防衛イノベーションの最前線:防衛省とスタートアップの連携と今後の展望(IVS2026レポート)
- 安田 和貴/Yasuda Kazuki

- 7月7日
- 読了時間: 9分
IVS2026下記セッションレポート
「防衛スタートアップ最前線:実際に防衛省とスタートアップは今どう連携しており、これからどう連携していけばよいのか?」
近年、防衛省とスタートアップの関係性が急速に強まっている。安全保障環境の激変と技術革新のスピードに対応するため、最先端の技術を迅速に取り入れる必要性が高まっていることがその背景にある。本記事では、IVS2026にて語られた、防衛省とスタートアップが現在どのように連携し、今後どのような課題を乗り越えてエコシステムを構築していくべきかについて、詳細な議論の内容をお届けする。

防衛分野における3つの潮流とスタートアップへの期待
現在、防衛とディープテック領域がかつてないほど注目を集めており、その背景には大きく分けて3つの潮流が存在している。
1つ目は、世界的な軍事分野における戦い方の根本的な変化である。ウクライナや中東の情勢に見られるように、無人機などを多用し、従来型のミサイルと組み合わせて運用するといった新たな戦術が現実に起きている。日本もこの変化に迅速に追随し、最新の戦い方を導入していく危機感が強まっている。
2つ目は、著しい技術革新である。これまで防衛分野は、戦車や護衛艦、戦闘機といった数十年かけて改善を重ねる装備品が中心であった。しかし現在では、超高感度な量子センサーやAI、自律型無人機など、全く異なるタイプの技術が次々と誕生しており、その進歩のスピードも非常に早い状態である。この技術的進歩に遅れないためには、新しいものを生み出すスタートアップの機動力が必要不可欠となっている。
3つ目は、防衛省特有の戦略文書改定のタイミングである。概ね5年から10年に一度改定される戦略文書のスケジュールが1年前倒しされ、新しい技術や戦い方を導入するための予算の裏付けや方向性が策定される重要な時期に差し掛かっている。これら3つの理由から、防衛分野においてスタートアップとの強力な協力体制構築が急務となっている。
スタートアップ各社の最前線の取り組みと防衛分野への展開
すでに防衛省との連携を開始しているディープテック系スタートアップの事例として、3社の具体的な取り組みと事業展開を紹介する。
BlueArch社では、海中の自律型水中無人機に関する研究開発を行っている。同社の技術は東京大学の巻研究室における15年以上の研究成果がベースとなっており、当初は海中の海藻をモニタリングするブルーカーボン分野からスタートした。その後、無人機そのものの可能性に着目し、安全保障分野への展開を加速させている。海中は視界が極めて限られ、陸上で信頼性の高いカメラが役に立たず、電波やGPSも遮断されるため、技術的なハードルが非常に高い領域である。ブルーアーチ社では、数千億円や数億円規模の高価なセンサーを用いる従来の手法とは異なり、音響センサーを用いて情報を統合することで、低コストな無人機の実現を目指している。戦闘機や航空無人機と同様に、小型で大量かつ安価なものを開発し、観測範囲と任務の幅を広げる戦略をとっている。また、ハードウェア開発の前にソフトウェア上でシミュレーションを行う開発手法を取り入れている点も特徴である。現在、防衛省の多層的沿岸防衛体制「SHIELD構想」と呼ばれる総額1,000億円のプロジェクトにおいて、小型多用途無人機の技術実証を受注して推進している。ビジネスモデルとしては導入費用とライセンス費用の2階建てを想定しており、将来的にはアジア地域などの成長市場も視野に入れながら、海洋産業全体に無人機を普及させることを目標としている。2026年1月創業の会社でありながら、急速に事業を拡大している。
Letara社では、プラスチックを燃料とする完全に安全なロケットの開発を進めている。北海道大学発のスタートアップであり、宇宙航空研究開発機構のパートナー企業でもある。世界のロケット開発において、物理的な爆発事故は未だに頻発する根本的な課題である。Letara社では、プラスチックを燃料に用いることで爆発のリスクを完全に排除し、安全性を飛躍的に高めたロケットを実現している。2022年の創業当初は宇宙分野での民間衛星の移動などを主眼に置いていたが、2025年にJ-Startupに選定されたことを契機に、防衛省のスタートアップ受け入れ体制の充実を知り、防衛分野への展開を加速させた。
クラスターダイナミクス社では、無人航空機や無人車両の群れを制御するソフトウェアプラットフォームの開発を行っている。特定のメーカーに依存しないマルチベンダー対応の共通コントロールを目指しているのが特徴である。単に無人機を群れとして飛ばすだけではなく、観測、状況認識とマッピング、計画策定、行動という一連のループを組織的に回し、目的を達成する広域的で自律的な群れの実現を目指している。2017年の創業以来、防衛と民生の両分野を視野に入れており、安全保障技術研究推進制度に採択されるなど、防衛省との連携実績を積み重ねている。民生領域では物流倉庫内で動く自動搬送車などの制御も同じプラットフォームで実現している。また、ハードウェアメーカーやソフトウェアパートナーとコンソーシアムを形成し、監視や群れへの対処に向けたシミュレーションを装備向けに提案する動きも進めており、将来的には自らが全体のシステムをまとめる立場になることも見据えている。
防衛と民生を繋ぐデュアルユースの意義と戦略
防衛省とスタートアップの連携において、欠かせないキーワードとなるのがデュアルユースである。これには大きく3つの重要な側面がある。
1つ目は、基礎となる技術を防衛向けと民生向けの両方に適用できるという点である。防衛分野は性能への要求が極めて厳しく、些細な性能の差が任務の成否に直結する。そのため、厳しい要求を満たして培われた高い技術力や信頼性は、民生品への展開時にも大きな強みとなる。
2つ目は、防衛分野へのビジネス参入に対する心理的抵抗を和らげる効果である。社会全体に役立つ技術として民生用途へのロードマップを示すことで、新規参入のハードルが下がりやすくなる。
3つ目は、経営基盤と生産ラインの安定化である。防衛向けの需要は時期によって波があり、企業が成長すると防衛省のロット数だけでは事業規模として小さく見えることがある。そこで、共通のコンポーネントを用いて民生用にも展開することで、生産ロットが大きくなり、サプライチェーンが安定する。結果として部品の枯渇リスクが減るため、発注元である防衛省にとっても大きなメリットとなる。
各社のアプローチも戦略的である。BlueArch社では、市場の大部分を占める防衛需要を最初に攻め、そこで実績を確立した後に民生分野へ広げていくという順番を意識している。一方でクラスターダイナミクス社では、基礎研究から始まり、防衛分野で性能と信頼性を高め、その後にコスト削減と耐久性を追求して民生へ展開するという、ハードウェア技術に多い伝統的な順序をたどっている。いずれにしても、防衛の予算やニーズをテコにして技術を磨き、最終的に民生市場へ展開することが共通の戦略となっている。
防衛省への参入アプローチと橋渡しの仕組み
スタートアップが防衛省の案件を獲得するためのアプローチ方法についても、多くのノウハウが蓄積されている。防衛省は非常に巨大な組織であり、多岐にわたる部署がそれぞれ異なるニーズを持っている。そのため、スタートアップ側からは誰にアプローチすればよいのか分かりにくいという課題があった。これに対し、現在では問い合わせ窓口が設置されており、持ち込まれたユニークな技術が巨大な組織内のどのニーズに合致するかを、内部で探索しマッチングする仕組みが整えられている。
また、防衛専用の展示会への出展も極めて効果的である。Letara社では、展示会に出展したことで担当者と直接繋がる機会を得て、スムーズな案件獲得へと結びついた。白書や公開情報から防衛省のニーズを事前に調査し、自社の技術をどのように当てはめることができるかを考えた上で、展示会での名刺交換やメール、電話といった地道な営業活動を行うことが成功の鍵となる。
理想的な提案のあり方として、自社の技術を単に紹介して使い道を委ねるのではなく、現場の課題をどう解決できるかという具体的な利用シーンまで設計されたプレゼンテーションが望まれている。アメリカのスタートアップのように、現場のニーズを熟知した人材を抱え、自社で開発を先行させてから完成品を提案するような、積極的かつスピード感のあるアプローチが日本でも期待されている。これに向けてBlueArch社では、防衛のバックグラウンドを持つ人材の採用を積極的に進め、防衛側のニーズを内製で迅速に吸い上げてプロダクト開発を先行させる体制の構築を目指している。
プライム企業との連携における課題と展望
スタートアップが防衛分野で事業を拡大していく上で、大手システムインテグレーターや重工メーカーなどのプライム企業との連携は避けて通れない。スタートアップの製品は単独で機能するように見えても、実際の防衛の現場では、既存の指揮通信システムや巨大な装備品の一部として組み込まれることが大半である。そのため、全体システムを構築するプライム企業の理解と協力が不可欠となる。
さらに、防衛省との契約には独特のノウハウが必要である。入札書類の作成や、製造時の厳格な保全契約のクリアなど、経験がないと乗り越えるのが難しいハードルが多く存在する。BlueArch社では、実証実験の際に実績のある企業にフロントに立ってもらうことで、現場での座席配置や段取りなど、防衛省特有の細かなルールやお作法を学び、連携のメリットを強く実感している。
しかし、大企業とスタートアップの連携には課題も存在する。最大の懸念事項は知的財産の保護である。委託研究においては日本版バイドール法によりスタートアップに権利が留保される制度があるが、プライム企業の下請けに入った場合、相手方の法務部門との契約交渉において、知的財産をすべて開示しなければならないような厳しい条件を求められるケースがある。ソフトウェア技術など、知財そのものが命であるスタートアップにとって、どのように自社の権利を守りながら折り合いをつけるかが大きな課題となっている。
また、会社の存続をかけて圧倒的なスピードで開発を進める特攻隊のようなスタートアップと、既存の大企業とでは、組織文化や意思決定のスピード、責任感のあり方にギャップがあるため、この点をいかにすり合わせていくかも今後の焦点となる。
防衛イノベーションのエコシステム構築に向けて
技術革新のスピードが世界的に加速する中、日本においても防衛分野でイノベーションを起こす加速度を飛躍的に高めていくことが急務である。そのためには、最先端の技術を持つディープテック系スタートアップを中心として、それを資金面で支えるベンチャーキャピタル、基礎技術の根幹を生み出す大学や国立の研究機関、巨大な製品化を担うプライム企業、そして発注元である防衛省が一体となったエコシステムの構築が求められている。
スタートアップが持つ圧倒的なスピード感と革新的な技術力を守りつつ、プライム企業の巨大システム構築能力とノウハウを掛け合わせることで、双方がプラスアルファの価値を生み出す連携の姿が理想とされている。防衛イノベーションの最前線では、こうした多様なプレイヤーが手を取り合い、日本の安全保障と技術力の向上に向けた新たなフェーズへの移行が力強く進められている。
















