の裏には、スタートアップ側が施設の管理室に毎日張り付き、システムの設定やしきい値の調整を現場社員と共に泥臭く行うという並々ならぬ努力があった。アセットを開放するということは、同時に現場の生々しい課題や顧客の要望というパンドラの箱を開けることを意味する。それを両者で乗り越えるプロセスこそが、真のプロダクト開発と事業成長に繋がるのである。


3. 圧倒的なアセットと斜め上の提案

スタートアップが大企業をパートナーとして選ぶ際は、他社には絶対に真似できない、参入障壁の極めて高い独自アセットを持つ企業を選ぶことがスケールの絶対条件となる。圧倒的なリアル店舗網やATMネットワーク、大規模な顧客基盤などはそれ単体で強力な武器となる。

一方で、大企業側に提案を持ち込む際のアプローチにも工夫が必要である。事業部の人間は既存のドメインについて知り尽くしており、真正面から同種の提案をしても受け入れられにくい。したがって、事業部の人間が思いつかないような、既存領域から少しだけずらした斜め上の提案を行うことが、新たな市場機会を生み出すきっかけとなる。連携を進める上では、本業の事業部が抱えるニーズやビジョンを事前に深く理解し、目線を合わせるための戦略的な対話のプロセスを挟むことが求められる。


4. ソーシャルインパクトと人間関係の構築

連携を単なる売上向上という近視眼的な目標にとどめず、サービスを通じて社会をどう変えたいのかというビジョンを最初から共有することが不可欠である。社会課題の解決という大きな大義名分があれば、大企業側も通常では解放しにくいアセットを提供しやすくなり、強固な関係が築かれる。


そして最終的にプロジェクトの成否を分けるのは、人と人との信頼関係である。新規事業開発は困難の連続であり、契約や組織論だけでは乗り越えられない局面に必ず直面する。日中のビジネスミーティングだけでなく、早朝に一緒にランニングをして汗を流すといった、仕事の枠を超えた個人的なつながりや信頼関係が、決定的な場面での推進力となる。自ら先に価値を提供するギブファーストの精神を持ち、相手の目線に立って共に苦労を分かち合う姿勢こそが、大企業とスタートアップの連携を真の成功へと導く最大の条件であると言える。


まとめ

大企業とスタートアップの事業連携は、決して魔法の杖ではない。大企業側の内部事情による撤回や、目線・ビジョンの不一致による頓挫など、リアルな現場には多くの落とし穴が待ち受けている。しかし、大企業側が自らの組織課題と向き合い、適切な受け入れ体制や課題ドリブンな仕組みを構築すること。そしてスタートアップ側が、圧倒的なアセットを活用するためのプロダクトを磨き、現場に寄り添いながら社会を変えるビジョンを提示すること。この両輪が噛み合い、互いの信頼関係が構築されたとき、初めて事業は飛躍的なスケールを遂げるのである。今後のイノベーション創出において、現場でのリアルな教訓はすべての企業の道標となるだろう。

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