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日本発バイオテックのグローバル戦略と創薬エコシステムの現在地

  • 執筆者の写真: 安田 和貴/Yasuda Kazuki
    安田 和貴/Yasuda Kazuki
  • 7月7日
  • 読了時間: 8分

IVS2026下記セッションレポート

「世界で勝てる日本技術発のバイオテックー日本の成長戦略」


IVS2026 世界で勝てる日本技術発のバイオテックー日本の成長戦略
IVS2026 世界で勝てる日本技術発のバイオテックー日本の成長戦略

日本のサイエンスは世界的に見ても極めて強力であり、優秀な研究機関や国際競争力のある製薬企業が多数存在している。しかしその一方で、バイオテック産業という枠組みで見ると、世界的に通用する巨大なスタートアップや革新的な製品が日本発で生まれにくいという大きな課題を抱えている。本記事では、IVS2026にて語られた、バイオテック領域の最前線で起きている政府や民間を巻き込んだパラダイムシフトと、世界市場における日本の成長戦略について解説する。


製薬市場の特殊性と米国市場の重要性

製薬・バイオテック業界は、1つの新薬を開発するのに約10年から15年の歳月と、数百億円から多ければ数千億円という莫大なコストがかかる極めてハイリスクな業界である。臨床試験を開始してから最終的に承認を得られる確率は約1割程度にとどまる。しかし、一度成功すれば数千億円から数兆円規模の売上を記録する製品も多く、利益率も極めて高いため、投資観点からはハイリターンの市場として認識されている。


世界展開を考える上で避けて通れないのが米国市場の存在である。世界の製薬企業の利益の約4分の3は米国市場から生み出されていると言われている。米国の薬価は日本の約3倍から5倍と非常に高く、毎年価格が上昇する傾向にあるのに対し、日本の薬価は改定ごとに下落する構造となっている。さらに直近の動向として、米国では最恵国待遇(MFN)条項に基づく薬価引き下げの議論も浮上している。これは先進国で最も安く販売されている国の薬価に米国の価格を合わせようとする動きであり、仮に日本で安価に薬を販売した場合、米国市場でも高い価格が設定できなくなるリスクが懸念されている。結果として、製薬企業が日本市場への新薬投入を見送る「ドラッグロス」や「ドラッグラグ」の問題に直結する可能性が指摘されている。


日本の圧倒的な基礎研究力と直面する大きなギャップ

日本の基礎研究力は非常に高く、自然科学分野におけるノーベル賞受賞者数は世界第2位を誇る。また、特許出願数を見ても東京・横浜エリアは世界最多の出願数を記録しており、アカデミアと特許の強さは折り紙付きである。製薬産業全体としても米国、ドイツに次ぐ世界第3位の規模を有している。過去には京都大学の技術を基にした「オプジーボ」、塩野義製薬社では「クレストール」、大阪大学の技術を基にした中外製薬社の「アクテムラ」など、年間数千億円から数兆円を売り上げるメガブロックバスターを生み出してきた確かな実績がある。


しかし、スタートアップ発の創薬という観点では日米間に決定的な差が存在する。米国のデータでは、承認された新薬の8割以上がスタートアップを起源とするものであるのに対し、日本においてその割合はわずか7%に過ぎない。米国市場で上場を果たした日本発のバイオテック企業となると、現状ではほぼ皆無に等しい。


エコシステム構築のボトルネック:資金と人材の流動性

この巨大なギャップを生んでいる最大の要因は、資金と人材の不足である。日本の製薬ベンチャーに流れ込む資金は年間200億円から300億円程度であり、これは米国の1%未満に過ぎない。また、人材面での課題も深刻である。日本の大手製薬企業にはグローバルで医薬品開発を牽引できる優秀な人材が豊富に在籍しているものの、給与面での優遇やキャリアの安定性が高いことから、リスクをとってスタートアップへ移籍するケースが極めて少ない。サイエンスを理解しつつ、会社をスケールさせる「経営のプロフェッショナル」が不足している点も、日本のバイオテック業界が乗り越えるべき大きな壁となっている。


政府によるかつてない規模の資金支援と成長戦略

こうした状況を打破すべく、日本政府もかつてない規模の支援に乗り出している。日本医療研究開発機構(AMED)が主導する創薬ベンチャーエコシステム強化事業では、総額約3,500億円の予算が確保されている。これはグローバル展開を前提としたパイプラインを有する企業に対し、ベンチャーキャピタルが投資した金額の最大2倍を補助金として拠出する画期的なマッチングファンド制度である。企業によっては総額100億円前後の手厚い支援を、非臨床の初期段階から概念実証(POC)の完了まで継続的に受けられるケースもあり、海外の投資家からも注目を集める強力なサポート体制となっている。


また、政府が掲げる17の成長戦略分野の1つとして「創薬・先端医療」が位置付けられた点も重要である。現在、世界の特許品医薬品市場は年平均成長率(CAGR)9.6%で拡大しているのに対し、日本市場の成長率は5.3%にとどまっている。政府の戦略では、日本単独の閉じた市場ではなく、グローバルと協調しながら世界市場と同等の成長水準を目指すことが目標として設定されている。長年国が支援を続けてきたiPS細胞関連の技術が実用化や承認の段階に入りつつあるなど、基礎研究が臨床・製品化へと移行する「登り坂」に差し掛かっており、産業として飛躍する機運が高まっている。


世界から巨額の資金を集める日本発スタートアップの躍進

既に、日本の科学技術を基盤としたスタートアップに対して、世界のトップティア投資家が巨額の資金を投じる事例が連続して生まれている。米カリフォルニア州に本社を構えるシノビ・セラピューティクス社は、もともと2015年に京都大学発として創業されたサイアス社を前身としている。低免疫原性iPS細胞由来T細胞治療プラットフォームの開発に取り組んでおり、米国移転後の2023年にシリーズAとして5,100万ドルの資金調達を実施した。


痛風薬の開発に取り組むクリスタリス社では、富士薬品社からの権利の切り出し(カーブアウト)によって設立され、シリーズAで300億円を超える調達を実施した。米国においてフェーズ3の臨床試験(第III相試験)から開発をスタートさせるという、非常に進んだ段階からの事業展開を行っている。


現在、これらの企業はいずれも米国に登記を移して事業を展開している。現状では、米国で会社を設立し、米国食品医薬品局(FDA)の承認プロセスに精通した経営陣を雇用する方が、グローバル投資家からの評価が得やすく事業の成功確率が高いと判断されるためである。こうした成功事例が積み重なることで日本の知的財産の価値が世界で証明されれば、将来的には日本に登記したままでも海外投資家から十分な資金を集められる環境が整うことが期待されている。


大手製薬企業との協業強化とグローバル治験戦略

バイオテック企業が成功を収めるためには、資金提供だけでなく、開発プロセスや事業運営における複合的なサポートが不可欠である。特に大手製薬企業とのパートナーシップはその鍵を握る。画期的な治療薬であっても、スタートアップ単独で実用化まで持ち込むことは困難である。例えば、ある革新的な新薬の候補において、マイナス数十度という極低温での保管が必須となるケースがあった。いかに有効性と安全性が高くても、流通や保管のハードルが高ければ世界中の患者に届けることはできない。こうした課題に対し、塩野義製薬社では、自社の持つ医薬品の製造管理・品質管理(CMC)の専門知識を提供し、初期段階から共同で製剤化の課題を解決するなどのハンズオン支援を実施している。スタートアップ単独ではカバーしきれないサプライチェーンや開発インフラを、大企業が補完することでプロジェクトの成功確度を大幅に引き上げることが可能となる。


また、臨床試験の戦略についても多様化が進んでいる。最終的に世界最大の米国市場を狙う方針は変わらないものの、必ずしも初期段階から米国で治験を行う必要はなくなりつつある。初期の臨床開発においては、オーストラリアや、細胞治療分野で発展が著しい韓国、台湾、あるいは開発力が高まっている中国などを活用することで、最適なコストとスピードでデータパッケージを構築するアプローチも採用され始めている。


将来への展望とエコシステムの好循環

米国のボストンやサンフランシスコにおける強固なエコシステムも、自然発生的に出来上がったわけではない。過去に武田薬品社ではミレニアム社の買収を行い、ロシュ社ではジェネンテック社の買収を行うなど、数々の大型M&Aによって圧倒的な成功事例が創出されたことで、投資家へのリターンが生まれ、その資金やノウハウが再び大学やスタートアップへと還流する仕組みが構築されていった。日本においても、画期的なイノベーションを持ったスタートアップが大型のM&AやIPOを実現し、その果実が創業者や研究者、投資家、さらには大学機関へと還元されることで、「次も挑戦しよう」という人材と資金の好循環が回り始めるフェーズにきている。


創薬ビジネスの根底にあるのは「病気に苦しむ患者を救いたい」という強力で普遍的な目的意識である。この強固な使命感を共有する産業において、政府、ベンチャーキャピタル、スタートアップ、そして大手製薬企業が有機的に連携し、異業種からの人材流入や多様なプレイヤーからの投資が加速すれば、日本技術発のバイオテック企業が世界市場を席巻する日は決して遠くないと言えるだろう。

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