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100年企業Festoが明かす「真のイノベーション」の条件と、エコシステム構築の実践知(Hannover Messe2026報告)

  • 執筆者の写真: 小宮 昌人 / Komiya Masahito
    小宮 昌人 / Komiya Masahito
  • 5月1日
  • 読了時間: 9分

近年、製造業や産業用オートメーション分野において「イノベーション」という言葉が頻繁に語られている。しかし、最新のテクノロジーを導入するだけで、本当に顧客に価値を提供できているのだろうか。創業100年を超えるオートメーション分野のグローバル企業であるFesto(フエスト)の取り組みからは、技術志向に偏りがちな製造業が陥りやすい罠と、それを乗り越えるための具体的なアプローチが見えてくる。本稿は2026年4月にドイツ・ハノーファーで開催された世界最大の製造業に関する展示会Hannover Messe2026の下記セッションの内容を紹介する。同社のイノベーションに対する哲学や、エコシステム構築の成功要因、具体的な事例や失敗から得た教訓、さらには将来に向けたメガトレンドへの投資について詳細に解説する。


Hannover Messe2026
Hannover Messe2026

セッション

Success Factors of Innovation Ecosystems - Best Practices from Festo

イノベーションエコシステムの成功要因 - Festoのベストプラクティス


登壇者

・Frank Notz CSO Festo SE & Co. KG



内容に関するインフォグラフィック
内容に関するインフォグラフィック

1. 100年企業が定義する「真のイノベーション」とは何か

イノベーションの本質は「問題解決」である 昨今、多くの企業がイノベーションの重要性を叫び、新しい技術や未来について語っている。しかし、ビジネスを次の100年へと変革させていくための「真のイノベーション」とは一体何を指すのだろうか。 真のイノベーションとは、顧客の「真の問題」を解決するか、あるいは「新たな需要」を生み出すものでなければならない。産業用オートメーションの領域において解決すべき真の問題とは、顧客の生産性を高めること、コスト効率を向上させること、そして現在および未来における機械の稼働率(可用性)を改善することに他ならない。顧客は、これらの具体的な問題が解決されて初めて、そのイノベーションに対して対価を支払う用意ができるのである。

エンジニアが陥りやすい「技術偏重」の罠 特にドイツのエンジニアリング文化においては、技術に対する深い愛情があり、自社で日々開発している製品に対して強い誇りを持っている。しかし、もし製品が顧客の抱える真の問題を解決するものでなければ、それは単なる「追加機能(フィーチャー)」に過ぎなくなってしまう。そのため、「今日あるいは明日の課題を解決できているか?」と常に自問自答する必要がある。 また、現在ではハードウェアの提供だけでなく、AIなどのソフトウェア領域との高度な連携が不可欠となっている。

顧客の「課題」から未来のトレンドを読み解く 将来のイノベーションを生み出すにあたり、顧客は「明日どんな具体的な製品が必要か」を正確に教えてくれるわけではない。しかし、顧客は「自分たちが直面している問題や課題」については非常に的確に説明することができる。したがって、可能な限り市場や顧客の近くに身を置き、将来のトレンドを体系的に分析する「トレンドレーダー」のような手法を活用することが重要となる。今後は、現在手作業で行われている多くの機能が自動化されていくことが確実視されている。


2. 自前主義からの脱却:オープンイノベーションとエコシステムの構築

「すべてを自社で作る」という伝統からの転換 技術の方向性が見えてきた際に次に問われるのは、「何を自社で行い、何をパートナーシップやM&Aによって補完するか」という戦略的判断である。 ここで重要になるのが自社のコアコンピタンス(中核となる競争力)の見極めである。自社が他社とどう差別化できるか、持続的に確保すべきノウハウは何か、長期的な競争優位性をどこに見出すかを明確にし、そのコア領域においては世界一を目指して自社開発に取り組むべきである。 一方で、現代のテクノロジーテーマは非常に大規模かつ複雑であり、多様化しているため、すべてを自社だけでカバーすることは不可能である。過去のビジネス文化では「すべてを自社で開発すればプロセスを完全にコントロールでき、何が手に入るか正確に把握できる」という自前主義が根付いていた。しかし、今日ではそのアプローチだけでは不十分であり、より大胆に協業を進め、より大きな「エコシステム(生態系)」の視点で考えることを学ばなければならない。これは特にデジタル領域において顕著である。

インテグレーション(統合)による開発リソースの最適化とスピードの担保 エコシステムを活用する上で鍵となるのが「統合(インテグレーション)」の概念である。市場ですでに完成品として購入できるものを、自社の貴重な開発リソースを割いてまで一から作り直す意味はない。外部の優れた技術を購入し、迅速に自社のシステムに統合することで、ビジネスのスピードを劇的に引き上げることが可能になる。そして、これらのイノベーションが商業的な成功に結びついているかを常に顧客との対話(フィードバックループ)を通じて確認し、正しい軌道に乗っているかを見極めることが不可欠である。


3. イノベーションを加速させる3つの実践アプローチ

こうした戦略を具体化するため、以下の3つの多様なアプローチが実践されている。


アプローチ1:スタートアップとの協業による生成AIの活用 一つ目は、スタートアップ企業「Z Alpha」との協業により、大規模言語モデル(LLM)を活用してエンジニアリング業務を劇的に効率化させた事例である。 新しい機械の構想を練る際、エンジニアは従来、膨大なデータシートやカタログを読み込み、何日もかけて設計や組み合わせを検討する必要があった。しかし、自社の特定ニーズに合わせてカスタマイズしたAIアシスタントを導入したことで、この作業時間をわずか数分にまで短縮することに成功した。このAIは単なるカタログデータの検索にとどまらず、対象のソリューションを利用した際のエネルギー消費量やCO2排出量といったエンジニアリングツール上のデータも加味し、最適なコンポーネントの組み合わせを提示する。なお、このAIはエンジニアリング業務に特化しており、「自社の営業責任者は誰か?」といった関係のない質問には一切答えない仕様となっている。この取り組みにより、圧倒的なスピードと顧客に対する大幅な生産性向上を実現している。


アプローチ2:業界大手企業同士のプラットフォーム連携 二つ目は、スタートアップだけでなく、業界の確立された大手企業同士の連携によってエコシステムを拡張した事例である。 例えば、Phoenix Contact社が提供する「PLCnext」との連携が挙げられる。これはPCにおけるWindowsのようなOS(オペレーティングシステム)に相当する基盤システムである。もしこれを自社でゼロから開発していれば、数百人年規模の多大なリソースと時間が必要になっていたはずである。既存の優れた技術を自社の将来のニーズに素早く統合することで、市場投入までのスピードを大幅に高めることができる。 このような大型連携においては、双方の機能拡張や基盤整備のために共同で資金やリソースを投資することで、互いのプラットフォームを強固にし、他のアプリケーション開発者にとっても魅力的なエコシステムを構築するというWin-Winのディールが形成されている。


アプローチ3:M&Aを通じた新規領域(医療・ライフサイエンス)への展開 三つ目は、技術買収を通じた新規市場へのアプローチである。 例えば、空気圧マニホールドなどの技術を買収・統合することで、バルブ機能やセンサー機能を組み合わせ、個別化医療やがん患者の治療に向けたソリューションの開発につなげている。自社開発、パートナーシップ、買収といった多様な選択肢をフラットに検討し、自社のポートフォリオに適合するテクノロジーを取り入れることが重要である。


4. 失敗から学ぶ「技術偏重」の危険性

もちろん、すべてのイノベーションが最初から成功するわけではない。失敗から得られる教訓も非常に大きい。 その代表的な事例が、ハノーバーメッセでも出展された「空気圧コボット(協働ロボット)」の開発である。このロボットは、人間が近づいた際に柔らかく反応するため安全性が高く、技術的なアイデアとしてはセンセーショナルで素晴らしいものであった。 しかし、市場における協働ロボットの多くはすでに電動化されており、自社の強力なコアコンピタンスである「空気圧」という技術にこだわりすぎた結果、最終的に明確なビジネスケース(顧客の課題解決による対価の回収)を描くことができず、実用化には至らなかった。この経験は、「技術そのものに惚れ込みすぎてはならず、解決すべき真の顧客課題が何であるかを常に見極めるべきである」という強力な教訓となっている。


5. 長期的なビジョンと未来への投資

家族経営企業の強みを生かした「生物化」への投資 創業100年を超える家族経営企業であることの最大の強みは、極めて長期的な視点に立ってリスクを取れる点にある。すぐにリターン(収益)をもたらさない未開拓の分野であっても、確固たるビジョンに基づいて投資を行うことが可能である。 その代表例が「生物化(Biologisierung)」の領域である。将来、既存の化学プロセスが生物学的なプロセスに置き換わる時代が到来すると強く確信しており、2020年代にはこれがメガトレンドとして計り知れない可能性をもたらすことを見越して、現在この分野の基礎研究に多大な投資を行っている。

異なる企業文化を統合するスタートアップ協業のリアル スタートアップとの連携を生み出す場として、例えばミュンヘンの「UnternehmerTUM」といったイノベーションハブを積極的に活用している。 自社が求める技術分野や課題を透明化し、エコシステムに対してプラットフォームを提供することで、スタートアップからピッチ(提案)を受け付ける仕組みを構築している。協業先を選ぶ際には、自社の課題を解決できるソリューションであるかどうかに加え、双方の「化学反応」やメンタリティが合うかどうかが重要視される。巨大な組織と、アジャイルに動くスタートアップという全く異なる企業文化をいかにすり合わせ、維持していくかが、協業を成功させる上での重要な課題となる。


6. 今後の展望:テクノロジーの進化と「今日の課題解決」の両立

来るべき2026年やそれ以降の最優先アジェンダは、ソフトウェアやAIアプリケーションの統合をさらに推進することである。これらにより、ハードウェアとソフトウェアの境界線は今後ますます曖昧になっていくだろう。 しかし同時に忘れてはならないのは、従来の伝統的なオートメーションソリューションを通じて、「顧客の日常的な業務をはるかにシンプルにする」という足元のミッションである。未来の輝かしいテクノロジーについて語るのは容易だが、今日のリアルな課題にも正面から取り組まなければならない。 日々のコアビジネスと、未来に向けた革新的なイノベーションのバランスを適切に取ることこそが、ダイナミックに変化する時代において持続的な成長を実現するための重要な鍵となるのである。 優れた技術を開発するだけでは不十分であり、それを適切に市場へコミュニケーションし、価値を証明していく姿勢が、これからの時代にはますます求められている。

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