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フィジカルAIと新たな自動化の波(IVS2026レポート)

  • 執筆者の写真: 安田 和貴/Yasuda Kazuki
    安田 和貴/Yasuda Kazuki
  • 7月7日
  • 読了時間: 8分

IVS2026下記セッションレポート

「Physical AI and the New Automation Stack」


IVS2026 Physical AI and the New Automation Stack
IVS2026 Physical AI and the New Automation Stack

フィジカルAIの定義

フィジカルAIという概念は、元来マーケティング用語として生み出された背景がある。Nvidia社では、この用語を用いて大規模言語モデルの物理的な応用を提唱している。一方で、中国の学術界や研究者の間では、米国の用語を避けてエンボディドAIという言葉が好んで使われる傾向がある。従来のAIが画面の中やソフトウェアのダッシュボード上にとどまっていたのに対し、フィジカルAIはAIモデルが現実世界の状況をセンサーから読み取り、解釈し、実際の物理的な行動を自律的に決定する技術である。現在、視覚と言語と行動を統合したVLAモデルと呼ばれる技術が登場しており、物理世界に人間の知能レベルの判断力とロボットの動作をもたらすものとして急速に発展している。


現実世界の複雑性とハードウェアの壁

管理された環境でのデモンストレーションとは異なり、現実世界におけるAIの実装には予測不可能な無数の変数が存在する。海洋で活動するドローンの事例では、巨大な船の構造物が生み出す乱気流や激しい横風、潮風による塩害、海水の飛沫、さらには赤道直下での強烈な紫外線が電子機器に与える影響など、自然環境の厳しさが直接的な障害となる。商業用のマグロ漁船などでは、リアルタイムの海流や漁獲対象の位置データが必要とされているが、人工衛星は数時間に1回しか上空を通過しない。船を動かすだけで1日に1万ドルもの燃料費がかかるため、正確な情報に基づく意思決定は極めて重要である。従来はヘリコプターが使われていたが、事故によって船が損傷し600万ドルの損害が発生した事例もあり、命の危険や高額な運用コストが課題となっていた。この課題に対して、Valtec社では、数万ドルで運用可能な海洋ドローンを導入し、機体が破損してもサービスとして自動的に補充される仕組みを提供することで、現場の強力な需要に応えている。


一方で、ヒューマノイドロボットにおいては、ハードウェアの脆弱性が課題となる。RLWRLD社では、人間の精巧な動きを再現するためにワイヤーで接続された関節を持つロボットボディを共同開発しているが、非常に壊れやすいという問題を抱えている。サンフランシスコや東京、台北の市街地で実際のライブデモンストレーションを行うことは困難を極め、AIというソフトウェア側の問題と、ロボット本体というハードウェア側の問題の両方を同時に解決しなければ、現実世界での大規模な実装は不可能である。


ハルシネーションの回避と高品質データの収集

フィジカルAIにおいて、AIが事実に基づかない判断を下すハルシネーションは物理的な損害に直結するため致命的である。これを防ぐためのアプローチは多岐にわたる。ある手法では、VLAモデルの上に古典的なロボット制御技術のレイヤーを重ねることで、AIの突発的で奇妙な動作を防いでいる。また、自動車や飛行機、人工衛星などのエンジニアリング設計の自動化においては、ロボットのようなリアルタイムの推論は求められない代わりに、製造上の複雑な制約を完全に満たす必要がある。そのため、過去のデータに依存して物理法則を再学習するのではなく、数学的および物理学的な法則のみに基づくシンボリックなレイヤーを構築し、ハルシネーションの発生を数学的に完全に排除するアプローチが採用されている。


さらに、AIを訓練するためのデータ収集においても質の重要性が強調されている。ロボット用のトレーニングジムにアマチュアを集めて大量の遠隔操作データを集める手法がある一方で、実際の労働現場で働くプロフェッショナルから直接データを取得するアプローチの方が、AIの精度向上には圧倒的に有利である。顧客自身がAIの出力結果を確認し、正誤をフィードバックすることでモデルを継続的に改善する仕組みも導入されている。


日本市場が世界から注目を集める理由

フィジカルAI領域の企業が日本市場に拠点を構え、多様な国籍のメンバーを集めて事業を拡大する理由は大きく三つある。第一に、人口減少に伴う深刻な労働力不足である。製造業、コンビニエンスストア、ホテル、物流など、あらゆる産業で労働力が不足しており、日本はヒューマノイドロボットの世界最大の市場と見なされている。


第二に、熟練労働者のスキル継承である。日本の製造現場には60代から80代の優秀な技術者が多数在籍しているが、技術を受け継ぐ若手労働者が不足している。フィジカルAIを用いて高齢の技術者の動きや暗黙知をキャプチャし、AIモデルとして保存・再現することが求められている。


第三に、世界最高峰のセンサー技術の存在である。フィジカルAIが現実世界を正確に解釈するためには高品質なセンサーが不可欠であり、日本はレーダーやソナー、カメラなどの技術において世界を牽引している。商業船舶の半数に日本のレーダーが搭載されているという事実もあり、優れたセンサーエンジニアとの協業はAIモデルの性能向上に直結する。


RLWRLD社の日本国内での展開事例として、通信企業・小売企業・自動車企業などとの協業プロジェクトが進行している。また、韓国のホテル業界における事例として、Lotte Hotel社ではスイートルームを数年間無料で提供し、プロの清掃員の動きをデータ化してヒューマノイドに学習させるプロジェクトを進行している。蓄積したホテル管理AIモデルを他の世界的なホテルチェーンに販売するという構想も描いている。


大企業の官僚主義の壁と効果的な参入アプローチ

日本の大企業は技術革新に対する関心が非常に高く、現場の研究開発チームは新しいテクノロジーの導入に積極的である。しかし、実際の導入に至るまでには、経営企画部門などの承認を得るための複雑な社内手続きや官僚主義的なプロセスが存在し、契約までに数ヶ月の書類手続きを要することが大きな障壁となっている。


これを乗り越えるためには、現場のエンジニアにアプローチするボトムアップの手法だけでは不十分であり、決裁権を持つ経営層やCVCに直接アプローチするトップダウンの手法が不可欠である。さらに、米国の巨大テクノロジー企業との提携も極めて有効である。Nvidia社では、AWS社では、Microsoft社では、日本オフィスを通じてAIスタートアップの市場参入を側面から支援しており、グローバルスタンダードの構築を後押ししている。これらのボトムアップ、トップダウン、サイドサポートを組み合わせたパラレルアプローチが最も効果的とされている。日本の大企業では世代交代が進んでおり、40代の若いエグゼクティブが意思決定を担うケースが増えているため、米国の伝統的な大企業や韓国の財閥系企業に比べて意思決定が迅速になっているという指摘もある。


法規制の課題と資本集約的なビジネスモデル

フィジカルAIが物理世界で活動する以上、軍事利用や過剰な警察力としての利用への懸念、あるいは機体衝突による物理的損害の発生といったリスクは避けられない。しかし、これらに対しては既に武器輸出規制などの法的枠組みが存在しており、民間における損害は保険によってカバーする仕組みが構築されている。むしろ懸念すべきは、過度な規制がイノベーションを阻害することである。かつて自動運転の分野において、法規制と技術進化の衝突が起きた際、日本や韓国は対応が遅れ、米国や中国に対して大きな後れを取った歴史がある。フィジカルAIの普及においても、国を挙げて技術実装を後押しする環境を整えることが国家の競争力を大きく左右する。


また、ハードウェアを伴うフィジカルAIは資本集約的であり多額の資金調達が必要となる。しかし、一度顧客の業務プロセスに組み込まれ、独自の運用データを継続的に取得するようになると、代替が非常に困難になる。エンジニアリング設計の領域においても、自動化によって設計が改善されればエネルギー使用量や材料使用量の削減につながり、複利効果を生み出す。顧客への定着率が極めて高く、長期間にわたって強力な競争優位性を築くことができるため、投資家からの関心は極めて高い。米国の競合企業を見てみると、Physical Intelligence社ではバリュエーションが110億ドルに達し、Skild AI社では400億ドルの評価を受けている。デジタル領域のソフトウェア市場と比較しても、ハードウェアや製造業の市場規模は桁違いに大きく、ここに計り知れないビジネスチャンスが存在している。


残り3年のゴールデンタイムと今後の展望

フィジカルAIの開発競争はすでに世界中で激化している。韓国の大統領府で行われた会議では、Samsung社やSK社といった企業の会長が招かれ、水供給、電力供給、メモリ工場、AI工場の整備に向けて4兆ドル規模の投資を行うことが発表された。この会議において、韓国の科学技術情報通信部は、フィジカルAIの市場における勝負を決める「ゴールデンタイム」は残り3年しかないと宣告している。


大規模言語モデルでは、OpenAI社やAnthropic社といった企業が画期的なモデルを登場させたことによって、一気に主導権を失い追いつけなくなった歴史がある。フィジカルAIの分野においては、まだ特定の企業による完全な支配は起きておらず、今まさに本格的な普及のフェーズに入ろうとしている。今後10年間で、人間が行っていた物理的な作業の多くがAIとロボティクスに置き換わり、社会の発展速度は劇的に加速すると予測されている。この残り3年間の動向と投資判断が、次の時代の覇者を決定づけるのである。

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