キノコの菌糸体で世界の素材産業を革新する。シンガポール国立大学発のバイオテックスタートアップ「MYCL」の挑戦
- 安田 和貴/Yasuda Kazuki

- 7月8日
- 読了時間: 6分

アパレル産業や製造業界において、環境負荷の低いサステナブルな素材への転換が世界的な急務となっています。特にレザー市場においては、生合成レザー(バイオベース素材)の巨大なビジネスチャンスが存在しています。しかし、既存の代替品の多くは未だにポリウレタン(PU)やポリ塩化ビニル(PVC)といったプラスチックベースの素材に依存しているのが現状です。こうした社会的な課題に対する根本的な解決策として注目を集めているのが、インドネシアとシンガポールを拠点とするバイオテック企業「MYCL(Mycotech Lab)」です。同社は、これまで未利用だった農業廃棄物とキノコの菌糸体(マイセリアム)、さらには藻類を活用し、環境に優しく高性能な次世代素材を開発しています。本稿では、建築分野のバックグラウンドを持ちながら「キノコが世界を救う」という信念のもとで革新的な素材開発を牽引する、MYCLの共同創業者Ronaldiaz Hartantyo氏に、同社の技術的優位性や具体的な導入事例、そして今後の壮大な事業展開について伺いました。
農業廃棄物から高性能素材を生み出す独自のアプローチ
私たちのミッションは、マッシュルームの菌糸体や藻類(海藻)を利用して、持続可能な素材を生産することです。現在、私たちは主に3つの素材開発に注力しています。菌糸体から作られるレザー風素材「Mylea(マイレア)」、菌糸体を天然の接着剤として機能させる構造・建築向け複合素材、そして「Mylea sea(マイレアシー)」と呼んでいる藻類ベースの素材です。私自身も、Mylea製のPCケースやバッグ、時計のストラップなどを5年以上にわたって愛用し、その高い耐久性を日々実感しています。

当社の技術の根幹は、活用されていない農業廃棄物を菌糸体の力で高性能なマイセリアムレザーへと変換するプロセスにあります。2015年に設立された当社の創設・研究チームは、生体材料の研究開発において、合計15年以上にわたる専門的知見を有しています。また、インドネシアのルセル国立公園周辺の地元農家やコミュニティと連携し、彼らの農業廃棄物を活用することで新たな収益源を提供し、自然保護活動にも貢献する循環型のエコシステムを構築しています。

グローバル市場での圧倒的なコスト優位性とパートナーシップ
欧米には数千万から数億米ドル規模の多額の資金調達を行っている競合他社も存在しますが、一部の企業はすでに事業を閉鎖しています。一方、私たちは2018年以来約220万米ドルという比較的少額の調達額でありながら、アジアのフロントランナーとして確固たる地位を築いています。
私たちの最大の強みは、「手頃な価格(Affordability)」と「生産の拡張性(Scalability)」を実現している点にあります。徹底したプロセスの効率化により、製造原価を売価の79%から39%へと大幅に削減し、すでに粗利ベースでの黒字化を達成しています。品質面でも、世界銀行などの支援を受け、サステナブル素材の最高基準とされる「Oeko-Tex認証」を取得いたしました。

現在、累計800以上のお客様に当社の素材を提供しており、売上維持率(Net Dollar Retention)は100%を超え、非常に強いリピート需要をいただいております。イギリスのシューズ企業であるVivobarefoot社とはMOUを締結し、来年または2028年に向けて数万足規模のパイロットシューズの展開を予定しているほか、adidas社ともプロトタイプの共同開発を進めています。

日本市場における導入事例と今後の事業展開
日本市場においても、すでに感度の高いブランドや企業とのコラボレーションが多数進行しております。
ファッション・アパレル領域での採用:日本のブランド「doublet(ダブレット)」は、2021年のパリ・ファッションウィークから当社の素材をレザージャケットやウィンターコート、フットウェア、バッグなどのアクセサリーに幅広く採用しています。また、東京でローンチされた「Hijack Sandals」といったフットウェアや、FUMIKODAなどの国内ブランド、さらには地元の職人との協業も着実に進んでいます。
日本での特注プロジェクト:長野県小諸市の「マッシュルームホテル」や、来年予定されている「月面用マイセリアムチェア」の開発など、ユニークな特注プロジェクトも多数進行中です。
今後の展開として、今年7月には高輪ゲートウェイのNEWoManにおいてアーバンリサーチと連携したポップアップを開催し、日本での本格的なリテール展開をスタートさせます。また、アパレルブランドのハイマウント社とも連携し、9月に池袋で開催されるイベントで藻類素材を披露する予定です。将来的には、ビームスやシップス、ドーバーストリートマーケットといった企業ともパートナーシップをさらに深めていきたいと考えております。

ファッションの枠を超えた展開とスケールアップへの挑戦
私たちは現在、ファッション業界以外の領域への技術展開も視野に入れています。特に有望視しているのが、データセンター向けの断熱材やバッテリーのセパレーターへの応用です。世界中でデータセンターの需要が急増する中、従来のPUに代わる持続可能な熱絶縁材料が強く求められており、インドネシアでの実証テストでも非常に良好な結果を得ています。自動車産業からも引き合いをいただいていますが、こちらは高い品質と低価格の両立が求められるため、規模の経済が不可欠となります。

現在直面している最大の課題は生産能力の限界です。Vivobarefoot社からは最大10万平方フィート相当(5万足)の生産、adidas社からはコレクションあたり最低150万平方フィートの生産を求められていますが、現在の生産能力は1万平方フィートに留まっており、需要に応えきれていません。
そのため現在、少なくとも300万米ドルの追加資金調達を目指しています。この資金をもとに実証プラントを建設し、半自動化システムを導入することで、生産能力の飛躍的な向上とさらなるコスト削減を実現します。そして将来的には、インドネシアにとどまらず世界中の農家と協力し、生産拠点をグローバルに分散化していく計画です。
■ 終わりに
MYCLの事業展開は、単にアパレル産業における新しい代替素材の提供にとどまりません。農業廃棄物の有効活用による地域経済への還元から、データセンター向け断熱材などの最先端の産業用途まで、彼らの菌糸体技術が社会に及ぼすインパクトは計り知れません。競合ひしめくバイオマテリアル領域において、圧倒的なコストパフォーマンスと持続可能性を両立させ、確実なビジネス基盤を構築している同社の取り組みは、今後の循環型社会への移行を力強く牽引していくことでしょう。世界的な量産体制の確立という次なるフェーズへ向かう同社のさらなる飛躍に、大いに期待が高まります。
インタビュー企業概要企業名: MYCL/Mycotech lab
会社HP: https://mycl.bio/
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