top of page

ベンチャーデットとセカンダリー市場が切り拓くファイナンスの最適解(IVS2026レポート)

  • 執筆者の写真: 安田 和貴/Yasuda Kazuki
    安田 和貴/Yasuda Kazuki
  • 7月7日
  • 読了時間: 8分

IVS2026下記セッションレポート

「スタートアップファイナンスのニュースタンダードを考える」


IVS2026 スタートアップファイナンスのニュースタンダードを考える
IVS2026 スタートアップファイナンスのニュースタンダードを考える

スタートアップを取り巻く環境が大きく変化する中、資金供給のあり方や調達の手法について、市場全体で課題認識が共有されつつある。かつては起業自体のハードルが高く、資金調達手段も限定的であったが、現在では状況が大きく異なっている。本記事では、IVS2026で語られたスタートアップファイナンスの構造的課題と今後の最適解に関して開設する。


シード・アーリー期の資金潤沢化とレイターステージの構造的課題

現代では様々なベンチャーキャピタルが立ち上がり、学生や研究者含めて企業を支援する環境は大きく前進しつつある。特に起業初期であるシードやアーリーステージに対する資金供給は潤沢になってきた。しかしながら、一定の成長を遂げた後の後半戦、すなわちIPOの手前やグロースステージに差し掛かった段階での資金供給のあり方は、以前から大きな進歩が見られないという課題が指摘されている。米国と比較するとその構造的な問題は明らかである。米国では、未上場企業と上場企業の両方に投資を行うクロスオーバー投資の比率が高く、資金の7割から8割がレイターステージの成長企業への追加投資として供給されている。一方、日本ではアーリーからミドルステージに資金の大半が集中し、レイターステージには十分な資金が回っていない。


この背景には、日本のベンチャーキャピタルの多くがIPOをエグジットの基本としており、上場が見えてくる段階からは追加投資よりも資金回収の目線が強くなるという事情がある。さらに、事業会社側も短期間で売却される可能性のある資金を受け入れることに消極的になるため、レイターステージでの資金循環が構造的に滞ってしまうのである。上場後を見据えた仕込みができないままカツカツの状態でIPOを迎えると、上場後も十分なファイナンスができず、「砂漠を乗り越えたらまた砂漠が続く」という厳しい現実に直面することになる。


未上場市場と上場市場を隔てる断絶と文化の違い

レイターステージの資金不足を深刻化させている要因の一つに、未上場市場と上場市場の間に存在する文化的な違いや情報の非対称性がある。未上場市場においては、起業家、ベンチャーキャピタル、証券会社、監査法人などが一体となり、企業の成長とIPOという共通の目標に向かって協力し合うエコシステムが形成されている。これは、産業育成を主眼とする行政の管轄と親和性が高い。


一方で、ひとたび上場を果たした後の市場は、コンプライアンスの遵守や情報の透明性、そして投資家保護が最優先される世界となる。市場の公平性や安全な取引環境の維持が重視され、特定の企業を育成・支援するという要素は薄れる。このように、成長を共に喜ぶ文化から、厳格なルールに基づく市場管理の文化へと移行する過程で、多くのスタートアップが戸惑いを感じることになる。


また、上場後を見据えた資金調達を行うためには、未上場市場を主戦場とするベンチャーキャピタルと、上場株を扱うアセットマネジメント業界のファンドマネージャーとの間にある心理的な障壁を取り払う必要がある。双方の業界には互いに対する偏見や無理解が存在しているのが実情である。この断絶を埋めるためには、スタートアップ向けのイベントなどに上場株のアナリストやファンドマネージャーを積極的に招き、上場後の市場でどのようなルールが適用され、どのような企業が評価されるのかといった情報を、上場前の段階からシームレスに共有していく取り組みが不可欠となる。


エクイティとデットの最適な組み合わせと金融機関との対話

資金調達の手法において、エクイティ(株式)とデット(融資)のバランスを適切に保つことは、企業の持続的な成長において極めて重要である。しかし現実には、両者の性質を理解した上で戦略的に使い分けができているケースは少なく、資金調達が場当たり的になってしまう事例も散見される。


エクイティとデットは、資金の使途や確実性に応じて使い分けるべきである。例えば、全く新しいプロダクトの開発や新規市場の開拓など、成功確率が未知数の挑戦的な投資には、返済義務のないエクイティによる調達が適している。一方で、すでに市場で受け入れられている製品の増産設備や、確実性の高い運転資金については、デットを活用することが合理的である。エクイティで調達した資金で小さな成功事例を作り、その実績をもとに金融機関からデットを引き出すという段階的なアプローチも有効である。


金融機関からデットを引き出すためには、スタートアップ側、特にCFOのデットに対するリテラシー向上が求められる。ベンチャーキャピタルに提出する成長性重視の事業計画と、金融機関に提出する返済可能性重視の事業計画は、本来異なる性質を持つべきである。金融機関は提出された事業計画を鵜呑みにせず、独自のストレステストをかけ、最悪のケースでも資金繰りが維持でき、返済が可能かどうかを厳格に審査する。したがって、スタートアップ側はベンチャーキャピタルとの連携を深め、どの資金をエクイティで賄い、どの資金をデットで調達するのかという全体設計を行った上で、少し背伸びをした事業計画をもとに金融機関との綿密なコミュニケーションを図ることが求められる。


事業会社との連携強化と、新たなエグジット手法としてのセカンダリー市場

スタートアップのバリュエーションが高騰する中で、純粋な財務的リターンだけでなく、事業シナジーを目的とした事業会社との連携が重要な選択肢となっている。しかし、事業会社側のスタートアップに対する解像度が低いまま連携が進むと、双方の思惑がすれ違うことも少なくない。スタートアップ側が自社の利益のみを追求し、事業会社側のロジックや収益目標を軽視するような提案をしてしまえば、関係は破綻を免れない。真の事業シナジーを創出するためには、場合によっては事業会社側からデットに近い形で資金を供給するなど、従来の枠にとらわれない柔軟なリスクマネーの投入方法も検討されるべきである。


また、IPOの枠が狭まり、上場後のグロース市場においてかつてのような高いバリュエーションが期待できなくなる中、エグジット手法の多様化も急務となっている。IPOに依存しない新たな出口戦略として、個人投資家の資金を活用したセカンダリー市場やM&Aの活性化が期待されている。新しい法律の枠組みなどを活用し、富裕層などの個人投資家からまとまった資金を調達するサービスも展開され始めている。


日本の個人資産の中には、まだスタートアップ投資に振り向けられていない膨大な資金が存在する。現状では、個人のポートフォリオにおいてスタートアップ投資は趣味や寄付の延長線上に位置付けられることが多いが、これを本格的な金融商品として昇華させることができれば、市場のポテンシャルは計り知れない。セカンダリー市場やM&Aで既存株主が利益を確定できる実績を積み重ねることで、次なるリスクマネーの流入を促すという好循環を生み出すことが、ひいてはスタートアップ市場全体の規模拡大につながるのである。


プロの市場目線の獲得と自社バリエーションに対する客観視

上場を見据えるスタートアップにとって、適正なバリュエーションの模索と市場との対話は避けて通れないテーマである。一部の業界では過去にバブル的な資金流入があり、実態に見合わない高いバリュエーションがつけられた結果、その後の資金調達やエグジットで行き詰まるケースも見受けられる。投資家側が安易な妥協をせず、場合によってはダウンラウンドも辞さない厳格な評価を行うことが、市場の健全化には不可欠である。


スタートアップ側には、自社の提供価値や事業の進捗に対して、市場がどのように評価するかを客観的に捉える「メタ認知」が強く求められる。自社の製品やサービスについては冷静に分析できる経営者であっても、自社の株価や企業価値となると主観が入りやすくなる傾向がある。スーパーマーケットの棚に並ぶ一つの商品として、自社株を冷徹かつ客観的に評価する視点を持たなければならない。


この客観的な視点を養うためには、アーリーな段階から機関投資家などとの対話(インフォメーションミーティング)を積極的に行うことが有効である。上場市場のプロフェッショナルは、スタートアップの事業計画に対して解剖学者のように鋭くメスを入れ、時には冷酷とも言える分析を行う。このようなプロの厳しい目線や市場の評価基準を早期に社内にインストールすることで、自社の立ち位置を正確に把握し、投資家との交渉において関係者全員が妥協できる「完璧な引き分け」とも言える妥当な合意形成を導き出すことが可能になる。


マクロ環境の循環を見据えた総力戦の時代へ

金融市場には、常にマクロ的な循環が存在する。大型株が活況を呈している時期には、小型株やスタートアップへの資金流入が停滞し、逆に大型株が停滞すると小型株に資金が向かうというサイクルである。現在の市場環境は、大型株が注目を集める一方で、スタートアップにとっては資金調達が極めて困難な厳しい冬の時代に該当する可能性がある。この状況が数日で終わるのか、数年単位で続くのかを正確に予測することは誰にもできない。


このような不確実性の高い時代を生き抜くためには、特定の資金調達手法に固執することは危険である。エクイティのみに頼るのではなく、金融機関からのデットの活用、事業会社からの出資やM&A、さらには個人投資家からの資金流入など、あらゆる手段を駆使した総力戦が求められる。


自社のフェーズや市場環境を冷静に分析し、多様なプレイヤーとの対話を通じて、それぞれの立場や目線を理解し合う努力が欠かせない。スタートアップファイナンスに単一の正解はなく、画一的なアプローチは通用しなくなっている。自社の戦略と市場の動向をすり合わせながら、最適なファイナンスのあり方を常に模索し続けることこそが、これからのスタートアップに求められるニュースタンダードなのである。

最新記事

bottom of page