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トヨタが挑むロボティクス新時代──「身体・実用・社会」の3本柱と、改善の哲学が紡ぐモノづくりの未来(Humanoid Summit2026Tokyoレポート)

執筆者の写真: 小宮 昌人 / Komiya Masahito
小宮 昌人 / Komiya Masahito
6月21日
読了時間: 25分

Humanoid Summit2026下記セッションレポート

Toward the Future of Humanoid Robotics at Toyota

Tomohiro Nomi, Head of Humanoid Robotics Research Unit at Toyota


1937年に織機開発のDNAから産声を上げ、自動車という巨大な産業を築き上げたトヨタ自動車。その挑戦の軌跡は、今や道路を走るモビリティだけにとどまらず、物理世界を自在に動き回り、人々に寄り添う「パートナーロボット」の領域へと力強く広がっている。20年以上にわたって静かに、しかし情熱的に受け継がれてきたトヨタのロボット開発は、今まさに人工知能の急速な進化と融合し、新たなパラダイムシフトを迎えようとしている。

本記事では、トヨタが歩んできたロボット開発の全貌を、最新世代のバスケットボールロボットであるCUE7の衝撃から、現場への泥臭い実装、そして人々や未来の子供たちと心を通わせる社会性の追求に至るまで、余すところなく詳細に解き明かす。



インフォーマルな「部活」からギネス世界記録へ──「CUE」プロジェクトが歩んだ軌跡

現在でこそトヨタを代表する最先端のロボティクスプロジェクトとして認知されているバスケットボールロボットのCUEシリーズだが、その始まりはきわめて質素で、挑戦的な自主活動であった。


閉塞感を打破するための、若きエンジニアたちの立ち上がり

プロジェクトが誕生したのは2017年のことである。当時、自動車業界は「100年に1度の変革期」というスローガンのもと、急激なパラダイムシフトの渦中にあった。日頃、実直に従来の自動車製造に携わっていた若手エンジニアたちは、社内に漂う変革への閉塞感を自らの手で打破したいと立ち上がる。

自分たちが率先して前例のない「ゼロからの新しいモノづくり」に挑戦する姿を見せることで、社内全体の変革を推進する強力な起爆剤になりたいという熱い想いが、その根底にあった。このバスケットボールロボットの開発は、業務外の社内サークル活動、すなわち「部活のようなインフォーマルな自主活動」としてひっそりとスタートした。当初は、1年間限定の課外活動として終わる予定であった。


豊田章男社長の「鶴の一声」による正式業務化

しかし、初期に制作された「腕だけ」の不格好なプロトタイプを社内でお披露目した際、転機が訪れる。当時の社長であった豊田章男氏が、その不格好ながらも確かな独創性と情熱を目の当たりにし、「面白そうだから、これを仕事にしていいよ」と鶴の一声を放ったのである。

この一言により、2018年からプロジェクトは正式な開発業務へと昇格し、専任の開発体制が構築されることになった。ここから、CUEシリーズの驚異的な進化が始まる。


歴代モデルの進化と偉業

正式な開発プロジェクトとなったCUEは、年を追うごとに技術的ブレークスルーを重ね、数々の偉業を成し遂げていった。

  • 2019年:3世代目となるCUE3を開発。連続フリースロー挑戦において、ギネス世界記録となる「連続フリースロー最多成功回数2020回」という驚異的な記録を樹立した。

  • 2020年:4代目のCUE4を開発。日本の男子プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」のオールスターゲームにおけるスリーポイントコンテストに挑戦し、同年の「Bリーグ特別賞(B.LEAGUE AWARD)」を受賞する快挙を遂げた。

  • 2023年:CUE5、CUE6期。2回目となるBリーグオールスターゲームへの出場を果たし、より難度の高い「スキルズチャレンジ」に自律的に挑戦した。

  • 2024年:6世代目のCUE6を開発。ヒューマノイドロボットによる「最長シュート(ハーフコートやバックコートからのロングシュート)」のギネス世界記録に挑戦した。

この最長シュートのギネス世界記録チャレンジは、極限のプレッシャー下で行われた。量産試行や本番での投射機会は合計3回。そのうち1回でもゴールネットを揺らせば記録が認定されるというルールである。1回目の投射は惜しくも失敗に終わったが、チームはその場でロボットに微修正を施した。そして緊張の中で迎えた2回目の挑戦で、見事にコートの反対側からのロングシュートを沈め、自身2回目となるギネス世界記録の金字塔を打ち立てたのである。


最新世代「CUE7」の衝撃──フィジカルAIと先進ハードウェアの融合

2026年4月頃に発表されたばかりの最新世代(7世代目)となるバスケットボールロボット「CUE7」は、これまでの開発の集大成であり、未来のロボティクスを見据えた極めて高度な技術実証機である。


1万人のアリーナで行う、不確実性へのストレステスト

CUE7の開発目的は、単にシュートを決めることだけではない。約1万人の熱狂的な観客が埋め尽くすバスケットボールアリーナという、極めて不確実性が高く、緊張感に満ちた現実の物理環境下で、トヨタが独自に開発する「フィジカルAI(物理AI)」のストレステスト(耐久・実証テスト)を徹底的に行うことにある。

物理的に安定した実験室とは異なり、無数の振動や大歓声、ライティングの変化などがある本番の環境で正確に動作させることは、ロボットにとって究極の試練である。


モデル予測制御(MPC)と強化学習(RL)の高度な融合

CUE7は、従来のロボット制御で蓄積してきた「モデル予測制御(MPC)」のアルゴリズムと、最新の「強化学習(RL)」の技術を高次元で融合させている。

これにより、ロボットにとって物理特性や制御の難易度が全く異なる「走行」「ドリブル」「シュート」といった一連の複雑なタスクを、途切れのない滑らかな「一連のパフォーマンス」として自律的に実行することに成功した。


外部カメラに頼らない、オンボードセンサーのみでのドリブル

特にドリブル動作においては、外部に設置されたモーションキャプチャカメラやセンサーによる位置補正を一切受けることなく、ロボット本体に搭載された内蔵センサー情報(オンボードセンサー)だけを頼りにして自律的に制御を行っている。

ボールの位置と自機の手の挙動をミリ秒単位で制御し、安定したバウンドを維持する技術は、世界的に見ても驚異的なレベルに達している。


トポロジー最適化と自動車技術ベースの内製アクチュエーター

CUE7のハードウェアには、トヨタのモノづくりの粋が詰まっている。

ハードウェアの軽量化と高出力化を極限まで両立させるため、設計段階においてコンピューターが最適な強度と軽さを導き出す「トポロジー最適化(Topology Optimization)」を採用し、有機的かつ洗練された骨格を設計した。

さらに、関節部には長年の自動車製造で培った信頼性の高い量産技術を応用し、自動車用の技術をベースにした内製の高出力アクチュエーターを採用。物理的な出力限界を大幅に向上させている。


トヨタにおけるロボット開発の「3つの大原則」

「トヨタはバスケットボールロボットしか開発していないのではないか」という世間のイメージを覆すように、同社は20年以上にわたり、広大で体系的な「パートナーロボット」の開発マップを描き続けてきた。


愛知万博から続く「人と優しく共生する」哲学

トヨタにおける本格的なロボット開発の歴史は、2005年の愛知万博にまで遡る。当時から一貫して「人の活動を常に傍らで支え、人と優しく共生する」ことを不変のゴールに掲げ、多様な個人の移動を支えるモビリティ開発や、病院や在宅での生活を支援する生活支援ロボット(HSRやTHRなど)を多数開発してきた。


開発を支える3つの柱(ドメイン)

トヨタでは、ロボティクス研究開発を以下の3つのドメインに分類し、それぞれの相乗効果を高めている。

  1. 身体性(運動パフォーマンスの極限発揮能力)

  2. 実用性(人間の代わりに実際の作業を行い、高い付加価値・価値ある業務を完遂する能力)

  3. 社会性(人間に寄り添い、人間社会のコミュニティに優しく溶け込んでいく活動)


身体性(運動パフォーマンスの上限突破)へのアプローチ

身体性の領域では、CUEシリーズに見られるような強化学習による運動制御にとどまらず、「構造設計」「機構設計」「運動設計」という3つの設計アプローチを高度な循環サイクル(ループ)で回す研究を行っている。

  • 構造設計:関節の配置パターンや動力伝達のギヤ機構を徹底的に数理最適化し、市販の同一モーターからでも通常よりはるかに大きなエネルギー効率と物理的な仕事を最大限に引き出せるオリジナルの骨格・外形を設計する。

  • 機構設計:激しいジャンプや着地時の大きな衝撃を和らげる「物理的な衝撃吸収機構」や、運動時のエネルギーを回収して再利用する「エネルギー回収(回生)機構」を関節や骨格自体に埋め込むことで、ロボットの身体そのものが物理的な力を能動的に制御・リサイクルできるようにする。

  • 運動設計:構造・機構設計によって構築された複雑な身体の物理的特性を、リアルタイムかつ正確にロボットの脳が把握し、高度な計算のもとで運動制御プログラムへと統合してロボットを動作させる。

これらの要素は個別に開発するのではなく、国内外のトップ大学や最先端の研究機関と深く連携しながら共同ループで開発を進めている。身体(ハードウェア)の設計が運動(ソフトウェア)の限界を変え、運動から得られたリアルなデータがさらに身体設計を改善するという「相互補完的なスパイラル」を高速で回すことにより、同じモーターという限られたハードウェア条件下であっても、引き出せるポテンシャル限界を大幅に向上させる研究を追求している。


第2の軸:実用性──自社工場への導入を最優先とする戦略

実用性の軸においては、トヨタが保有するグローバル企業としての圧倒的な現場のアセットと強みを極限まで活用している。


ロボット開発におけるトヨタの圧倒的な5つの優位性(アセット)

トヨタのロボット開発には、他のテック企業やベンチャーには真似のできない、ユニークで強固な5つのアセットが存在する。

  1. 無尽蔵の学習用現場データ:世界中に自動車の製造工場を保有しており、物理AIやロボットの学習に不可欠となる高品質かつ膨大な現場データを日常的に収集・蓄積できる強固なフィールドがある。

  2. 明確な実需要(現場のニーズ):自社の全工場に、人手不足を解決するための明確かつ差し迫ったロボット導入ニーズ(インサイド需要)が存在する。

  3. TPS(トヨタ生産方式)に精通した現場力:現場の改善活動を日々主導する「TPSのプロフェッショナル」が世界中の工場におり、ロボットの導入後であっても、彼らが主体となって現場で日々メンテナンスや運用の「保守・改善」を繰り返すことができる。

  4. 腰を据えた本質的開発:自動車ビジネスという確立された強固な本業(収益基盤)が別にあるため、短期的なロボット単体のマネタイズに焦点を絞って焦ることなく、長期的な視野を持って本質的なロボット開発にじっくりとコミットできる。

  5. 強靭な量産サプライチェーン:自動車製造で鍛え抜かれた卓越した量産技術のノウハウや、部品仕入れ先(サプライヤー)との広大かつ盤石なサプライチェーンがあり、将来的にロボットの社会実装が大規模にスケールアップする際に、この上ない強力なアセットとして機能する。

トヨタはこれらの強みを活かし、実需があり、かつ外部要因などの環境制限を自社でコントロールしやすい「自社工場への導入・実装」を最優先の戦略ターゲットとして掲げている。


既存の産業用ロボットに対する「現場主導の画像認識応用」

すでに世界各地の工場で稼働している何万台もの既存の産業用ロボットに対しても、スマートな改善アプローチを適用している。

  • 部品位置の自動ズレ補正:流れてくる部品の位置がわずかにずれていても、現場に設置した高精度カメラと独自の画像認識技術を用いてそのズレ量を瞬時に把握。あらかじめプログラミングされた絶対位置を自動でリアルタイムに補正し、ロボットが常に正しい位置で確実に作業を行う環境を構築した。

  • ランダムに置かれた箱からのピッキング:仕切り板などで整理されていない、不規則に積み重なった箱の中から目的の部品を正確に認識して掴み出す(バラ積みピッキング)作業である。市販されている極めて安価なデプスカメラ(深度センサー)を組み合わせ、さらに「工場で働く日々の現場作業者自身が、自ら画像認識プログラムを実装・改善した」という極めて先進的なアプローチをとっている。

このアプローチがもたらす最大の意義は、工場の現場メンバー自身が、ブラックボックス化されたシステムを外部の業者に任せきりにするのではなく、自分たちの手で画像認識をチューニングして「自らロボットを活用・改善できる」ようにすることにある。これにより、導入コストを劇的に抑えながら既存設備の自動化性能を大幅に底上げできるだけでなく、将来的な「フィジカルAI」などの次世代の新しいロボット技術を現場にスムーズに受け入れるための「確固たる現場のリテラシーの土台作り(マインドセット形成)」に直接つながっている。


最先端フィジカルAIの実生産ライン適用への泥臭い挑戦

さらに、トヨタの北米研究拠点である「TRI(Toyota Research Institute)」で開発された世界トップレベルの最先端アルゴリズムを、実際の自社工場の生産工程へ直接適用する挑戦も精力的に進めている。

適用されている代表的な先進技術には以下のようなものがある。

  • Diffusion Policy(ディフュージョン・ポリシー):動画から動作の確率分布を学習し、極めて高度な滑らかさで物理制御を行う技術。

  • UMI(Universal Manipulation Interface):人間の手元の操作データから、物理アームの最適な動きを高速で学習・模倣する技術インターフェース。

  • LBM(Large Behavior Models:大規模行動モデル):多種多様な作業データから汎用的な物理動作のパターンを学習する基盤モデル。


非剛体・柔軟物(ビニール梱包・開封)への挑戦

自動車の大型部品などを汚れから防ぐため、ビニールシートで丁寧に包んだり、あるいは届いた部品のビニールを器用に開封したりする工程がある。ビニールシートのような、形が定まらない「柔軟物(非剛体)」は、従来のプログラムベースの産業用ロボットにとっては、認識も物理的な掴み方もその都度異なるため、自動化が事実上不可能な「最難関の工程」の一つであった。


ここに、UMIを用いた「模倣学習(Imitation Learning)」を適用し、人間が実際に作業しているお手本動画データからロボットに動作パターンを教え込む取り組みを推進している。

ただし、現場への適用は甘いものではない。現段階では、実際の量産ラインで毎日稼働させるために必要な十分な成功率には、未だ到達できていないというのが現実である。しかし、開発チームは失敗の原因を1つずつ物理的に解析し、改善を泥臭く重ねることで、実運用ラインでの稼働を目指している。


双腕モバイルマニピュレーターによる部品取り出し

ロボットが特定の場所に固定されている定点作業とは異なり、ロボット自体が車輪などの移動機構(モバイルベース)を使って工場内を移動しながら、両腕(双腕アーム)を用いて棚から部品を取り出す、というさらに難易度が高い作業の実験も行われている。


ロボット自体の移動が伴うことで、足元の位置ズレや周囲のダイナミックな変化(障害物や他の作業者の往来など)により、アーム制御の難易度は幾何級数的に跳ね上がる。取り出す部品の種類やその都度の配置も異なるため、こちらも実運用化に必要な圧倒的な成功率にはまだ届いていないが、果敢に現場での実験を続けている。

成功率向上に向けた今後の具体的な4つのアプローチ

実生産ラインでの本格運用を可能にするため、以下の4つの具体的なアプローチが並行して進められている。

  1. オンライン強化学習(Online RL)の導入:事前に学習したモデルをただ動かすだけでなく、現場で動きながら、その場の状況に応じて自律的に最適な動きをオンラインでリアルタイムに自己学習していく。

  2. 人間(人調)による失敗時のリカバリーデータの追加:ロボットが作業中に失敗しそうになったり、エラーを起こしたりした際、人間が割って入って正しい動作の軌道を直接ロボットに教えてデータを追加する(Human-in-the-loop)。これにより、モデルが最も苦手とする「失敗からの復旧方法」を重点的に、かつ効率的に学習させる。

  3. 実用化に向けた環境側の制約の見直し:ロボットの頭脳(ソフトウェア)だけにすべての解決を強いるのではなく、工場内の部品の置き方、通路の幅、棚の形状といった「物理環境(ハードウェア・インフラ環境)」側を、ロボットが作業しやすいように少し工夫・制約を設けてすり合わせるという、日本のモノづくりならではの歩み寄りの姿勢である。

  4. ファクトリー基盤モデル(Factory Foundation Model)の構築:実際の工場のリアルな作業データを基盤として、既存の汎用基盤モデルを独自にカスタマイズした「工場専用の基盤モデル」を構築する。多様な数千種におよぶ部品のピッキング動作から、ビニールや袋を開封する繊細な動作、さらには長年工場を支えてきた熟練の職人による「匠の技」にいたるまで、工場内の極めて緻密で多種多様な作業データを丸ごと包括的に学習させていく計画である。


将来的には、この自社工場で磨き上げ、圧倒的な成功率を達成した「ファクトリー基盤モデル」や、その成功率を効率的に引き上げるための実践的な「改善ノウハウ」を、製造工場の中だけに閉じ込めておくのではなく、工場以外の一般社会(サービス業や農業、インフラ保守など)の様々な現場においても幅広く活用・展開していくという壮大なロードマップを見据えている。


システム2(熟考・推論型AI)とハード・ソフト融合POC

トヨタは、上半身だけの単純な動作やモバイルマニピュレーターだけでなく、ヒューマノイドロボットを用いた「全身協調作業(全進作業)」の開発を活発に進めている。

さらに、最先端の「VLM(Vision-Language Model、あるいはVLAモデル)」を融合させることで、「この部品をあそこの箱に入れ、その後に次の工程の準備をしておいて」といった、人間の抽象的かつ長時間のタスク命令(Long Horizon Tasks)の背後にある「文脈(コンテキスト)」を高度に推論・理解する「システム2(熟考・推論・意思決定プロセス)」の研究開発にも意欲的に取り組んでいる。


小さく生んで、大きく育てる開発ポリシー

身体性AI(エンボディドAI)の急激な進展には、最先端のソフトウェア(AIモデル)だけでなく、その動きを遅滞なく忠実に物理世界で表現できる高度なハードウェア(機体・アクチュエーター)の同時開発が極めて重要となる。

そのため、AIの活用に最も適した次世代の独自ハードウェアを自社開発している。その開発プロセスは、最初から大きな投資をして完璧なものを目指すのではなく、素早いサイクルでPOC(概念実証・実証テスト)を何度も回し、技術的な実用の目処が完全に立ってから一気に生産数量を拡大していくという、「小さく生んで、大きく育てる」リーンなアプローチを徹底している。

また、これらの開発途中の先進ハードウェアは自社内に留め置くのではなく、共同研究先である日本国内のアカデミア(大学や国公立の研究機関)に広く積極的に提供している。研究者たちに実際に活用してもらい、最先端の学術的視点から得られる非常に質の高いフィードバックを素早くハード・ソフトの設計にダイレクトに反映させることで、開発のスパイラルサイクルをさらに加速させている。


第3の軸:社会性──人に寄り添い、共に生きる温かいパートナーへ

ロボット開発におけるトヨタの哲学の根幹には、「ロボットがどれだけ激しく、速く動けるようになり、どれだけ高度な仕事を完遂できるようになったとしても、ロボットを単なる人間の労働を奪う便利な道具としては終わらせたくない」という強い想いがある。トヨタが目指すのは、人間と心を通わせ、幸せを共有できる、温かい「パートナー」である。


コミュニケーションロボット「ケパラン」の挑戦

その具現化の一つが、日本科学未来館で常設展示されている、愛らしいコミュニケーションロボット「ケパラン(Keparan)」である。

ケパランは、内蔵カメラで目の前の人(子どもや大人)や周囲の物を認識し、来場者に対して、言葉を一切介さない「非言語コミュニケーション(ボディランゲージや視線配りなど)」によるインタラクション(意思疎通)を能動的に行う。

非常に小型で愛らしい外観でありながら、内部には実に34の関節(自由度)を搭載した、本格的なフルボディ・ヒューマノイドとしての極めて高度な運動機構を持っている。人間の様々な自然な動作をベースにして作成された、まるで本当にそこに生きているかのような滑らかで生命感のある動きを実現。相手をしっかりと見つめる「目線配り」や、相手の素早い動きに即座に反応する「即応性(応答速度の高いリアクション)」を組み合わせることで、豊かなインタラクションを生み出している。

この研究の目的は、科学館を訪れる無数の来場者の生の反応や、詳細な事後アンケート調査などを体系的に分析することを通じて、「人間とロボットの理想的な共生のあり方」を来場者自身と共に深く考え、模索することにある。


実在人物をモデルにしたマスコットロボット

実在するトヨタのキーパーソンを愛らしくキャラクター化したマスコットロボットの開発も、コミュニケーション技術を磨くための重要なプロジェクトである。


トヨタイムズ・富川キャスターモデル(とみん君)

トヨタの自社メディアであるトヨタイムズの富川悠太キャスターをモデルにして開発された「とみん君」は、大阪万博の会場などで会話デモを披露した。

例えば、人間が「私は阪神タイガースが大好きですが、とみん君はどの選手が好きですか?」と質問すると、とみん君は「阪神タイガースの選手ですか?阪神タイガース熱いですよね。僕は原選手も憧れていましたが、阪神なら近本浩司選手の走塁や守備がすごく好きです。球場で応援したくなりますね」と、まるで本物の人間のように自然に回答する。

この自然な対話を実現するための技術的なこだわりが「超低遅延対話」である。人間同士の対話における違和感を完全に排除するため、徹底的に「応答速度(レイテンシー)」の極限の短縮にこだわっている。ロボットは、耳で聞いた言葉を処理して即座にリアクション(相槌や目の動き)を取りながら、同時に裏側(並列処理・マルチプロセス処理)で、高度なLLMによる言語推論処理(回答文章の生成)と、表情やジェスチャーといった「深い思考と動作の並行処理」をパラレルに実行している。この同時処理技術により、会話の途中で嫌な沈黙(間)を生じさせることなく、極めて自然でスムーズな会話のキャッチボールを実現している。


豊田章男会長モデル(AIモリゾウロボット)

トヨタ自動車の会長である豊田章男氏のドライバーネーム「モリゾウ」を忠実にモデルにしたマスコットロボット「AIモリゾウロボット」も開発されている。

このロボットは、人間から質問された内容に対して、単にデータベースやLLMから直訳的な回答を返すだけではない。相手の表情や、会話全体の細かな文脈(コンテキスト)から、相手が本当に求めている真の意図を賢く汲み取ることができる。

さらに、単なる回答に留まらず、相手に「次の行動を促す」ような、ウィットに富んだ答え方の工夫(心理的な対話デザイン)を取り入れている。会話デモでは、「どんなことに興味を持ってきてくれたのかね」と親しみやすい語り口で話しかけ、参加者が「AIのモリゾウ君に興味を持ってきました」と答えると、「ありがとう。それは嬉しいね。僕もね、毎日人と話しながら、どうやったらもっと良い対応ができるか思考してるんですよ」と温かく返し、参加者を感心させる場面が紹介された。


物理的接触コミュニケーション(触覚)とSTEM教育


T-HR3を用いた遠隔握手

トヨタの第3世代ヒューマノイドロボット「T-HR3」を使い、遠隔操作の極限に挑む研究も進められている。操縦者とロボットの間を、高精度な「4チャンネル・バイラテラル制御(双方向力フィードバック技術)」で接続。

これにより、遠隔地にいるロボットが人間と物理的に触れ合ったり手を握り合ったりした際、その相手の手の硬さや握る強さ(力)の感覚を、操縦者が自らの手でダイレクトかつリアルに「触覚」として感じることができる。この極めて繊細な力制御により、遠隔操作であっても相手を傷つけることなく、非常に温かみのある「繊細な握手」を実現している。


高密度分布型接触センサーの評価

将来的に各種マスコットロボットやパートナーロボットへの搭載を検討している、次世代の最先端「接触センサー(触覚皮膚)」の評価テストも行われている。

ロボットのボディ全身に、超薄型の分布型接触センサーを密に搭載し、取得できる触覚情報を圧倒的に高密度にする。これにより、人間がロボットに対して、ただ単に「触った」のか、それとも優しく「撫でてくれた(撫でられ方)」のかといった、微細な触れ合い方のニュアンス(触覚的コンテキスト)を正確に測定・分類する。この情報をベースに、より親密で温かいコミュニケーションや、複雑な実環境との物理的な接触を伴う高度なインタラクション技術へと昇華させようとしている。


ケパランを活用したSTEMプログラミング教育

子供向け・教育向けのビジュアルプログラミングツールである「Scratch(スクラッチ)」を用いた、ケパランを動かすプログラミングワークショップも展開されている。

参加者は画面上のビジュアルブロックを組み合わせるだけで、ケパランのカメラによる「画像認識」をトリガーにした条件分岐や、ケパランの全身の滑らかな動作パターンを簡単かつ直感的にプログラミングできる。

そして最大の特徴は、画面上でのプログラム確認に留まらず、最終的に日本科学未来館に展示されている「本物(実機)のケパラン」に自分のプログラムを流し込んで、実際に目の前で動かしてみるという体験を提供する点である。

プログラミングを生まれて一度もやったことがない完全な未経験者や初心者の子供たちであっても、わずか「1日(ワンデイ)」のワークショップ内でロボットの動作プログラムを自ら構築し、実際に展示機を動かして周囲の一般来場者を驚かせるという、非常に深い自己効力感と成功体験を持ち帰ることができる。ロボットを日々の生活の中に「身近な存在」として感じてもらう機会を広く提供し、将来の日本のロボティクス技術を支え、牽引してくれる優秀な人材の裾野を増やすための、重要な草の根的社会活動となっている。


長期視点でのフロンティア・ブレークスルーと「マルチパス」の重要性

現在の技術水準に甘んじることなく、さらに10年、20年先を見据えた長期的な視点において、ヒューマノイドロボットの身体能力(身体性)と感情表現力(社会性)を前例のないレベルにまで引き上げるため、全く新しい「構造材料アプローチによる革新的なハードウェアブレークスルー」にも真剣に挑戦している。

  • 形状可変モーフィング構造:周囲の複雑な道路環境や狭い作業空間の幾何学的な変化に、ロボット自体の骨格や関節の構造そのものを臨機応変かつ能動的にグニャリと変形(モーフィング)させて適応する画期的な構造設計である。

  • 可変剛性機構:特定の「速度移動性材料(物理的な運動速度や受ける負荷に応じて、自律的にその硬さや柔らかさが変化する先端機能材料)」を採用した機構である。これにより、状況に応じてロボットの関節やアームの剛性(硬さ)を無段階に柔らかくしたり、カチカチに硬くしたりと自律制御することで、衝撃に対して極めてタフで壊れにくく、かつ人間に対して安全な身体を実現する。

これら次世代コンポーネントの多機能化、全体の性能最適化、究極のロバスト化(頑健性)を徹底的に追求するため、国内外の一流の先進的研究機関とタッグを組んだ本格的な基礎研究(先行研究)を水面下で着実に進めている。


正解なき不確実な時代における「マルチパス」の選択

現代は、どのような技術や形態がロボットの最終的な正解になるかが誰にも分からない、極めて不確実な時代である。

だからこそ、トヨタは単一の可能性(例えば工場用アームだけ、ヒューマノイドだけ)に選択肢を絞るギャンブルをするのではなく、自動車のパワートレイン(ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車など)戦略と同様に、ロボティクスにおいても「マルチパス(多角的な複数の解決アプローチ)」を同時に走らせ、あらゆる可能性を網羅的に検証・担保する戦略をとっている。

目の前の現場の課題を画像認識や自動化で解決する「短期的な泥臭い取り組み」と、次世代のフィジカルAIや可変材料ブレークスルーを目指す「長期的な挑戦」を完全に並行させて進める、これこそがトヨタのハイブリッド開発の真髄である。


豊田喜一郎のDNA、TPSの哲学、そして「幸せの量産」への決意

トヨタ自動車の歴史を遡れば、1937年に「豊田自動織機」という、一歩間違えれば潰れていたかもしれない、片田舎の小さな織機の会社からスタートした、名もなきベンチャー企業に過ぎなかった。

「自分たちの手で、この国独自の国産乗用車を作り上げ、疲弊した日本を絶対に豊かにしてみせる」という途方もない高い志を抱き、創業者である豊田喜一郎氏と仲間たちが、自動車の設計に関して当時は完全な素人であったにもかかわらず、見よう見まねで、自動車の最も重要な心臓部である小型ガソリンエンジンの鋳造・開発に、全財産と命をかけて乗り出したところから、すべてが始まった会社である。


バスケロボ「CUE」と創業期の共通点

思えば、バスケットボールロボット「CUE」プロジェクトも、その始まりは勤務時間外のプライベートな部活(インフォーマル活動)の中で、ロボット開発に関しては完全な素人だった若手の自動車エンジニアたちが、手探りで作った不格好な腕だけのロボットからスタートした。

周囲から「そんなものが何の役に立つのか」と言われながらも、ただひたすらに、諦めることなく愚直にモノづくりをやり続けることによって、ギネス世界記録を2回も達成し、今日紹介したようなCUE7という、世界中の人々を驚かせるほどの最高峰のロボットへと成長させることができた。これは、トヨタの根底に流れるベンチャーDNAそのものである。


トヨタ生産方式(TPS)における「失敗の真の定義」

トヨタ自動車の中に連綿と受け継がれている思想哲学(TPS)の中に、開発メンバーが最も心の支えにしている、重く、かつ誇り高い言葉がある。

「TPSに失敗はない。なぜなら、成功するまで改善を続けるから。」

もちろん、これはうまく行かない間違ったやり方にいつまでも盲目的に固執し、思考停止で同じやり方を繰り返して失敗し続けることを擁護する言葉ではない。

もし実験や実装がうまく行かないのであれば、なぜうまく行かないのか、その根本原因を徹底的に(なぜなぜ分析を重ねて)考え抜き、具体的な対策を施し、場合によってはこれまでの自らのプライドや蓄積してきたものをすべてゼロからやり直す。そうやって、目の前のいかなる大きな障壁にぶつかろうとも、絶対に途中で障壁を乗り越え、途中で諦めることなく、執念を持って泥臭く改善を諦めずに続けている限り、いつか必ず最後の成功(ゴール)にたどり着くことができる、という先人たちが遺した絶対の教えである。


日本のロボティクス産業への約束

現在、日本におけるロボティクス産業や、物理AIを取り巻く世界的な開発環境は、他国の凄まじいスピード感や資金力による追い上げもあり、非常に厳しく、崖っぷちとも言える大変厳しい状況に立たされている。

それでも、トヨタは強い覚悟を込めて未来を約束する。

「それでも、私たちは未来の子供たちから、『あの時、あの大人たちが、最後まで諦めずに挑戦し続けてくれたから、今の私たちの素晴らしい世界があるんだ。あの人たちがいてくれてよかった』と言ってもらえるように、最後の最後まで絶対に諦めることなく、成功するまでやり続けようと思います。」

最先端のロボティクスと物理AIの未来を共に担うすべての仲間たちと手を取り合い、持てる技術の力のすべてを結集させて、トヨタの掲げるビジョンである「幸せの量産(Mass production of happiness)」に本気で貢献できるよう、挑戦はこれからも続いていく。


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